雨が降った空を見上げて駆けあがる 8
大家さんは感情を抑えるように少し難しい顔をしていたが
「右も左もわからんガキの弱みに付け込むのは最低なヤローのする事だ」
「はい。だけど家に近づくにつれて使役された付喪神をさらうなんて恐ろしい事に足が震えて……」
「思いとどまってくれてありがとうと言うべきか……」
マイク代わりのビールを大家さんは一気に仰いで
「そろそろ寝るか」
明日は早いからぼちぼち寝ろよ、そう言い残してトイレを経由して土間の向こう側にあるだろう部屋へと暗がりの縁側を歩いて行き、簡単に片づけられた部屋に取り残された俺と兄貴は部屋の隅に積まれた布団を敷いて電気を消して横になった。
「真、ほんとすまない。こんなにもどうしようもない兄貴で……」
これ以上とないくらい落ち込んだ声に真は返す言葉を見つけられなかったが
「大家さんに出会えた。これだけは感謝しよう?」
どん底にまで落ちたのに拾い上げてく道を示してくれた。
どんなことが待ち構えているかまだ分からないがこんな機会、二度はない。感謝と共に瞼を閉じればすぐに朝がやってきて……
「ご迷惑おかけしました」
「まったくだ。が、俺が迷惑を掛けられるわけじゃない。
とりあえず新しい職場では誠実に仕事に励めよ」
「はい」
そう言って駅に乗り込む兄貴を見送る俺と大家さんに深く頭を下げた兄貴の顔はまるで今生の別れと言う顔。どんなところに送り込まれるのだろうかと心配になってしまう。
その一方で大家さんが電車を見せてやると連れて来たちみっこ達は大家さんのパーカーのフードの中で大はしゃぎ。子供が電車を見てテンションが上がるのと同じかと笑いながらも兄貴の落ち込み様とちみっこのはしゃぎ様の差が対比の差が両極端すぎて笑うにも笑えない。早く電車よはよ出発してくれと願えばやっとゆっくり動き出して全員で電車を見送っていれば
「なあ、ドナドナされる子牛ってあんな顔してるのかな……」
大家さんが思わずと言うようにぼやくもあんたがコネをフル活用して紹介してくれた職場だと言うのになんであんな顔を向けるのかと俺にも不安が湧き出すも
「だからって俺の兄貴をドナドナされる子牛に例えないでください」
気持ちはわからなくもないがと見えなくなった電車を見送っていれば
ぱらっ……
「主ー、雨だよー」
「主ー、濡れちゃうよー」
「主ー、お風邪ひいちゃうよー」
「主―、お外遊べなくなっちゃうよー」
「主ー、代わりに寄り道しよー」
そんなちみっこの大合唱。
大家さんは少しだけ煩そうに顔を歪めるも俺を見てなぜかにやりと笑う。
「そうだな。たまには寄り道も悪くない。
折角だから聖地へと連れてってやるか」
そう言って今度はにやにやと笑う顔を隠さずに
「九条、一万円ぐらい財布に入ってるだろ?」
何を買わすか分からない言動の大家に
「いえ、半分ほどしかないです……」
残念でしたと言うもそうかなんて言ってみせても視線は笑っていた。
「よし!今日はさんざん迷惑をかけた九条が美園屋さんに連れてってくれるぞ!」
「真、ありがとう!」
「真、大好き!」
「真、早く行こう!」
「真、イチゴのケーキお願いしていい?」
「真、玄さんのお願いかなえてあげて!」
もうダメとは言えないこの空気。
何この展開?
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる大家さんと俺の間で電車を見た時以上にはしゃぎまくるちみっこ達の様子に
「判りました!美園屋さんでケーキですね!」
「俺はオレンジのタルトでいいぞ」
「主!緑青はオレンジ大好きです!」
「そうか?だったら一緒に食べような」
「やったー!主と一緒!」
ずっと曇りがちな緑青の顔が嬉しいと言うように一気に晴れ渡り、雨が降っていても気にならないと言うように喜びを表現するように薄暗い雨雲が一面に広がる空へ、よく晴れた深い空の色が雨雲を切り裂くように駆け上がっていくのを大家さんと一緒に見上げてもう心配はないと言うように笑みをこぼせば
「主ー、玄も主とオレンジ食べたいです!」
「主ー、玄さんにもオレンジのケーキ食べさせてあげて」
「主ー、朱華は…… 朱華は桃のケーキが美味しいと思います!」
「主ー、真白は桃もいいけど無花果のケーキも食べたいと迷ってます!」
「そうか、そうかー。だったらみんなで九条にお願いしないとな?」
「「「「「真ー!お願いー!」」」」」
もはやダメと言えないこのテンション。大家さんから俺に飛び移ってのお願いにこれ勝てる奴いるのかと白旗を上げる。
「判ったから!
