尽きる事のない悪意でも顔をあげてみせる 3
「すみません!通してください!」
周囲に家がないのにこんなにも人がいたのかと驚きながらかき分けて人垣の最前列まで行けば
「真!車がないから無事だとは思ったけど、一体どこ行ってたんだよ!」
俺に気付いてか慌てて駆け寄ってきた遠藤さんと
「九条君!無事だったか!」
安心したかのように俺の安全を確かめるすぐ裏の畑の下田さんも駆け寄って全身が無事なのかと言うように軽くたたきながら安心してくれた。
「九条、いったい今までどこに……
綾人にも連絡したからもうすぐ来ると思うから今は落ち着いてね!」
「落ち着いてだなんて……」
借りている家でボヤ?いや……
パリン!
ガラスの割れる音が聞こえ視線を向ければ台所だろう窓が熱で割れてしまったようだった。
「なんで!火の管理はきちんとしていたのに!」
消防車からの散水の為に庭からのドアが破られて消防士さんが当たり前だけど土足で家の中に入って消防活動をしている光景を立ち尽くしながら何もできないまま見るだけの俺は本当に無力だった。
「下田さん畑に居てくれて煙が上がっているのに気が付いてすぐうちまで電話を借りに来てくれたから被害がこの程度で済んだけど」
それでもまだ火の子は上がっている。
道路から遠い台所の様子はよくわからない。
近寄らないようにと宮下さんが俺の肩を掴んでいるので動けないどころか訳の分からない恐怖で足も動かない。
「真ー、おうちから煙が上がってるよ?」
「真ー、おうち燃えてるよ?」
「真ー、知らない人家にいっぱいいるよ?」
「真ー、おうちなくなっちゃうの?」
そんなちみっこの不安げな声とは別に
「真!朱華のおうちから火が出てるよ!朱華の大切なおうちが燃えてるよ!」
この家の欄間の鳥に宿った付喪神とはいえこの家自体が一つの命なのだ。
「真!早く火を消して!早くしないとおうちがなくなっちゃうよ!」
前足で俺の胸元にしがみ付いて懇願する必死な様子に俺は朱華を抱きしめて
「今消防士さんが火を消してくれてるから待っててな。すぐ消してくれるから大丈夫だから」
安心させようとしても朱華は泣き叫ぶ。
「おうちがないとみんなの帰るおうちがなくなっちゃうの!」
「大丈夫だから。ちゃんとすぐ消してくれてまた一緒に暮らせるから」
「おうちがなくなったら一葉や寿郎、宗二郎が帰ってこれなくなちゃう!」
「大丈夫だから!」
それは誰だと問う間もないくらいに泣き叫ぶ朱華を必死でなだめていれば
「九条!いったい何があった!」
驚きと怒りを含む声とともに人垣が割れた。
「大家さん。すみません!なんか台所からボヤが……
火の元は注意していたのですが……」
現れた姿に真っ先に謝ろうとするも怒りを含む視線は俺を掴み引き寄せて
「そんな事見ればわかる!
くそっ、誰か火を着けたやつを見なかったか!」
人垣に向かって声を上げる大家さんだけど誰も知らないという顔をする。
仕方がない。
隣近所まで数十メートル先なのだ。気づくわけがないのは当然だが……
「そう言えば今日他県ナンバーの車を見たわ」
「こっちまで観光客なんてめったに来ないから珍しいなんて思ってたけど」
そんな奥様方の声がちらりと聞こえた。
大家さんはそちらに向かい
「ひょっとして京都ナンバーでは……」
「そうそう。こんな田舎に珍しいからどなたかご不幸でもあったのかしらと思ったけど聞かないしおかしいわねと思ったのよ」
その言葉に目の前が真っ暗になった。
注意しろと言われてお札を張り替えたというのにまさか直接乗り込んでくるなんて思わなかった。一番考えたくなかった事なのに、最悪の出来事に目の前が真っ暗になる。きっと甘いなんて大家さんに言われると思ったけど大家さんはいきなり池に飛び込んだかと思えば
「綾人!何やって……」
大家さんの家で知り合った宮下さんの悲鳴が聞こえたかと思えば大家さんは
「君!危ないから家の中に入らないで!」
「綾人君待ちなさい!」
「綾人!」
止める声を聴かずに消防士が出入りするドアから煙が広がる家の中に飛び込んで行ってしまった。
「大家さん!」
思わずと言うように俺も手を伸ばしてその背中を見送るもショックを受けて立ちすくんでいる場合ではない事を思い出す。
俺がちみっこ達を守らなければいけないのにと足に力を込めてればちみっこ達に
「危ないから安全な場所で隠れてて!」
池の大きな石のくぼみに隠せば不安げな視線に大丈夫だからと言って周囲が大家さんに気を取られてるすきをついて俺も家の中に飛び込んだ。
煙が酷くて喉が痛くなり、目も染みたけど大家さんの姿はまだ確認が出来る視界の中に居た。まだ本当に火がつけられたばかりなのか大家さんが向かった床の間へと足を運べば大家さんは巻物を壁から取り外して手早く巻きながら
「九条!玄と岩の置物を回収!そして香炉はどこだ?!」
「香炉ならいつもと同じ床脇の所に……」
なかった……
「なんで、ないの……」
違い棚を見ても地袋にもなく……
「大家さんが置いてくれた時から、俺が来た時からずっとここが定位置だったのに!」
床脇を叩きながら何もない空間を探す。
「落ち着け!これで大体状況は判ったから……」
「判ったって何を?!」
「君たち!建物から早く出なさい!」
やって来た消防士たちによって俺達は追い出されてしまった。
俺と大家さんは白虎の掛け軸と亀と蛇の絡み合う石の置物を大切に抱えて外に救出される頃には窓を割った時の勢いの火はすでに沈下をしていた。次第にくすぶる煙もなくなり、ただどれだけ風で流されても鼻につく匂いとここまでやる悪意に呆然としながらも騒ぎを聞いて集まった足がやがて遠のくのを聞きながら消防署の人に叱られていた。
「火事の現場に入ったらどうなるか分かっているだろう」
心配をしてくれる声と二次災害につながるだろう、そんなお叱りに大家さんと二人反省をしている中ちみっこ達はいつの間にか潜り込んだ大家さんのパーカーの帽子の中でお家を燃やされてショックを受けてる朱華を慰めていた。
「朱華のお家壊れちゃったよ」
「主がまたお家を直してくれるよ」
「主がまたピカピカにしてくれるよ」
「元気出して」
そんな優しげな励ましの声を聴きながら消防署の人から解放されてふと気づく。
「大家さん、緑青は……」
パーカーの帽子の中に居ない一体の姿に大家さんはすぐにパーカーを脱いで帽子の中でおとなしく蹲ってる四体の付喪神達を確認して
「さび、緑青どこだ?!」
珍しく名前を呼んだと思ったけど緑青から返事はなかった。
「主、緑青ね、変な箱を持った人の箱に入れられちゃったよ」
「主、その人どこか行っちゃったよ」
「主、緑青またお出かけしたの?」
あまりの言葉にさすがの大家さんも言葉を無くして立ちすくんでいた。




