8. 裏の動き
放課後になってすぐ、バート達が群衆に囲まれる頃、使われていない小さな教室に人が5人程集まっていた。外側の窓を開けていない為、廊下側からしか光が入らず薄暗い。その部屋でフードを被った女生徒が4人の男達に話している。
「この様に、教会の言う事は明らかに信用出来ない事ばかりです。教会でナディア嬢の悪評を盛んに喋っていた者も目撃されています。今こそ教会の陰謀に立ち向かう時です。教会がナディア嬢を貶めている真実を皆で明らかにしましょう」
フードの下で女生徒の瞳が妖しく揺れた。
その時、二つの扉を開けて男達が駆け込んで来た。
「そこの者達!動くな!お前達は国家騒乱罪の疑いで拘束される!」
男達は逃げようとしたが、次々と入ってくる兵達に捕らえられた。兵達を先導して入室した皇太子の側近候補の一人、ローマン・カペルは女生徒に告げた。
「ケイリー・ヒューム!お前には首謀者の一人としての疑いがある。大人しく来てもらおうか」
「教会の嘘に対して金で黙らされるお前達愚者どもに我々は騙されないぞ!これからも真実を広め続けてやる!」
「言い分は皇太子殿下の前で言え」
そうして5人の男女は学院の本館に連れていかれた。
大講堂の聞き取りは終わった。出席者は記名の上、解散させられた。
至急、学院から帰宅する様に命令を受けて。もちろん、首謀者格として名前を挙げられた3人は拘束され、騎士に連れられて行った。
そうして皇太子ご一行は応接室に移動した。バートは兎も角、私もご一行に含まれている。単なる立ち合いなんだから帰った方が良い気がするが、バートがさりげなく手を握ってエスコートしているので逃げられない。ダンス以外でこんなに男性に手を握られたのは初めてだ。何となく気恥ずかしい。
「まあ、表は見た通りだ。裏も見たいだろ?」
「一般人は不要な情報に触れない方が無難だと思うの」
「今更だ」
誰が巻き込んだんだよ!
応接室に二人の騎士達に腕を掴まれた男が入って来た。皇太子が聞き取りを始めた。
「お前はこの放課後、未使用の教室で女生徒から話を聞いた筈だが、何を聞いたか述べよ」
「真実だ!教会に踊らされている愚者達が無実の者を貶めている真実を知った我々は、権力にも同調圧力にも屈しないぞ!」
「真実とは噂で流れている教会がナディア・ボーフォート侯爵令嬢を貶めている件か?」
「そうだ!教会はナディア嬢の行動を監視し、実際にあった事の一部を歪曲して広めているのだ!この事を明らかにする事が我々の正義だ!」
「それをお前は実際に見たのか、或いは確たる証拠を示されたのか?」
「それならお前ら教会の走狗達こそナディア嬢が聖女を虐めていた証拠を示すべきだ!」
「私はナディア嬢の悪評を信じていない。だからそれを証明する必要はない。今はお前が証拠を持っているかどうかだ」
「教会は狡猾に事実の一部のみを歪曲して広めている!前後が切り取られた歪曲情報を広めているから、嘘と認められないだけだ!」
「証拠は示せないのだな。分かった。下がれ」
妙に興奮して喋っているな。自分の正義に酔っているにしては頭に血が上り過ぎている気がする。さっきの一堂は皇太子を前に青くなっていたのと異なる。そう考えていた私の事をバートがちらりと見て口元を上げている。これを見せたかったと言うの?