お店の中では商品に触ったり他のお客様やお店の人にご迷惑かけないようにするんだぞ!」
そんな約束にちみっこの歓喜の叫びが届く人はわずか。
だけどさっきまでの沈んだような心はすでに消え去って、早く行こうとせかされる足取りは軽やかで……
あれもこれもと言ってたわりにはいろいろな果物が乗ったホールケーキに満場一致のひとめぼれと言う急展開。
ケーキを持って帰る間もちみっこ達が張り付いて離れなくて、なんとか家につけばみんな率先して手を洗えば後は至福の時間。
生臭どうしたとは突っ込まずにひたすらみんなで切り分けたケーキを食べてお昼寝の時間を迎えるのだった。
約束の正午の時間。
新幹線改札出口近くの待ち合わせスポットは観光客も併さって今日も混雑している。
むしろここで待ち合わせって良く出会えるよなと初対面の相手はちゃんと俺を見つけてくれるだろうか不安がいっぱいなのは小さな旅行鞄と足りない身の回りを購入した大き目のユ〇クロの袋を持っているからだろうか。
なんかどうしようもないほど悪い意味で目立ってしまっているがポジティブに言えばこれはこれで目立って良い目印になるのではなかろうかと第一印象が大切と言う言葉を忘れて今も神を攫おうとした大きな罪に押しつぶされそうな心を何とか誤魔化していれば
「お、智発見!」
気楽に親しげな声で名前を呼ばれてたと思って振り向けば
「……暁、様?
おひとりで、それともこれからお出かけに?」
常に見比べられた相手が目の前にいた。
同年代が少ない職場なので何度か顔を合わせた事もあったがまさかここで会うとは思ってもいなかった。
九条暁。
はるか遠い昔に血を分けたすでに赤の他人の同じ苗字を持つご近所さん。
俺と歳はほぼ変わらずだがすでに妻子持ちで歴史ある神社の跡取り息子。
末端の神社で務める俺と本宮の最奥でお勤めになる方とはオーラが違うと彼を取り巻くいくつかの気配は護衛だろう使役の物の怪が付いていることまでは俺でも理解が出来た。何かいる、程度だから使役されてる物の怪はかなり上位の何かだろう。
俺では視えない時点で力の差があると言うのを嫌でも理解するしかないのだが、それを超えろと簡単に言ってくれる親父たちに現実を見ろと言ってやりたい。
男の俺から見ても既婚者でも魅力的な顔立ちや姿勢の正しさにちらちらと女性の視線を集めているがそんなものまったく気にしないと言う整った顔は
「人を迎えに来てな。なに、無事合流できて何よりだ」
誰を迎えに来たのかと思えばスマホを取り出して
「綾人か?無事回収できたぞー。こんな所で待ち合わせって聞いて驚いたけど案外何も問題なさすぎて逆に驚いた」
なんて笑いながらの会話の中に出てきた名前にまさかと耳を疑う。
「なに、智の字の綺麗さは奥の宮でも話題に上がるからな。
力的には足りないかもしれないけど智が書いた札はなかなかに強力だから。
ああ、寧ろ堂々と奥の宮に閉じ込める口実が出来て大歓迎だ」
あまりの情報の多さに追いついていけないけど、じゃあと電話を切った暁様は
「何があるか分からないからな。すぐに奥の宮移動しよう」
「ですが、奥の宮は……」
総本山の本宮よりはるかに奥まった所にある曰く付きを安置したりする場所。
暁様の身の回りに居る物の怪のように使役するために調伏させたり呪詛をする場でもある。
高位の能力者しか足を運べないと聞いていた重要な場所なのにそこに連れて行ってくれるなんてと驚きに浮かれそうになる物の
「式神化した付喪神を連れ去ろうとした罪、その身で支払え」
やっぱり……
大家さんの名前を聞いてまさかとは思ったが既にこの一連の出来事はしっかりご存じの様子に嫌な汗がぶわっと噴き出るも
「なに、そこまで脅えるな。
お前如きを気に掛ける謂れはないが、綾人が助けてやってくれと言ったんだ。
断る理由を消されたからこき使う事にしたんだ。
喜べ、お前の特技、御朱印や御守りばかりじゃなく本格的な札の作成に役立ててもらうぞ」
振り返ってにやりと笑う声はほんと頼もしくて……
なんで親父たちはこのような素晴らしい人と張り合わせようなんて思ったのだろうと言う疑問は余りのばかばかしさに一瞬で霧散して、主として頼もしい背中を追いかけるようについて行くのだった。




