大家のターン再び 5
だけどこのただの紙でできた札を剥がせないとは緑青には意味が分からなくて
「なんで?」
あの人達はただペタペタと貼っていたのにと思いながら言えば
「そのお札はね、内側からしか剥がれないの」
「だけどぜんぜん剥がれないよー?」
試しに引っ張ってみてもうんともすんともしなかった。
困ったなあと思いながらも引っ張っていれば
「そのお札はね、中に居る子がご主人様達をご主人様って認めない限り剥がれる事はないの」
どういうこと?
素直に意味が分からなくて小首を傾げれば
「緑青は今主がいるんじゃろ?」
おじじに聞かれればうんと頷く。
その返事に少しだけ悲しそうな顔をして
「緑青が今の主の契約を破棄して、新たに我らの主と契約を結ばない限りそこからは出られないのじゃよ」
そんな絶望の言葉。
「やだ!絶対やだ!緑青は主がいいんだもん!それで真と一緒に暮らすんだもん!真のお世話をするんだもん!」
あまりのショックな言葉にそんなのはやだ!やだ!と叫び喚くもおじじは静かに口を開いた。
「昔、おじじもそうやって昔の主とさようならしたんだよ」
そっと視線を反らすアゲハと茶々の様子を見てそれしかここから出る方法がないのかと抱きしめていた尻尾を心細さからさらに強く抱きしめるのだった。
「おじじにもかつて主がいた。
本体を綺麗にしてくれてどこへ出かける時も連れ出してくれて、今はもう口に出す事の出来ない名前を与えてくれた優しい主だった」
しんみりと遠い何かを見つめる視線で語るのはかつての幸せの話し。
「しかし、外に連れ出してもらった事で目を付けられてしまった。
今の主の遠い先祖によって今の緑青と同じように封じ込められて……
おじじとて我慢した。
長い月日に主が迎えに来てくれると信じて。
だけど人間は我らに比べて短命……
迎えに来てくれる日を待ち続けて知らされたのは主の不幸の知らせ。
二度と会えない事を聞かされておじじの心はもう主以外ならどうでもよくなってしまった。
それ以来この家に仕える事になった。
むろん、そんな心構えなので役立たずと罵られてはいるが、役立つ義理はない」
そんな切ない話に緑青もいつの間にか涙をぽろぽろと零しながら自分の未来を悟る。
ひょっとしたら二度と真の家に帰ることが出来ないどころか主にも忘れ去られて……
心が砕けるには十分な言葉だった。
「主ー、真ー。死んじゃやだー!」
いきなり緑青の妄想で殺されかかっている主と真だが
「ふぬー!
なんでこの襖開かないんだよ!」
「若者よ頑張れー」
「まあ、絶対開かないように呪符が裏側から貼られてるだろうから開かないよな。気配は感じるし。しかも害意を感じれば壊れないようになってるよな」
「暁がなんかその手のプロっぽい言い方してるなあ」
大家さんがのんびりと褒め称えるも暁は難しそうな顔で
「無理やり壊すとその反動が返ってくる仕組みだろうな。
よっぽどこの部屋へと入れたくないようだ」
「ふーん」
案外すぐそばにいる事を緑青はまだ気づいていない。
だけど他に気付いた者もいた。
「お前たちは何だ!一体ここを誰の家だと思ってる!」
顔の知らないお爺さんに開口一番怒られてしまった。
まあ、怒られるしかない。
人の家に勝手に上がりこんで家探ししているのだから怒られて当然だ。
「ああ?人んちに勝手に火を着けた挙句に火事場泥棒をしてくれてよく言うな」
本日の大家さんものすごく喧嘩っ早いです。
肩にかけていた鞄からバールを取り出すあたり本当に討ち入りにでも来たかのようないで立ち。
って言うか大家さん、家からバール持ってきたの?って驚いてるのは暁さんもご一緒のようで
「お、おま!いったい何を!」
なんてわめけば寝ていた人たちも起こしてしまう結果になるのは当然か。
「紫殿大きい声で何を!」
「何がありました紫様!」
どうやら俺達が会った人は紫さんと言うお爺ちゃんで、ずいぶん可愛らしい名前だなあと大家さんがぼやいていたのにはそうじゃないだろうと思いつつも吹かずにはいられなかった。
だけど俺のそんな余裕もそこまで。
「真!お前は一体紫様のお屋敷で一体何をやっている!」
背筋が凍るような怒りを含む聞きなれた声にぎこちなく振り向けば
「父さん……」
会いたくない人物に会ってしまった。
いや、避けられないというべき相手に俺はゆっくりと息を吸い込んで
「父さんこそ何をやってるんだ!
俺が借りてる家に火を着けた上に大家さんからお預かりしている香炉を盗んだ挙句に付喪神まで連れ去るなんて正気の沙汰じゃない!」
「真こそ何を言ってる!
あの龍を手に入れる事こそ我が家の宿願だろう!
いつもいつも通り向こうだのと言われて本家から古く血を分けた我が家に対して今までのこの扱いを許せると本気で思ってるのか?!」
「いや、もう赤の他人なんだからそんな主張が通るわけないだろ」
大家さんが突っ込み暁さんも頷く。
「その主張が認められるのならうちはどれだけ親戚がいるって話だ」
呆れる顔をする暁さんはさらなる爆弾も落とす。
「それに川向こうの九条さんよりもっと古い家とも今もお付き合いがある。
向こうの家から言わせたら我が家を差し置いて新参者が何をほざいてると言ってるぞ」
上には上が当然いるよな、なんて大家さんのぼやいた声がやけに大きく響き渡った……




