自分と向かい合う時間 1
「畑の進み具合はどうだー?」
開口一番、人様のお宅に訪問するには早すぎる時間に平然と顔を出す大家がやって来た。
「おはようございます。遠藤さんにお世話してもらっていい感じの畑に仕上がってます!」
「綾っさんおはようございます!
スタートが遅かった割にはヒマワリがちゃんと育ちそうです!」
そんな時間にすでに遠藤さんと畑仕事に従事している俺は引っ越して来てから数か月で立派にこの田舎タイムにしっかりと慣れてしまいました。
「まあ、これだけの日光量があればそのうち咲くだろ」
西の空を眼を細くして見上げるのは単にまぶしいからではなく人の目には映る事のない緑青が大家さんに会えて感激から顔面に張り付いているのが原因です。
「って言うか今日も早いですね」
「ん?ああ、良いのが採れたからな。採れたて野菜を先生の所に配達にね」
「って、枝豆が大量ですねっ……て、枝豆オンリーですか」
「調子こいて畝を増やしてみたら大量になりすぎたからこういう時は先生に押し付けるに限るってな」
ものすごくいい笑顔だけどその笑みに黒さを感じるのはなんでだろうなんて事は大家相手に考えてはいけません。
「じゃあお昼の時頂いて塩ゆでして皆さんにもお出ししますね」
遠藤さんはそう言うのを一切無視して塩ゆでは任せてくださいと良い笑顔をしたのを見て
「それも狙っていた」
頼むなーなんて言いながらビニール袋を一つ贈呈。
「そしてこれが九条のノルマ」
とてもいい笑顔で渡されてしまったので受け取るもののこれは主にちみっこ達の分とおまけに俺の分とでもいう事だろう。俺へと振り向いた時の遠心力で緑青を顔から剥がすその技、覚えたくない……
離れた側からすぐに定位置の頭にへばりついている間に真白も朱華も自力で服に爪を立てて上って肩に到着。玄さんと岩さんは足元ですりすりとマーキング(?)をしていた。
大体いつもこんな感じなので慣れた光景だがふと部屋の中を見て目を細め
「なんだ?習字が得意なのか?」
昨日の夜に書いたものが出しっぱなしなのが見えたらしい。
「母は結婚するまでは書道家でしたし、今も近所の子供たちやネットで書道を教えています。もちろん鉛筆を持つ前に筆を握らされました」
「へー……」
「大家さんも興味が?」
「まったくない。むしろ五言絶句とか五言律詩とかそっちの文字数縛りからできた詩の内容の方が興味ある」
「ですよね。二十字や四十字に詰めた風景を想像すると景色が広がって素敵ですよね」
「それはよくわからんが限られた文字数の中にどれだけ伝達できる言葉を探し出せるか考えると楽しいとは思うがな」
全く違う視点からの言葉に少しだけ世界が広がった気もしたが分かち合えそうもない事を感じればこの話題はすぐにやめようと思うも
「枝豆のお礼に床の間に飾れるようなお勧めの漢詩を書いたものが欲しいな。小さな額縁サイズでいいぞ」
さりげなくおねだりをされてしまった。
ちみっこ達も大家の頭の上からお願いコールを響かせるが
「別に有名所で良くて額縁代を出してくれるのならいくらでも書きますよ」
「よっしゃ!これで床の間の飾りを考えなくて済む!」
付喪神になるくらい良いものをお持ちなのにそんな事に困っていたのかと呆れるも床の間に飾るとなると少し考えてしまう。
「だけどここだと良い紙が手に入らないのでネットで取り寄せないといけないから少し時間かかりますよ」
しかも今は母さんに頼れないのがネックだ。
「書道ってそう言うモノなのか?文具コーナーの画用紙じゃダメなのか?学校じゃそうだっただろ」
全くの素人さんという事は理解した。
「やっぱりこの辺の文具コーナーで手に入る半紙だと薄いし半紙しか手に入らないので床の間に飾ってもらえるとなるともうちょっと良い紙が欲しいですね」
幼稚園で字を教えてもらう前から筆をもって字を書いていた俺たち兄弟のささやかな意地だ。中学生の時にちゃんと師範にもなれたけど全く役に立ってなくって母さんゴメンと言う所。代わりに兄貴が昔取った杵柄でフル活用しているので許してくださいと心の中で言っておく。
そんな俺だから最低限の物は欲しいから少し待っててくれと言うも大家さんは少しだけ悩んで
「じゃあ、行こうか。
遠藤、長沢さんの所に行くから後頼むな」
「了解っす!」
そう言って遠藤さんに枝豆を押し付けた後俺を車に押し込めて財布を持たせてもらう事無く出発した。
「ええと、どちらに……」
「ん?すぐそこ」
なんて言うも大家さんにはちみっこ達がべっとりと張りつけたまま
「主ー、この間みたいにぴゅーんととばして!」
「主ー、電車より速く走って!」
「主ー、クーラーボックスの中にはおやつ入ってる?」
「主ー、安全運転でお願いします」
「主ー、運転荒いよねー」
岩さん、玄さんよ。君たち二人が一番まともな常識の持ち主な事をお世話係として涙が出そうなくらいうれしいよと目頭を押さえている間に
「ほら着いたぞ」
わずか数分の距離だった。
挙句大家さんはちみっこを連れて車を止めた家へと容赦なく入っていった。
「おはようございまーす」
こんな六時前にお邪魔するのも驚きだが既に玄関もがらりと開くのも驚きだ。俺も少しビビりながらもついて行けば
「おうおう、吉野のどうした。朝早くから珍しい」
一人のご老人が家の奥から現れた。




