尽きる事のない悪意でも顔をあげてみせる 4
「俺も平和ボケしたなあ」
大家さんがどんな生き方をしてそんな言葉を出したのか知らないけどしばらく呆然としていた大家さんはゆっくりと息を吸い込みながらスマホを取り出し
「おい、ついにやってくれたぞ。本体もろとも持ち逃げされた」
怒りを含む声に相手の声は当然ながら聞こえないけど
「うちの子を攫ってくとはいい度胸だな。しかも家に火を着けてくれたぞ」
あまりの立派な犯罪に電話の相手も何も言えなかったようで、でも大家さんの怒りは止まらない。
「もうお前らの待ったなんて関係ないし俺も俺なりの方法で緑青を返してもらうぞ」
そう言って相手に何も言う隙もないままスマホを切ってしまった。
「さて」
何やら気合を入れた大家さんとは別に俺は室内をいまだに呆然と見ていた。
火事の火もしっかりと消えて水浸しの家と煤にまみれた室内。
消火活動に台所は荒らされて電化製品は軒並み全滅状態だった。
唯一の救いが居間と床の間から廊下を挟んだ俺の寝室と仕事部屋は被害を受けてなかったところだった。
みち子さんから頂いた紙も仕事部屋にあったので無事だったが、今俺を苦しめる問題は
「真ー、元気出して?」
「真ー、主がお家綺麗にしてくれるから泣かないで?」
「真ー、緑青はー?」
励ましてくれる岩さんと真白の言葉に俺は情けなさに涙が込み上げてきて、一番状況を理解している玄さんの言葉に泣くにはまだ早いと唇を噛む。
朱華は欄間の鳥に姿を重ねて引きこもってしまっているくらいショックを受けていて、今は誰が話しかけても返事もしてくれない状態になってしまった。
そんな朱華にも配しながらも
「緑青を迎えに行ってくるから。またちゃんと連れて帰って一緒に公園に遊びに行こうな」
不安げながらもやっぱり公園には遊びに行きたいのか素直に頷くその向こうで大家さんは何やら忙しそうにスマホで誰かとしゃべったかと思っていたのにいつの間にか
「浩太さん、圭斗、悪いが家の修理頼むな」
ものすごくぞんざいな言葉でお願いするも浩太さんはお父さんだと紹介をしてくれた人と家の様子を見ていた少し離れた所で圭斗さんは
「お前は今度は何をやろうとしている」
難しそうな顔で大家さんを睨みつけていた。
なるほど。昔からこうやって当然という顔で周りに迷惑を掛けながらも周囲は受け入れてきて慣れてしまってる状態なのかと大家さんの謎の人脈怖いなと思いつつもだ。
「少し出かけてくるから。何か手続きとかあったら沢村さんに相談して。警察関係も任せてあるから」
「だから、何をしに行くんだ」
すごく心配をしている視線に口調は荒くなってしまうも大家さんはそれを嬉しそうに笑みを浮かべながら
「決まってるだろ?
うちの子がさんざん迷惑かけられたんだから……」
その後は何も言わずにぞっとするぐらいに奇麗に笑って見せた顔に圭斗さんは顔を引きつらせながらも何を言ってもこれ以上は無駄だと判断したようだが
「その前にだ、先に風呂に入って着替えろ。
そこの九条もついてこい!」
なぜか軽トラの荷台に乗せられてしまった。
「浩太さん、すみませんが後お願いしてもいいですか?!」
そんな大きな声に浩太さんは任せろというように手を振ったのを見て車で1分の大家さんの麓の家へと連れてこられた。
肩に乗っかっていた玄さんが四阿の貯水槽を見て
「玄ここで待ってるね!」
ぴょんと肩を飛び降りたらそのままちゃぷんと入って金魚と泳ぎ出したのを大家さんは少しだけ怖い顔を緩めた所で
「岩も一緒ー!」
と岩さんも遊びだしてしまうも水遊びが苦手な真白は肩に乗っかったまま。
まあ、そうだよなと圭斗さんに庭に案内されたかと思えば
「宮下に頼んで風呂を入れてもらったから。
二人ともしっかりと体を温めろ」
まさか庭から風呂場へと放り込まれるとは思わなく、真白が慌てて逃げ出そうとするのを大家さんは捕まえて
「しろさんよ、主はショックのあまり心が苦しいんだ。
そういう時は風呂に付き合うのが男同士の嗜みなんだよ」
初めて聞いたななんてぼんやり思いながらも俺は何も言わずに煤で汚れた服を脱げば
「九条、これ急な来客用の着替え」
風呂場を通って脱衣所まで来たら名札の貼られたプラケースのロッカーがあり、来客が多いのか着替えがしっかりと詰められていて、そこには大家さんの名前もあった。
ここは大家さんの家じゃないのかと心の中で突っ込みつつもとりあえず煤で汚れ、煙が染み着いた服を脱ぎ捨てて大家さんについて行くようにふろ場へと再び案内してもらって目に飛び込んだのは
檜風呂……
「贅沢だぁ」
うっとりと檜の香りを堪能している横で
「うにゃあああああ!!
主!これ以上は真白は溶けて消えてしまいまするううう!!!」
「何馬鹿な事言ってる。
主はしろがかっこいい事を知ってるからこんな石鹸で溶けるような軟弱な子だとは思っていません」
「ん、にゃあああああああ!!!」
頭から盥でお湯をぶっかけられてパニックになって走り出すもここはどこの銭湯でしょうという広い風呂場では滑って転んでもどこにも当たる事なく目の前をシャーッと通り過ぎていくだけだった。
「あ、やっと止まったか」
一番縁の壁の所で丁度止まり、それからのドリル。
この距離があれば水しぶきも怖くありませんと言うようにドリルをして足を滑らせて転ぶ真白を微笑ましく眺めえいれば
「九条」
大家さんに真剣な声で呼ばれた。
「これから京都行って緑青を迎えに行ってくる」
「それは……」
術者相手に大家さんが敵うのかと思うもなんとなく理不尽の塊のような事を言うつっきーの言葉にあまり困らなさそうだなと言葉が行方不明になってしまう。でも
「その時は俺も是非ご一緒させてください。地理は詳しいので案内は出来ますよ」
なんて言っても大家さんの興味を全く引き寄せれなかったのでこの言葉を聞きたかったわけではないようだ。
だけどなんだかものすごく申し訳なさそうな瞳で
「お前は自分の家族の事どれだけ大切だ?」
まさかの質問に一瞬答えは出てこなかったけど
「母さんは、よかったらこっちに来てもらって一緒に住めればと思います。
親父達とはもうただの同居人状態でしたし、長沢さん夫妻とかときっと話が合うと思うんです。家の納屋を改造したような書道教室ではなく、俺の寝室なんか玄関から近いからそこで教室を開いてなんて良いと思いますね」
子供相手ではなく大人相手の書道教室も良いと思うし、墨絵もやっているのだ。
いつかあの漆喰の小さなギャラリーで個展が出来ればと想像を膨らますのはみち子さんの作品に感化されたからではないと思いたい。
「親父たちは、人としてしてはいけない一線を越えました。
そこは然るべき場所で罪を償って、借りている家の修繕費を家を売り払ってでもしっかりお支払いさせます。
きっとあの家があるから父さん達は古い妄想にかりたたれて……
兄貴の人生みたいな犠牲が生まれないようにここで決着をつけないといけないと思います」
多分これが子供として父さん達にしてあげれる最後の事だと俺は思った。




