110 じいとばあ
一面真っ白な床の上に鎮座する、ふわふわの大きいクッションソファ。
奥の方には、名前は知らないブランコみたいな椅子があり、これまた柔らかそうなクッションが敷き詰められている。
壁には自動販売機、その隣には大きめの冷蔵庫や電子レンジ、ケトルなんかの家電まで完備されていた。
一部のスペースは小上がりの和室になって、ちゃぶ台の上にはご丁寧にカゴに入ったお菓子とミカンが置かれている。
なんというリラックス空間。
「気楽にくつろいでて。冷蔵庫にもいろいろ詰めておいたから、好きなものを食べていいからね」
まさに至れり尽くせりだ。
前にテレビで見た、ちょっといいスパの湯上りスペースみたい。
そんなことを思いながら、きょろきょろとあたりを見渡す。
トイレやシャワールームまで完備されているらしく、しばらくここで生活しろと言われても問題ないような充実具合だ。
ただ男性陣はやはりアニメなんかに出てくるような秘密基地を期待していたらしく、露骨に顔に出してはいないものの、明らかにテンションが下がっている。
雪成はまだしも、父が「俺の秘密基地……」などと小声でつぶやいているのは、正直見ていてちょっと引く。
「ここにいる間、困ったことがあれば彼らに言うんだよ」
そう言って、悠哉さんがふたりの老人を紹介してくれた。
ひとりは、線が細く小柄なおじいさん。
好々爺という言葉がまさにしっくりとくる、人のよさそうな老紳士だ。
もうひとりは、大柄なおばあさん。
雪成や雨音さんと比べても圧倒的に背が高く、筋肉質なおばあさんなんて、生まれて初めて見た。
小柄なおじいさんと並ぶと、余計に大きく見える。
しかし温和な笑みを浮かべている彼女に、威圧感はない。
でもすっごく強そう。
暴漢に襲われても、まさに赤子の手をひねる様にねじ伏せてしまいそうな、強者の風格がある。
「よ、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、恭しくお辞儀を返された。
その所作は老人と思えないほど美しく、思わず見惚れてしまう。
その胸元に、ネームプレートを見つけて目を凝らす。
お世話になるなら名前を、と思ったのに、そこに書かれていたのは「じい」「ばあ」という文字だけだった。
わざわざ名前を伏せて紹介されているし、突っ込んではいけない部分なのだろうか。
そう考えているうちに、悠哉さんが父を伴って踵を返した。
「それじゃあ、行ってくるね」
「い、いい子にしてるんだぞ」
さっさとエレベーターに乗り込んだ悠哉さんは、そういってひらひらと手を振った。
父が困惑から抜け出せない表情のまま、捨て台詞のように言い捨てた瞬間、エレベーターの扉は閉まってしまった。
「ごゆるりとお過ごしくださいませ」
そういって、おじいさんとおばあさんは壁に張り付くように佇む。
まるでそこが定位置だと言わんばかりだ。
正直、こんな状態で落ち着けるわけがないと思ったが、いつまでも立ちっぱなしというわけにはいかない。
私たちはそろって、近くのソファに腰を下ろしたのだった。