次々と入って来た4人の男は全部興奮していた上、同じ言葉を喋った。同じことを話す様に教育された、と言うには興奮していた。違う人間がこんなに同じ事を言えるものだろうか?同じ人間だって同じものを述べる時、毎回違う事を言うと思うんだけど。
そうして、最後に女生徒が連れられて来た。確か西部派閥系の子爵家の娘の筈。皇太子が聞き取りを始める。
「ケイリー・ヒューム、お前は放課後、使われていない教室で男達と話をしていたと証言があった。何を話していたか話せ」
「ナディア様を貶める教会の嘘の話よ!国が放置しているから私達が真実を明らかにしているの!騙されてナディア様を貶めている愚者達に自分の愚かさを知らしめてやるのよ!」
「その証拠があるなら示せ」
「あるわけないでしょ!私達がナディア様の悪い噂を知った時には、もうそこら中に広まっていて、誰が言い始めたかなんて分からない!こんなに早く広められるのは教会の様に人が集まる場所で広められたからに決まっている!」
「ほう、お前らが流した教会の陰謀説もあっと言う間に広まったが、教会で広めたのか?」
「教会でナディア様の悪い噂を話す者達がいるのは私だって見ているんだから!」
「もう一度聞く。お前らの教会陰謀説は教会で広めたのか?」
「そんな訳ないでしょ!そんな事したらすぐ潰されてしまう!だから学院で少しずつ広めて、茶会でそれぞれ広めてもらったのよ!」
「組織的に広めたんだな?誰がリーダーなんだ?」
「リーダーなんかいないわ!真実を知った皆が自発的に広めてくれたのよ!」
ふう、と皇太子は息を吐いた。
私から見ても、噂話を茶会で広める場合に毎回同じ人が噂を喋っていたら、ああ、あいつが広めているのかと分かってしまうから、参加者が似ている茶会では別の人が噂を流布する必要がある。どの茶会でいつ誰が噂を広めるかは指図が必要だ。
「リーダーがいないとしても、作戦を考える人間が必要だ。誰がこの作戦を考えた?」
「作戦なんて!私が一人で始めたのよ!少しずつ噂を流してくれる人を増やして!誰もナディア様を助けようとしないから!」
「ナディア・ボーフォート嬢に味方が少ないのは彼女の性格もあると思うぞ」
「お前もナディア様を貶めるのか!」
ケイリーの瞳が妖しく揺れた。何か、胸やけがする…
皇太子が手を強く合わせてぱあんと音を立てた。
「王族に闇魔法の精神操作魔法をかけるのは反逆罪にあたる。反逆者を収監せよ!」
騎士達はケイリーを連れ出そうとした。
「闇魔法なんて!私は風魔法属性なんだから出来る訳ないでしょ!」
「足元を見ろ」
皆がケイリーの足元を見た。応接室の敷物は1ft四方の四角形のものを多数並べたものだったが、彼女の足元の敷物は真っ黒で、周囲も黒ずんでいた。
「闇魔法に反応する薬剤を染み込ませた敷物だ。お前が闇魔法の中心である証拠となる」
「謀ったのね!卑怯者!」
「嘘つきも卑怯者の一種だ。お前に卑怯者呼ばわりされる謂れはないな」
喚き続けるケイリーを騎士達は連れ出して行った。
ようやく終わったらしく、皇太子が簡単な説明をしてくれた。
「扇動の初期には、普通はそれらしい証拠を見せて信用させるんだが、今回は彼女の精神操作魔法である『刷り込ませる魔法』でそれに代えたんだ。私やバートは魔力が大きいから彼女程度の闇魔法に対しては問題ないが、コベントリー伯爵令嬢は大丈夫か?」
「胸やけがしただけで大丈夫です」
そう聞いたバートが茶化す。
「胸やけなんて、大酒呑みか大食漢みたいな事を言うんだな」
「ケーキの食べ過ぎで胸やけする事ってあるでしょ?」
皇太子もバートも眉を顰めた。よりにもよってケーキかと思った様だ。
「一般的に精神操作は対象に強い感情を持っているとかからないと言うが、ナディア嬢に強い感情があるのか?」
皇太子に問われても私としては答えにくい理由がある。
「その、場合によっては誹謗中傷ととられるかもしれないので控えさせていただきます」
「ここだけの話だ、参考に聞きたい」
「では…彼女、化粧が濃いじゃないですか?しかも恐い系の化粧。本人の趣味なら、私とは趣味が会わないし、親がさせているとしても、私なら絶対嫌がるのでやっぱり話は会わない、縁のない人と思っていたんです」
「…参考までに、聖女はどう思う?」
「清楚な衣装を着ていますが、布が東方の高級布地なんですよ。結構贅沢してる。しかも素朴感を出すためのリボンも子供っぽいし、こちらも演出がきついから近寄りたくないんです」
皇太子はバートを見て眉を顰めた。
(こいつ、見た目よりきつくないか?)
バートは軽く肩を竦ませた。
(このくらいはっきりしていた方が話していて面白いのさ)