尽きる事のない悪意でも顔をあげてみせる 5
お風呂から出る頃には宮下さんが
「ほら、二人ともばたばたしてお腹すいたでしょ?簡単なものだけどご飯作ったから食べよう」
どんだけ素敵なお母さんなのだとこういった優しさに感動して涙が出そうになる。
ごはんとみそ汁、そしてさっとゆでただけの野菜には大量の鰹節がかかっていて取り皿で醤油やポン酢をかけて食べるスタイルになっていた。
おくら、茄子、カットしただけのトマト。
お風呂に入っていた短時間なので当然ながら簡単なものと言ったように時間がかからない料理ばかり並ぶけどそれでもこうやって色とりどりの料理を見ればそれだけで胸が熱くなるしあの短時間でこれだけを用意するのは決して簡単ではないのにとさらに感動してしまう。
「九条も遠慮しないで食べて」
言いながらちくわに胡瓜を通したものまで出してくれてまだおかずあるから待っててねと去って行ってしまった。
大家さんはさっそく胡瓜と竹輪を分解して胡瓜をぼりぼり食べなが座卓の下にいる真白に竹輪を贈呈していた。
俺との間で真白は風呂場の檜の桶の中で溶けかけていたのに今は大家さんの足にもっとくださいと言うように前足を乗せて机の上を覗いている。
真白、行儀が悪いぞと教育係としてははしたないと言いたかったがどんどん追加されるおかずに真白はもう釘付けだ。
仕方がない。
サラダチキンが出てきてしまったのだ。
主頂戴と言わんばかりにキュンキュン言いながら尻尾を全力で振りながらうるうるの瞳で見上げる真白にさすがの大家さんも勝てないようでサラダチキンを座卓の下に運んではかつかつと真剣に食べる真白に生臭はどうなんだよと本当に問いただしたい。
そして三切れほどサラダチキンを食べた所で満足げに毛づくろいを始めて胡坐をかく大家さんの膝の上に座ってまったりと寝始めてしまうのを良いのかと思いつつも俺達もご飯を頂いて行く。
「ごめんね。本当に簡単な物ばかりで」
「いえ、こんなにもたくさん・・・・・
自分で作るよりいろいろ食べさせてもらえて本当にありがとうございます」
あんな事があった直後なのだ。
さりげない優しさからこんな風にご飯が美味しいなんて食べられる事に感謝がつきない。
「お茶は置いておくけど、悪いけど隣の作業場で仕事してるから。食べたらそのままにしておいてね」
そう言ってくれる宮下さん。そんな食べさせてもらってそのままにしておくなんて申し訳ないと思ったけど
「悪いな。この後ちょっと出かけてくるから夕方はウコ達も頼むな」
「はいはい。
あ、卵貰ってもいい?香奈ちゃんプリン作りたいって言ってたから」
「持ってけー。失敗するだろうからいっぱいもってけー」
「まだまだ練習の途中だからそういう事言わないの」
苦笑するだけの宮下さん。
ああ、だから調子に乗る大家さんがいるんだと納得はしてしまった。
とりあえず遠くから何かトンカチの音が聞こえてきたころ大家さんはやっと箸をおいて
「食べ終わったら京都行ってくる。
とりあえず一度荷物を取りに帰るが、九条はついてくるか?」
そんな質問。
それは緑青を取り戻すための旅。だけど躊躇ってしまったのは
「父さん達、と会わないといけないのですよね」
当たり前だけどやっぱり踏み出せないでいる何かがあった。
「別に付き合う事はない。
ただ、俺は許すつもりもないし、二度と緑青を始めちび共に手を出さないように話をしてくるだけだ」
全く信用のない言葉に聞こえて
「いえ、俺もついて行きます。ご一緒させてください」
この人を一人にしてはいけない、なんとなくそんな直観に体を乗りだして同行を願い出れば大家さんは少しだけ目を瞠って苦々しい笑みで
「正直何が起きるか分からないぞ?」
「すでに何が起きてるのかわかってないのにこれ以上怖い事ってあるのですか?」
まさか実の親が息子の家に空き巣に入った挙句に放火をした。その中に父さんがいたのかどうかは分からないが、少なくともこの計画のどこかに絡んでいるのは確かな事。
「そもそも俺が迂闊に付喪神の事を兄貴経由で父さん達に話してしまったのが間違いだったんです。それで緑青が怖い思いや寂しい思いをしていたら、俺は大家さんに謝っても許されないから……」
途方に暮れた兄貴と緑青の寂し気な姿を思い出す。
それでもまだましだ。
今回何より怖いのは今回は緑青の知らない相手だという事。
さらに箱に入れられたという言葉が気にかかって不安しかない。
「俺もすぐに財布を取ってきますが……
朱華たちはどうしましょう」
連れて行けないしと思うも
「今回ひよこは留守番だ。とても呼び出せる状態じゃない。
リハビリじゃないけど浩太さんに家の修復を頼んだからそれが慰めになればと思う」
家の手入れをしてもらった時の朱華の浩太さんへの思いがあればあの焦げて煤だらけになってしまった家をきっと今まで以上にあの家を愛せるだろうと確信をしてしまう。
そして朱華の名前が出たついでに
「ところで一葉さん、寿郎さん、宗二郎さんってご存じですか?
朱華が帰ってくるとか言ってたんですが……」
俺が借りる前まで何人か出入りする前は空き家だとは聞いてましたがどなたでしょうと聞けば大家さんは目を見開いたかと思えば確信がなさそうに、だけど記憶にはあるようで
「直接会った事はないけど確かあの家を建てた人の名前だ。ジイちゃんから聞いたことがある。宗二郎叔父さんに娘の一葉、息子の寿郎だったな。ずいぶん昔の人だけど……」
「朱華がみんなが帰ってくる家だからって言ってました」
建てた当時住んで居た人たちの帰りを待つ、それだけの思い入れに確かに朱華が付喪神に昇華するのも納得できた話に大家さんは少しだけ目をつむって
「今年のお盆は仏壇はないけど迎え火を焚いてみるか」
「その時はみんな揃ってやりましょう」
それが正しいのかは分からないが付喪神になる前からずっと帰りを待ち続けている朱華の為にも心安らげばと願わずにはいられない。
「ひよこの番犬代わりにしろを置いて行く。
そして玄さんと岩さんを連れて迎えに行くぞ」
力強く気合を入れてこれ以上ご迷惑はかけないという意気込みを込める。
「はい。よろしくお願いします」
大家さんの戦略に玄さんと岩さんがどんなお役に立つのかと思うももうご飯は終わりだというように席を立ち、仕事をしていた宮下さんにごちそうさまでしたと挨拶をして、三十分後に準備を終えた大家さんと合流するのだった。




