尽きる事のない悪意でも顔をあげてみせる 1
暗い部屋だった。
昔ながらの窓のない部屋。
部屋と部屋の間の空気の澱むじめっとした空気のこもる部屋。
襖で閉ざせば光が入る事はなく、密談するには程よい部屋。
かつては使用人を住まわせ、かつては物置として使われるそんな部屋にひそかな声がじっとりと響く。
「向こうが我々の対策をしているようだ。
遠見の術を使っても覗く事が出来なくなった」
「忌々しい。碌に修行もしたことがない小僧が……
だがこれで判った。本家とつながっているという事を」
「ああ、実に忌々しい。
本家と言うだけで本家を支えた我々をないがしろにしてなお力を求めるとは傲慢の極み」
「この屈辱今ここで」
「積年の恨み今ここで……」
「その為にもあの龍の雛を必ず我らの手に!」
「我らが手に!」
「で、実行は?」
「すぐに。これ以上小賢しくなる前に進めよう」
「よし、すぐに取り掛かろう」
澱む空気に不気味な声が混ざりすり足の音が遠ざかればかすかな光もさしてほんの一刻前と何ら変わらない明かりの届かない薄暗い部屋がただそこにあった。
「なんか空気変わったな」
「実はみち子さんに頂いた紙の隅の方の変色したものでお札を書いてみたのですがつっきーが言うには今までより何倍も力ある物になったそうで、多分それも関係してると思います」
「そんなに変わる物か?地産地消、相性の問題か?」
本日は大家さんがたまにはという事で遊びに来てくれました。
付喪神がいるとこういったものが食べれないだろうと骨付き肉をじっくりと煮込んだものや一人暮らしの男が作ろうとしない煮ものをおすそ分けに来てくれたのです!
大家さんのなんとも言えない母性に涙が出そうになったけど、例の飯田さんが大量に作ってくれたもののお裾分けだそうです。
いえ、十分すぎです!
ちみっこ達はその魅惑的な匂いに勝てずおなかがはち切れんばかりに食べて今は大家さんのパーカーの帽子と言うベッドで大家さんの背中の体温に安心しながらのご満悦状態で食後の昼寝を堪能してます。
ちなみにあっさりと脱ぎ捨てて座布団の上においても目覚めない幸せなちみっこだなと少しだけ残念な視線を向けているけど大家さんはたまには肉をしっかり食えと、やはり野菜中心の食事になりつつある俺を気にかけてくれているようだった。ありがたや~。
だけどそこは大家さん。ごはんとちみっこ達と戯れて寝かしつけた所で
「じゃあ帰るから」
「もうですか?」
「まあ、頼んだ掛け軸の様子も見れたし、長沢さんの奥さんからも久しぶりに良い書を見せてもらったって喜んでたし、後は寝て待てだよな」
楽しみにしている様子にますます気合を入れなくてはと思いながら
「先日お邪魔したカフェの燈火さんとお話しさせてもらって夏休み明けに蔵ギャラリーが空いてるから個展やってみないかって誘われまして、今回の機会に筆や墨も買い直したので挑戦してみようかと」
「そりゃいい趣味だ。一度止めたものを再びだなんてなかなかできないぞ」
そんな誉め言葉に照れながら
「いつかみち子さんと共同の展示会が出来ればって夢がありますけど、無理は出来ませんからね」
夢を見るぐらいがちょうどいい。
「お願いすれば紙を漉いてもらえるぞ?」
「ですが、これからの事を考えると新しい所も開拓しないといけないし、筆を探しながら紙を探せばいろいろ面白いものもあったのでそちらでも挑戦してみたいですし、燈火さんのお店の看板みたいに紙以外の物も書いてみたいですしね」
「今どきネットがあればいくらでも欲しいものが手に入るしな」
「みち子さんにはもっと上手くなってからお願いしようと思います」
「どれだけ先の話しだよwww」
大家さんは笑い転げてくれたけど夢を持つぐらいいいじゃんとすねた所でお帰りになった。
それからしばらくの間俺は仕事をしていたけどやがてちみっこ達が起きてきて
「真ー、主は?」
「真ー、主いないねー?」
「真ー、主帰っちゃったー?」
「真ー、主お洋服忘れてるよー?」
「真ー、主のお洋服届けに行こう?」
嫉妬するぐらいの主ロス(?)に心の中で血の涙を流すも
「大家さんがお昼寝から起きたら黒豆の寒天をおやつにって貰ったけどどうする?」
「「「「「食べるー!」」」」」
素直でよろしい。
ついに食欲が主を上回ったぞと保育係としてはなんとなくしてやったりという気分になったが
「おやつ食べたら主の家に返しに行くのー?」
玄さんの賢さが最近手ごわくなってきたなと言葉を詰まらせてしまう中スマホで連絡を取れば
「月曜日にまたこっちに来るからその時で良いって」
少しショックな顔をする玄さんだったけど
「真!今度の月曜日に主がまた遊びに来てくれるの?!」
「真!お家をきれいきれいにしないと主をお迎えできないよ!」
「真!主が来た時のお茶とお菓子は考えてるの?!」
朱華がどんどん小姑化しているような気にもなったけど
「月曜日にはまた美園屋さんのお菓子を用意しておくから大丈夫だよ」
その一言になぜかちみっこ達も喜ぶ様子に俺も美園屋さんのお菓子に負けた気分になった。
「真!前に食べた果物がいっぱい乗ってるケーキあるかな?」
「真!主が言っていたこの季節限定の桃のタルトとか無花果のタルトとか食べてみたい!」
藪蛇とはこういう事を言うのだろうか。
「「「「「真!美園屋さんに連れてって!」」」」」
こどもならそこはおもちゃ屋だろうと言いたかったけど、おもちゃ屋らしいものを見なくなったこの街の数少ないちみっこが知る店へと足を運ぶことになるまでのカウントダウン。
「判ったから!店では絶対にいい子にすること!」
「「「「「やったー!」」」」」
どんどんちみっこに甘くなってしまう自分に反省をしながらスマホと財布、そして車のキーをカバンに入れればちみっこ達もそのかばんに潜り込む。
お散歩にちみっこ達を入れていたからお出かけとなるといつの間にかこのかばんに潜り込むようになった様子に苦笑しつつも
「真早く!」
「お店が閉まっちゃうよ!」
そうやってせかされれば仕方がないと笑うしかない。
「判ったから。美園屋さんにご迷惑する事は絶対だめだぞ」
「「「「「はーい!」」」」」
あまりの良い返事に大家さんには悪いが干菓子で許してもらおうと決めて出かけるのだった。
そんな隙を狙われるなんて予想もせずに……




