2. 推測
バートの目が面白そうに光る。私が気付いた事が分かったのだろうか。
「…派閥争いと婚約者争いは関連があるよね?」
「そうだが、婚約者争いとは別に考えてみてくれないか」
「まず、ボーフォート家対教会説は優先度が低いと」
「そうだな」
「つまり関係は三角関係とか、V字関係な訳ね」
「皇太子の婚約者以外だと、そういう争いは何が考えられるか?」
「土地の境界線とか、物流のルート争いとか、商売相手とか?」
「土地の境界なら地図を見れば良い事だ。物流と商売だと何かアイデアがあるか?」
「物流なら関税問題と、水運の船着き場の問題、あと関税の問題かな」
「それだと、川や街道に従属する問題だな。じゃあ、商売に関するアイデアを聞かせてくれ」
「一番大きいのは王都周辺に売り込む物でしょうね」
「ふむ、食料の売り込みは結構大きい問題だが。後は工業品、輸入品になるな」
「工業品は北部の鉱石を使って北部と王都近郊の北側が大きいけど、輸入品は陸路の東部と海路の南部とあるわね」
「コベントリー家は東部だが、思い当たる物はあるか?」
「織物の物流は東部派閥で問題になった事があるらしいけど、父親が若い時の話みたいだから、今はあまりなさそう」
「なるほど、つまり北部、西部、南部が臭くなる訳だ」
「ごめんなさい、東部の事もそれほど分かっていないわ」
「いや、参考意見を聞いているんだから、情報は有難い。助かるよ」
バートは目を細める。愛想笑いなんだろうが、少し色気を感じる。
これだけ話したところでカフェに着いた。
バートが先に降りて、手を出して降車を助けてくれる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
少しおどけて見せる。皇太子の側近候補という事で、クラスでは皆少し距離を取っているが、意外と愛嬌のある性格なのかもしれない。カフェは上位貴族街の中でも格調の高い店だ。初めて入る店だ。バートと私に続いて侍女のヘレナも個室に入る。調達品の色合いが地味に上級な品である事を示している。
「そのう、この店、それこそ貴族の当主同士が秘密の会談をする様な場所よね?」
「秘密の会談に入る前の内緒話くらいならするだろうな。今回もその類の話だし」
「やっぱり、聞かれたら不味い話よね?」
「扇動者が教会を貶めようという企みの背景を話していたら、当然、扇動者の的になるだろうな」
「扇動者は確かにいると考えるべき?」
「組織的、計画的な扇動がなければ、こんなに早く実を結ばないだろうよ」
「誰かが悪人という定説に仕立てた扇動を、上手に聖女こそ悪人と上書きしたんだから、確かに上手い扇動よね…」
「まあ、扇動の基本は、お前は騙されている、とお前に危険が迫っている、そして事実が隠蔽されている、その辺りだからな」
「今回はお前は騙されている、という扇動だった訳だ」
「騙されているかどうかは問題じゃなく、騙されていると思わせるところが基本だな」
「どういう事?」
「誰も最初から真実のナディア嬢なんて知ろうとしない。だから騙される。そして真実の聖女も知らない。だから騙される」
「ナディア嬢がどうかを知る事がまず基本な筈なのね」
「実はそれも無理だ。彼女は基本はボロを出さない様に自分の中身を隠蔽する体質の人間だからな」
「…体質とまで言うと可哀相だけど。貴族令嬢は淑女たれ、と表面を取り繕う様に躾けられているいるのだから」
「まあな。それでも、お前は話し相手に話を合わせるくらいはするだろう?」
「今回はぶっちゃけて話せと上位者であるあなたから言われたし、そうね、この件で疚しい事はしていないから話せるのかな」
「そう、どっちの陣営にも付いていないし、そういう噂話をしている様にも見えなかったから、意見を聞こうと思ったんだ」
「ボーフォート侯爵家の悪い噂を流す立場ではないし、教会に喧嘩を売る立場でもないだけだけどね」
「それで充分だ。何せもうどっちが悪い、と思い込んでいる奴らは話が通じないからな」
「そんな感じね。聖女の悪口を言っている人は何か雰囲気が変わってるものね」
「まあ、そういう思い込んでいる人間はともかく、冷静なら裏を読んで行動する事が必要になる。思い込んでいる人間どもは勝手に踊るが、そこに至るまでには扇動者達の意図と苦労があった筈だからな」
「ああ、それで思いつく裏について意見が聞きたかった訳ね」
「そういう事だ。それで、婚約者候補の話、領土境界の話を除くと、ボーフォート侯爵は大した問題は抱えていない。教会はそもそも聖女なんていう怪しい者を人気取りに使おうとしているから怪しい訳なんだが。他に思いつく事は何かあるか?」
「まあ、そもそもナディア嬢の友達が怒って反撃した可能性はあるんだけれど…」
「的外れに教会を攻撃した訳か」
「そりゃあ、聖女を虐めている、という悪評が立つなら、広めたのは教会だろうと思うでしょうよ。冷静に考えれば教会がボーフォート侯爵と喧嘩をする理由は無い気がするのだけれど」
「まあ、思い込みほど怖いものは無いのは今扇動で踊っている連中の事を考えれば分かるのだがな」
「さっき場合分け、と言われたけど、そもそもボーフォート侯爵は変な噂は聞かないから、婚約者候補争い以外なら個人的な怨恨、それもナディア嬢の問題、というのがありそうよね」
「まあ、そうだな」
「それ以外だと商業的な問題。それ以外には除外している領地問題くらいかしら」
「とりあえずそうだな」
「教会への攻撃については、今言ったナディア嬢および関係者の怨恨、教会関係者内の怨恨、後は異教徒の攻撃という事はあるかと思うけど、それは外国の干渉という事よね」
「ああ、そういう大きい問題は宰相の案件だから俺達が考える必要はないな」
「…婚約者争いも王家の方で調べるという事ね」
「そういう事だ。他家の足を引っ張るくらいの工作が出来ないと皇太子のバックとしては能力不足だが、実際に国内向けにそれをやる奴とは手を組めない。トラブルメーカーだからな」
「文字通りね」
「そうなると、俺達が学院内で調べられる事は、やはりナディア嬢の周囲の人間が係わっていないかどうかという事だな」
「そうでしょうね」
「何か調べる当てはあるか?」
「ナディア嬢とは縁が無いから、分からないわ」
「ナディア嬢の友達の友達あたりと縁があったら良かったんだが」
「それだったら今頃一緒になって教会にケチを付けてたでしょうよ」
「もっともだ。じゃあ、ナディア嬢の友達関係を当たってみるか?」
「何故疑問形なの?」
「提案しているんだよ」
「私に決定権は無いでしょう?」
「俺達二人で調べるんだから選択権くらいあるさ」
「え?私も調査に参加するの?」
「そういう話をしてたんじゃないか」
「聞いてないわよ!」
「今話したろ?」
…しまった。こいつ、性質が悪い奴だったんだ。童顔の癖に。