小さいながらも作る夢の国 7
しばらくして園芸部さん事遠藤さんがやって来た。
すでに作業着に着替えた上に着替えとパジャマもしっかりと持って来ている上級者。マイ機材も持っての乗り込みの意欲は単に仕事道具をのっけたトラックのまま来たからだと思いたい。
「綾っさん遅くなりました!」
満面の良い笑顔で手作り階段を下りてきて
「紫陽花系は今年は半分ほど小さくします?」
いきなり仕事の話が始まった。
「だな。油断するとすぐ大きくなるから、落とした奴で挿し木を作ってやれ」
「ですとこちらの『てまりてまり』もやっちゃっていいですか?」
嬉々として大家さんを見上げる遠藤さんの手には紫陽花なんだろうけど俺の知らない姿が名前を模したてまりの様な紫陽花があった。
「やっちゃっていいぞー。むしろやっちまえー。
クローンを大量に作って農協の市場に格安で売り込め。そして価格崩壊させろ」
「綾っち相変わらず鬼だねー」
「基本の紫陽花も良いがこういう品種改良品も大量に広まればいいと思うからな。いつまでもバカ高い価格で買ってもらえると思うなよだ!」
「師匠が泣きながら張り切ってましたよ!」
なんてけらけらと笑いながらも取り出した剪定ばさみを構えた所で
「そういや真は紫陽花の剪定の仕方って知ってるか?」
聞かれても育てた事なんてないし実家にもないので首を横に振れば
「紫陽花はいいぞー。生命力高いし大体失敗はしないからな」
大家さんもうんうんと頷いている。
「主な病気はうどんこ病ぐらいだから風通し良く間引いてあげればいい程度だし」
そう言ってしゃがんで全体の三分の一の所でぱちんと鋏を鳴らして一本の枝を切った。
「紫陽花はこれぐらい思い切って小さくしても枯れないからな。まあ、代わりに来年花が咲かないって言う問題も出てくるけど、ほかの枝の、ほら花が咲いた少し下の葉っぱの根元に芽が出てるだろ?これが来年花芽になる。一本短く切ったら二本花芽を残して切るように全体のバランスを考えて切りながら三年かけて整えていくんだ」
「気の長い話ですね」
「園芸は人間のエゴだ。エゴな以上あとは植物の生命力に依存するだけだ」
言いながらぱちんと鋏の音を立てて紫陽花を切り落とした。
当たり前の景色と言えば景色なのだが、切り落とした紫陽花の首の根元から
パチン
もう一度鋏を入て花を落とした姿は俺にはひどく恐ろしく見えた。
それもそのはず。
花は一応バケツの中に入れて残された茎も花のバケツとは違うバケツにポイポイと入れていく二人の作業はどこか猟奇的にも見えて
「ほら真、ちょうど花芽が付いている下の葉っぱの間で切るんだ。
な?難しくないだろ?」
笑顔でここを切るんだと言う遠藤さんにここですねーと心は半分死にながらパチリと鋏を入れた。
そうそう。上手じゃんと褒めてくれるけどこんなの誰だってできる。
ただ俺が思ってた剪定とはかなり雰囲気が違ってて……
「綾っさん、ごちゃ混ぜに混ぜたけど大丈夫かな?」
「なに、花が咲けば名前もわかるから問題ないだろ?
ちなみに俺はこの状態で全部わかるぞ」
「マジっすか!あ、でも俺もいくつかはわかるような……」
「あとで名札を付けて来年の答え合わせが楽しみだな」
「神経衰弱っすね!俺実は苦手なんっすよ」
「安心しろ。俺は得意だ」
「ですよねー!」
なんて事無いような話をしながらも手は作業をこなすように切ってはバケツにポイポイと入れていく。そしてその手を止めないまま
「真―、どうした?見極めが難しかったか?」
「いや、あれ以上の説明をどう言えって言うんだ?」
気を使ってくれる遠藤さんと大家さんのもっともな言葉だが違うと言うように頭を横に振って
「紫陽花の剪定と聞いたのでなんかこう、茎の所を切って抱きかかえて運んで、って考えていたのでバケツに入れるとは思わなかったって言う想像力が追い付かなくて」
良くある花束を抱えるイメージを伝えれば
「紫陽花は毒があるからな。あんまり抱えない方がいいぞ」
「ど、毒?!」
びっくりして声が裏返ってしまえば大家さんがどこか呆れた声で
「茎や葉っぱを食べたりしなければ大丈夫だ。
一応樹液を触らないように注意するためにバケツに入れてる程度の対策だ。
もしちょっとこぎれいな料理屋で紫陽花の葉っぱの上に料理が乗せられてきても葉っぱは食べるなよ」
そんな注意を頂くも
「紫陽花の葉っぱなんて花が咲いてなければわかりませんよ」
思いっきり情けない反論。
遠藤さんに「ないわー」なんてかわいそうな子を見る目で見られてしまったが
「まあ、その時は吐いたりしてしんどいらしいからがんばれだな」
「見捨てないでください―!」
大家さんの呆れた視線にこれは絶対間違えたらいけない奴だと本能的に察して正面からしがみ付いてしまう。
なんかうんざりとしている顔にヤバいと一瞬思ったけど
「さすが植田の後輩っすね。泣きつき方まで伝授してもらってるとかウケるっw」
ケラケラと声を立てて笑う遠藤さんの言葉に頷く大家さん。
「え?そこ?」
俺のバカさ加減でなくって?
ちょっとホッとしてしたけど。
「まあ、今日は初めてって事でこの辺にしておこうか」
「だったら俺はもうちょっと手を入れますねー」
「あと適当に見繕ってこい」
「っす!」
そう言って碌に仕事をしないで畑から上がれば
「あー、先生。いきなり何焼こうとしてるんだか……」
「おー、珍しく新人がいるな」
先生と呼ばれた人は大家さんの庭で七輪で炭に火を着けてパタパタとうちわを扇いで器用に炭を焚いていた。




