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12 幻想

 恭太さんの話によると、私を取り巻くこのもやは、私の《《負の感情》》なのだそうだ。

 緊張や不安、怒りなんかの負の感情が、もやとなって滲み出てくるのだと言われて、私はすとんと腑に落ちた。


 思えば、今までもそうだったのかもしれない。

 誰かに悪意をぶつけられたとき、不安に押しつぶされそうなとき、決まって私のもやは濃くなった。



「じゃあ、負の感情を抑え込んだら、もやは消えるってことですか?」



 思わず前のめりに問いかける。

 でも恭太さんは少し考えるそぶりをして「どうかな」と呟いた。



「理屈で考えたらそうだけど、霧山さん、もやが消えたことってないんでしょ?だったら、ほかの要素があるのかもしれない」


「ほかの要素?」


「そ。僕はあくまで、僕のケースしか知らないからね。君のそれが、僕とまったく同じだとは限らないでしょ?」



 確かに、恭太さんの言うことはもっともだ。

 恭太さんのもやが負の感情の露出だとして、私のこれも、負の感情だけが要因になっているとは限らない。

 負の感情の呼応して増大していると推測はできるけど、ほかにも発生源となるものがあるのかもしれない。


 そんなことを思っていると、コンコンと部屋の扉をノックする音が響いた。

 いち早く凪さんが反応して、扉を開ける。



「こんにちは。お待たせして申し訳ない」



 にっこりと微笑んで部屋に入ってきたのは、私の主治医の森川先生。

 子どものころからずっと、私を見てくれているお医者さんだ。


 がっちりとした体形に、肩まで伸びたくせ毛の髪。

 日本人離れしたくっきりと濃い顔立ちの先生は、きっと若い頃は相当モテてきたんだろうなといつも思う。

 ちなみに、前に小春さんにぽろっとこぼしたら「若いときだけじゃないわよ」と苦笑いしていたので、現役でモテ続けているのかもしれないけど。



「かすみちゃんも恭太くんも、わざわざ足を運んでもらってありがとう。それじゃあ早速だけど、始めてもらえるかな?」



 先生の言葉に、恭太さんがこくりと頷き、目を伏せた。

 これからどんなことをするのかと少し不安になりながらも恭太さんを見ていると、彼の身体からうっすらと何かが湧き出ていることに気付く。


 散々見慣れているものなのに、どうしてだろう。

 自分じゃない誰かの身体から噴出しているそれに、信じられないものを見ているかのような気分になる。



「……きれい……」



 自分でも、思いがけない言葉が漏れ出た。

 私の言葉に恭太さんが顔を上げ、まっすぐに私を見つめたまま、不敵な笑みを浮かべる。


 彼を包み込むもやは、私が普段見ているうざったらしいそれとは全然違う。

 鮮やかな紫の色を帯びたそれは、優美に幻想的に、波打つように広がっていく。



「それはどうも」



 恭太さんがそう言った瞬間、夢のようにもやは消え失せた。

 恍惚とした気持ちで見つめていると、先生が「何度見ても見事だなぁ」と軽く拍手をする。

 その隣で、小春さんも小さく拍手をしているが、その瞳には感動が揺らめいていた。

 同じもやに向けるものでも、私への同情の眼差しとはまったく異なる視線だ。


 私も、こんな風にもやを操れるようになるのかな。

 そう考えたら、不安なはずなのに、心が沸き立つような感覚になる。

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