大家のターン再び 9
ひょっこりと空いた穴から顔を出して体まで乗り出してきた二体に
「玄さん、岩さん、危ないから鞄の中で隠れていて」
二体に注意を促すも
「鞄の中飽きたー」
「主の帽子の中に行くー」
長い事ずっと鞄の中に押し込められていた二体は外の景色を見てしまったばかりにもう鞄の中にはいられないというように大家さんの腕をよじ登ってお気に入りのパーカーの帽子の中へと満足気味に潜り込んだ。
「やっぱりあったかいねー」
「主の匂いがして落ち着くねー」
そんな場違いなまでののんびりとした二体のやり取りに大家さんの険しい顔が緩んでしょうがないなと言うような笑みが浮かんだ。張り詰めた空気も一緒にゆるんで岩さん玄さんありがとうと心の中で何度も感謝した。
「帽子から落ちないようにしろよ」
「「はーい」」
大家さんの諦めた声と子供らしい素直な声にあっけにとられるのは救いようのない大人たち。
「なんだその蛇と亀は?
ひょっとしてそんな小さなモノがお前の使役か?」
「使えなさそうな使役なんて連れてきて戦力にでもするつもりなのか?!」
爺さんの取り巻きの残り二人が突然現れた玄さんと岩さんを見てせせら笑う。
「こういう時に使う使役はこいつらみたいなモノを連れてくるんだ」
そう言って呼び出したのはすらりとした犬のような二体の使役。
見るからに吠えて追いかけてきそうな様子に
「ひゃあ?!」
なんて思わず大家さんの後ろに隠れてしまう。
「おい、人を盾にするか普通……」
「いや、だっていきなり現れたら驚くでしょう?!」
誰も驚かなかった中で独り飛びのいてしまったのが恥ずかしいからの言い訳。
大家さん、そんな生暖かい目で俺を見ないでくださいと視線を避けるも
「あー、緑青はっけーん!」
「そんな所に居ないで主の帽子においで~」
鳥籠を抱えている真が側に来た事で札の隙間から緑青を見つけたのだろう。あったかいよーと手招きする岩さんに緑青は外に出れない事を思い出したのか居心地の良い大家さんの帽子の中に行けない悲しさにめそめそと泣き出してしまい
「緑青どうしたの~?」
岩さんがぴょんと鳥籠に飛び移って札の隙間から潜り込もうとするので
「岩さん、籠の中に入っちゃだめだよ」
慌てて止める。
「なんで~?」
子供らしい残酷なまでの素直な疑問。
当然それは緑青をさらに悲しませる結果となって
「籠にね、入るとね、お札のせいで二度と出れなくなっちゃうんだ!
出た時は二度と主の事主って呼べなくなっちゃうんだー!」
目じりにたまった涙をはたはた落としながら入ってきちゃだめーと岩さんを押し返すそんな様子に大家さんの顔から表情がどんどん抜け落ちてきて、自然と呼び出された犬の使役がじりじりと後ろに下がっていった。
だけどご陽気な声は止まる事を知らない。
「お札~?このお札が悪い子なの~?」
岩さんはお札の上をすべるように移動すれば
「岩さーん、そのお札よくないお札だよー。なんか臭いよー」
帽子の中から怖いよーというように大家さんにしがみ付いて離れない玄さんの様子にいつも一緒なのに珍しいと思いながらも臭いんだと俺には全く臭わない籠に視線を落とせば
「このお札が悪いんだー」
そんなやり取りに大家さんもうんうんと頷く。
暁さんはこんな時にのんきすぎるだろとぼやきながらも攻撃してくる紙の束を払い落としながら今にも飛び掛からんとする犬の使役と距離を取りながら睨み合っていれば
「じゃあ、こうしちゃえ!」
言いながら岩さんはお札を……食べだしてしまった。
正しく言えばお札に書かれた文字に宿った霊力と言うのだろうか。
俺もだが大家さん、暁さんはおろか爺さん達まであっけにとられてしまってただ見ていた。
しかし見るからにお札からどんどん霊力が失われて行き、文字一つ分食べた所でお札と言う効力が失われはらりと鳥籠から勝手に落ちてしまったのだ。
思い出したのは直接見てないが家に送り込まれた穢れを食べてしまった話。朱華が穢れを浄化したという話は聞いていたが、岩さんは呪を破壊できるのかと驚きのまま見ていた。
岩さんは何枚かのお札文字を消して剥がし終えた所で
「ドアの部分が取れたよ~」
しゅるりと尻尾を使ってドアを開ければ緑青は恐る恐ると言うように、でもあっさりと外に出ることが出来てしまった。
緑青もこの喜ばしい現実をまだ受け止めれないというように放心したままの顔をしている横で岩さんが出れてよかったねーと緑青に絡みついていた。
いや、こんなあっさりで良いの?逆に不安を覚えるもぼろぼろになってしまった姿を見ればどんな形でも籠から出れたことに喜びがじわじわと湧き上がってきた。
しかし安心してもまた新たな不安がやって来た。
「岩さん、大丈夫?」
あんな縁起の悪いお札の文字を食べてしまって何が起きているか分からないからととりあえず調子を聞けば
「あの文字美味しくないー」
「そうじゃない」
とりあえず大丈夫そうだった。
その合間に緑青は外に出れた実感を覚えるようにふわりと宙に浮けば
「主!主~!お外出れたよー!
主って呼べたよー!」
飛び出した緑青は岩さんを絡みつけたまま大家さんの顔に張り付き、嬉しさからぼろぼろと涙をこぼして抱き着いていたけど、大家さんはものの見事に気道をふさがれて苦しそうにしていた。
「よ、よかった……」
どこか涙交じりの声はもろに鼻に突撃した緑青が今も張り付いている為に本当に何が理由で泣いているのかどうかは分からないが、俺もほっとして鼻の奥の方がツンとする感覚にそっと視線をそらして目頭を指で押さえつけた。すぐ隣で俺達を守るように暁さんが一人で紙の束といまだに戦っているのが感動のシーンをぶち壊しているけど……
「どういうことだ!
札の力を食べるなんて聞いたことがないぞ!」
「なんなんだあの蛇は!
あんな能力聞いたことないぞ!」
俺達も知りませんでしたと言うのは黙っておいて
「緑青、また捕まると厄介だから。お空で待っていて」
「はーい」
小さなおててで涙をぬぐった後ぼろぼろの羽を羽ばたかせてまっすぐ空へと向かえば爺さんの紙の束も捕まえようと追いかけるものの……
「なんだ、あれは……」
「失礼な。緑青に決まっているだろう」
空に駆け上がる間に手のひらサイズの緑青は見た事もないくらい大きな姿へと変わり、命じられるまま追いかける紙の束たちは緑青のしっぽの一振りで無力化されて、真っ二つに裂かれて地上へと落ちて行った。
「相変わらず最強だな、お前の付喪神達」
「最強なのはこれからだ」
暁さんの感心した声だが大家さんはまだまだ許す気はないそうだ。




