八千の花
「主よ、妾はボーナスを要求する!」
「藪から棒に何を……」
「何をじゃない!
厄介な付喪神を面倒見させておいてあの程度の褒美では納得は行くはずがない!」
「だから途中お酒も追加しただろ?」
「あの美味な料理にあの程度の量のお酒で足りると思ったか?!」
「酒豪の言い訳は聞きたくありません」
しらーんと言うように耳をふさぐもすぐに囲炉裏で焼いていた牛肉の串焼きが程よい焼き加減となり手に取って
「まあ、とりあえず上がってこれでも食べてろ」
焼きあがった串をそのまま渡せば渋々と言うように受け取る割には一口齧っては
「これはまた美味……」
ほう……そんな溜息を落としながらさらっと差し出されたビールを受け取って飲んでいた。
その横で主と呼ばれた男、綾人は同じように焼きあがった串焼きを手にしてかぶりつく。
「まあ、いつも花には悪いとは思っているがあいつらを頼めるのは他に居ないから」
「ふん!あの真とかいう修験者崩れの男に任せているくせに!」
これは面倒なツンデレだなと綾人は思いながらも次々に肉を焼いて行く。
鹿、猪、豚、牛、鳥、羊。
綾人の行動範囲で手に入れてきた肉をもったいないと思いながらも次々に串を打っては焼いて行く。
もちろん焼き上がりを計算して囲炉裏の片隅で串を刺していくのはそれだけの経験からのタイミングで準備をしているだけの話し。
味付けは塩コショウばかりだがその点に関しては彼女が文句を言わないから手を抜いて行く。
「修験者崩れって、あいつは関係ないぞ」
「ふん!あれだけ匂いをぷんぷんさせておいてそう言うか?」
「家族と親戚関係がそういう仕事についているだけだと聞いている」
「ったく、お前は相変わらず甘い男だ」
「いざとなたったら花姐さんのお力をお借りしようと思っておりますので」
「妾の力など全く必要としないくせに!」
「手数が必要な時があるのでその時は信頼と実績の花姐さんのお力添えをお願いしたく思います」
言えば花姐さんはしばらくの間もりもりとお肉を食べ続けてからビールをグビグビッと一気に飲み干した。
一気飲みはいかんよ。
心の中で注意をしつつも二本目のビールのプルタブを開けて贈呈する。こうなってしまった人にセーブする言葉は逆効果なので潰す方が早いと決断した。
「それにしてもこの串焼きにはビールが合うのう」
「肉の脂を洗い流してくれるので止まらないのです」
言えばそうだそうだと言っては食べては飲む。
見た目は漆黒の髪と瞳を持つ美女だが俺はその実の姿を知っている。
俺を主と呼ぶのは五体の付喪神と目の前の彼女とその息子。
人ではない実体を持つ花姐さんとはかつてはお互い憎しみあった仲だったらしい。
まあ、一方的に花姐さんに嫌われていたと言うのが後から聞いた話だが、俺的には何も関心もなく、そして状況は変わり、今ではそれなりに持ちつ持たれつの仲になっていると思う。
そう、こうやって一緒に囲炉裏を囲んで飯を食べる程度には。
かつてはいつ食い殺そうかという目で見られた時もあったが、まあ、今も物騒だがあんな消極的な関係よりは貢いでご機嫌を取って多少の無理難題を吹っ掛ける事が出来る関係の方が健全だと思っている。
「ところでこの串も美味いがあの料理人の料理を今度頼む事は出来ないだろうか」
やっと本題になった。
きっと今なら堂々とお願いできる、そんな顔に俺は苦笑する。
「ひょっとして御山様から催促されてたとか?」
「当然じゃ。あれだけの料理を一度口にすれば夢にも見る。
それに主から頂く舌の上で転がる酒の美味さ、匂い、どれをとっても夢心地じゃからのう」
「まあ、それなりにお高いお酒を奉納してるからね」
今度来た時はいっぱいの料理をお願いしなくてはいけないのか。
そして嬉々として作る様子を黙って見守るしかできないのかとうんざりはするものの
「こればかりは主には感謝する。
あの料理と酒のおかげで御山様に贔屓にしてもらい他の方達にも良くしてもらえてひっそりと隠れて過ごす事もなくなって我が子ものびやかに過す事事が出来ている」
「時々うちに来て飯を食べに来る辺りのびのびし過ぎだろうと思うけどな」
「なんと?!」
ちゃっかり飯田さんが帰った後毎度顔出すとは知らなかったようだが
「とりあえず飯と酒は用意しておくよ。
ただし料理を作るのは俺じゃないから無理だった時は知らんぞ」
「なに、我ら悠久を生きるモノ。
今回がダメでも次を待てばいいだけだ」
「そうなると俺が生きているか問題にもなるな」
すでに数百年とこの地との付き合いをしている花姐さんの気の長さに感心していれば
「それよりだ」
ちょうど串も食べ終わり、ビールで口をさっぱりさせた所。
急に真面目に話を繰り出した俺に花姐さんも串を置いて頭からにょきっと生えた耳を俺へと向ける。
人間の姿に化けるのが上手いくせに酔っ払って一部変化が解けるって誰得だよと心の中で突っ込みつつもいつの間にかふさりと畳をなでる七本のしっぽが緊張するかのように揺れる。
「俺の付喪神を狙うやつらがいる。
八仙花、あいつらを守れ」
言えばす……と目を細め
「だったらあの紫陽花をちび共のそばに植えろ。
花の香りを頼りに見守ろう」
「見守るだけじゃだめだ。守れ、だ。
あいつらを俺以外に好き勝手するような奴らの手に渡したくない」
そんな強い言葉にニィと笑う八仙花。
「そんなに大事かえ?」
「お前同様にな」
そんな唐突な人たらしのセリフに八仙花は柄にもなく顔を赤く染める。
「お前と言い、あの爺と言い、お前の一族は妾を誑かすのが上手いよの!」
そんな誉め言葉。
だけどそれでどうこう揺れる心を持ち合わせてない綾人は
「一人の寂しさを知っていれば守れるものは守るそれだけだ」
そんな寂しい言葉を聞けばその意味を知る八仙花はビールを両手に持ち
「帰る」
「暗いから気を付けろよ」
いつの間にか漆黒に包まれた世界の中彼女は扉を開けることなく姿を消した。




