筆に願いを 1
黒い煤の様なものが家の隅にじっとりとへばりついている。
部屋の隅に綿埃が集まるように、でもどこかねっとりとしていて見る者によっては嫌悪と言う感情も浮かべるものが壁の染みにように張り付いていた。
良くないモノ、実家ではそう言っていた。
家系的に視えてしまうので対処法も子供の頃から教えてもらっていた。
本家の人ではないので自力で払う事が出来ない以上何かを触媒に力を借りなくてはいけない。
そこで学んだのがお札だった。
墨を磨って和紙に教えられた文字を書いてお札とし、それを黒い煤の様なものに投げつけると黒い煤の様なモノが霧散するのだ。
子供の頃から本能的に怖くて直接貼ったりする事が出来なかったので紙飛行機の要領で飛ばしていたが、案の定というか父さんに見つかってこっぴどく叱られたとこまでが記憶だ。別に当たればいいのにと思っていたが父さんの職場系の人に笑われながら
「子供の発想はそれはそれでありだな」
なんて同じようにお札を紙飛行機のように折って飛ばすも風の抵抗であらぬ方へと飛んで行ってしまった。
「失敗したか。
まあ、神様の力をお借りするもので遊んではいけないって事だ」
そうやって印を組んで小さな気合と共に黒い煤の様なものを霧散させた。
かっこいいー。
俺にもそういうかわいらしい時期もありました。
だけど現実はそうはいかず、お札頼みで今に至ります。
ちみっこ達の声が外から響く床の間のある部屋の机で書道道具を持って来て墨を磨る。
だんだん濃厚に変わっていく感覚は墨汁では味わえない微差の変わりようとこのなんとも言えない墨の香りに心が落ち着いて行く。
書道家だった母さんが結婚を機に引退をして家の離れで子供たちに書道を教えているのもあり、俺と兄貴は小学校に上がる前から母さんに書道を教えてもらっていたための一つの日常の匂い。
そして取り出したのはお札用の和紙、ではなく書道用の半紙。
ごめんなさい。お札用の和紙はこの地域では手に入れる事が出来ませんでした。
今までは家に頼んで送ってもらって来たけど……
そうか、兄貴に頼めばいいじゃん。
それに気付いた時はすでに半紙を購入した後なので諦めて半紙のサイズに合わせて書いちゃうけどさ。
とりあえず何かないようにちみっこ達には外で遊んでもらっていざ練習。
さっ……
半紙に墨が走る白と黒の世界は美しく、久しぶりとは言え鉛筆よりも早く手にした筆は今もしっくりと手になじんでいた。
練習に何枚か書いてから書きなれたお札の文字を書く。
ここに引っ越してから初めてだよなと久しぶりの書道は上手い下手以前に体に馴染んでいると言うように筆が走り……
とりあえずと言うように書いた一枚は長い事筆から離れていただけにそれなりに酷い出来だけどそれでもその半紙を手に部屋の隅にうごめく黒い煤たちに張り付けるように近づければあっという間に霧散してあの黒い煤は気のせいだったと言うように何もない普通の部屋へと戻っていた。
書道の半紙に書いたのでそこ以外にも溜まっていた黒い煤を消した後はちみっこにいたずらされる前にすぐ墨を処分して何が起きるか分からないお札の練習をした紙をささっと筆に残る墨で文字を消しなが処分して……
「やっぱり筆ペンよりも筆だよな」
久しぶりの書道に満足する真だった。




