序文
砂漠の都としてかつて栄華を誇ったハシャラ王朝の、その滅亡について記す史料は、意外にも多くはない。しかもそのほとんどが空想戦記というべき創作物であり、史学的に価値が認められるものは、ハシャラ王朝最後の戦争の相手方となった、巡礼軍側の戦況報告資料のみである。もっともその資料は――報奨目当てで手柄を誇張することが目的の報告書にはありがちではあるが――巡礼軍がいかに勇敢に戦ったかを主軸に記されているもので、ハシャラ王朝側の詳しい動向を測り知ることは難しかった。
何故、そのようなことになっているのか。それは、歴史に残したいようなドラマが「何もなかった」からだと考えられている。あるいは、よほど書き残したくない理由でもあったのか。
数少ない、信用性の高い文献には、こう記されている。
「先王の死後に即位し、ハシャラ王朝最後の王となった第二王子は、暗君であった」
もともと内政に注力した人物であったため、戦下手でも仕方なしと同情する余地もある。だが暗君と評される一方、奇策により巡礼軍を翻弄したとの記述もあり、歴史学者の間では謎多き存在とされていた。
記された名は、サルスール・アルライル。
国が滅びるのをただ見ていた、戦わぬ王である。