1. お誘い
本作はフィクションであり、実在の人物並びに団体とは一切関係ありません。
ジュディー・コベントリー伯爵令嬢は風が変わった事を感じた。今まで嫌われていたナディア・ボーフォート侯爵令嬢の事を被害者であると言う者が増えたのだ。ナディアが聖女を虐めていた、という噂が多かったのが、最近はそれは教会による冤罪だと言う者が増えたのだ。
「そろそろ気付いたか?」
そう話しかけて来たのは同じクラスのバート・レノックス侯爵子息だ。今までは特別親しい間柄では無かったのだが、気になる事を言われれば話をしたくなる。
「原因に気付いていらっしゃるの?」
「ああ、そういうもったいぶった言い方は無しだ。侍従に話しかけるぐらいの話し方で良いぞ」
淑女としてはそうはいかないものだが、それだと話が進まないのでフラットな話し方にした。
「それで、原因に気付いているの?」
「いや?だが、興味がないか?」
何だ、知らないのか。だけど、何故話しかけてきたのだろう?
「興味はない訳ではないけど…何故私に話しかけたの?」
「まだ正気の奴でないと使い物にならないからな」
「正気?」
「ああ、聖女を悪者と思い込んだ奴にはもう話が通じない。思い込んでるだけで理屈で判断している訳ではないからな」
「何か、思い当たる事でもあるの?」
「ああ。じゃあ、放課後にカフェで話をしよう。暇はあるか?」
「早く帰っても家庭教師に絞られるだけだから、多少なら時間は取れるけど」
「じゃあ、決まりだ。放課後に家の馬車に一声かけてうちの馬車で送ると伝えてくれ。その間に声をかける」
「分かった」
放課後にコベントリー家の馬車の御者に他家の馬車で返る、と伝えていると、知らない侍女がやって来た。
「レノックス家の侍女のヘレナと申します。この後は当家にて責任を持ってお送りします」
その言葉で御者も納得した。侯爵家の侍女が侯爵家の名前で責任を持つ、と言ったのだから文句は出ない。侍女のヘレナの案内でレノックス家の馬車に乗る事になった。
「よお。悪いな。時間を取らせて」
侍従で無く侍女を連れているというところに、今日、女性が同乗する予定だったのを示している。
「その、今日は他の女性と同乗する予定だったのでは?」
「気にするな。それで早速だが、ある人物の悪評があって、他の人物が変わって悪評に晒される。どんな背景があると思う?」
馬車はゆっくり走り始めた。それを待たずに話始めるのだから、このバートという男は随分せっかちだ。
「そもそも、始めの悪評というのは他家の工作なのでは?ナディア嬢は皇太子の婚約者候補の一人ですし」
「それはあるだろうな。それじゃあ、聖女の悪評も誰かの工作と思うのか?」
「中央近くの西部派閥の重鎮であるボーフォート侯爵家が教会に喧嘩を売るとは思えない。派閥の中の家かしら?」
「まあ、それも一説だな。他には?」
対面に座るバートは少し童顔だ。同い年の男性の中では可愛らしい顔をしている。体は中肉中背だが。
「教会に喧嘩を売るんだから、教会に恨みを持つか、あるいは聖女に思うところがある人?」
「それはあるだろうが、表向きそれは不味かろう?」
「じゃあ、身代わりを立てて黒幕として動く?」
「いいな、ドラマティックだ。他の可能性はどうだ?」
楽しそうな顔を作るが、目が笑っていない。この男はこの件を真面目に考えているのが分かる。
「う~ん。まず皇太子の婚約者争いからの悪評工作とそれに対抗する策…あれ、これだと教会が悪評を流していないと反撃先がおかしい」
「そうだな。聖女はナディア・ボーフォートの対抗馬になれると思うか?」
「平民を大司教が養子にしたのだから無理でしょう。本当に神がバックに付いているならともかく」
「聖女のバックに神は付いていないか?」
「神が守っているならそんな悪評を流した者に天罰があるでしょ」
「いいな、神の怒りか。最高だ」
「…馬鹿にしてます?」
「いや、俺も聖女に神が付いているとは思わないから同意見だ。そのまま場合分けしてみてくれ」
「つまり、ボーフォート家の反撃という説はおかしい訳ね」
「可能性はゼロではないがな。重視するべき説ではないな」
バートの瞳が理性で輝く。皇太子の側近候補の一人であるこの男が馬鹿である訳はないが、中々目力がある。童顔で胡麻化されているが。
「じゃあ、聖女に恨みを持つ者?聖職者で聖女の位置に近い場所にいたけど、その場所を奪われた者とか?」
「その場合、ボーフォート家を貶めていた件との関係はどうなる?」
「独立していて、ボーフォート家からの報復と見せかけたいとか?」
「最初にボーフォート家を貶めていた者はどうなる?」
「派閥争いとか、皇太子の婚約者争いがらみ?」
「まあ皇太子の婚約者争い関係なら俺達の範疇だ。それ以外で考えてくれ」
あれ?つまり皇太子の婚約者争い説は有力じゃない?
予約投稿しております。おかしくなっていたら申し訳ありません。