第7話
「娘の機嫌を損ねただけで誘拐するなんて恐ろしい親子だわ」
「ベロニカは父親の仕業とは知らなさそうですが……」
私達は脱出経路を探しながら部屋を見て回っていた。早く出た方が良いのは分かっているのだが、ついでに証拠を見つけられたらラッキーと思い、ルース男爵令嬢にお願いして探させてもらっている。
ある埃っぽい部屋に入る。中には骨董品やらが置かれているので、物置部屋みたいなものなのだろう。貴重そうな箱を見つけ、私は蓋を開けてみた。
中から出てきたのは、羊皮紙に書かれた帳簿だ。目を通すと、入出金の記録をしているようで、様々な銀行と口座名義人を介している。しかし、最終的には『ダタライ』という人物と『スタンディ伯爵』に繋がっているので、これは資金提供の繋がりを示すものになるかもしれない。
私は羊皮紙を丁寧に折りたたみ、服の内側のポケットに入れる。
「じゃあ、脱出経路を探しましょうか」
私がルース男爵令嬢に声を掛けると同時に扉の方から男が入ってきた。
「何をしているんだ? あれ、どうやって外に?」
顔を見ると私を誘拐してきた一人だった。
私はブーツの内部に隠している麻酔針を手に取り、男に投げつける。
ダーツのように額に針が刺さり、麻酔薬が体内に入った男は倒れた。白目を向き、泡を吹く男を見てルース男爵令嬢が怯えてしまった。
「大丈夫、眠っているだけだから。ちょっと刺激が強くて泡を吹いているけど死んでないよ!」
努めて明るい声音で言う。心配させてはいけない。恐怖が頂点に達すると、人間はパニックになってしまうからだ。彼女を無事に逃がすためにも精神衛生面も気を付けなければならない。と、幼少期にサバイバル術を教えてくれた教官が言っていた。
私は部屋の窓を見つけ開ける。外を確認すると、ルース男爵令嬢を手招きした。
「ねぇ、ここから外に出られる? このまま真っ直ぐ行くと、茂みに騎士団がいるの。保護してもらえるわ」
ルース男爵令嬢は頷き、窓から外に出る。小柄な彼女ならすんなりと出る事が出来た。
彼女は振り返り、私を見ると、
「ねぇ、貴女は?」
と声を掛けてくれた。私は首を横に振る。
「他にも誘拐された人が居ないか見てみるわ」
今、屋敷を包囲している王国騎士団が突入すれば、被害者も見つかるだろうが、出来るだけ私の手で見つけて、逃がしてあげたかった。怖い思いを少しでもさせないために。
私はルース男爵令嬢が騎士に保護されたのを目視すると、中に戻り、部屋を端から見て回った。誘拐されていたのは、どうやら私達だけのようだ。安心して私も外に出ようとしたその時。
「牢に入れておいたはずの女だろう? 只者じゃねぇな」
男の声がすると同時に私の首に刃物の先が突き付けられていた。
気配を殺し、近付いてこられるとは。私を誘拐した男とは明らかに格が違うので、おそらくこの者がリーダーだろう。
「私はバーバラ。貴方は?」
背後を見る事なく聞くと、男は答えた。
「オレはダタライ」
やっぱり。
私は思い切り踵を彼の足に突き立てる。踵からは刃物が飛び出るようになっており、太ももをえぐるように蹴り上げた。
ちなみにこの服、ブーツは色々と仕込みが入っている特注品だ。言葉通りの勝負服である。これも実家が作った品物だ。何かあった時はこれを着て逃げろと嫁入り道具の中に父が入れたのを思い出す。
痛みに怯んだダタライの隙をついて、私は彼から距離を取る。
「傷口から痺れ毒が入るようにしてあるから、そのうち体が麻痺して動かなくなるわよ。今のうちに降参しておく?」
「馬鹿言え、この屋敷はもう包囲されている。降参すれば王国騎士団に連れて行かれて処刑だ。オレは生きる、こんな所では絶対死なねぇ」
その騎士団連れて来たのは私だけどね。
「でも、貴方達もうっかりさんね」
「何?」
「分からない? 高貴な女性が一人で街に出るなんてあり得ないでしょう。囮なの。私が連れて行かれる場所を特定する為に実は騎士団が隠れていたのよ」
煽るように言うと、ダタライはふっと笑う。
「用意周到だな」
「もうすぐ真の親玉も来る頃なんじゃないかしら?」
これ以上お喋りに付き合うつもりはないとダタライは、踵を返して、逃げ出そうとする。私は、太ももに隠してあった麻酔針を取り出し、ダタライの背中に向けて投げつける。
さすが密輸団のリーダー、背後から獲物が飛んできていると確認すると、物陰にすぐに隠れた。
しかし、避けきれなかったのか、床には血痕がある。
麻酔針は当たっている。太ももに隠してあった麻酔針は、一番濃度の高い毒を塗っているので、動けなくなるのも数秒後だろう。
だが、ダタライはしぶとく腕に刺さっていた麻酔針を引き抜くと正面扉に向かって走り始める。本当ならもう倒れても良い頃なのだが、執念が彼を動かしていた。
私は扉を開けて逃げ出そうとするダタライを追いかけた。
「ちくしょうが!」
彼は振り返りながら私へ刃物を投げつける。避けきれないかもしれない、と思った時だった。
「私の姫さまはお転婆が過ぎる」
黒い髪を靡かせ、手に持った剣で刃物を弾く。
「本当に二度とこういう事はしないでくださいよ。心臓がいくつあっても足りませんから」
くるりと私の方へ振り返るギル。私は嬉しくなって彼に抱き着いた。
「ごめんね、でもありがとう」
来てくれると信じてた。




