雨が降った空を見上げて駆けあがる 7
兄貴が家を出る決断をすると同時に大家さんは俺達から少し離れた所に移動してスマホで誰かと真剣な顔で話をしていた。
難しそうな顔をしていたが、それでも了承を取れたのか満足げな顔で戻ってきて
「とりあえず明日次の就職先に面接に行ってこい。
京都駅、正午に八条口のよ〇じやって店があるんだって?有名な待ち合わせ場所だとか?そこで落ちあう約束になってるから。先方には九条兄の写真を送っておいたからどんと待ち構えてろ」
「いや、待ち合わせはともかく実家京都だし。親に会ったらどうするんだよ」
そんな所でと驚く兄の代わりに危険だろうと突っ込まずにはいられない俺に大家さんはつまらなさそうな顔で
「灯台下暗しって言葉があるだろう。そんな作戦なだけだ」
「兄貴がひどい目に合うかもしれないって言うのに!」
そこまで心配する俺を大家さんはかわいそうな子を見る目で
「だから俺が頭を下げてまで一番安全な所を紹介したんだろ」
「一度も頭下げたところ見てないんだけど」
むしろふんぞり返って命令しているようにも見えた、とまではいわないが……
「心の中ではダダ下げしているつもりだ。
なに、向こうも俺の事をよく理解してるから不可避な懸案って言うのは承知してうけてくれたから心配せずに面接に行ってこい」
「どんな職場か相手かわからないけど向こうの方も苦労しているんですね。先輩達だけじゃ飽き足らず」
横暴、傲慢、そんな大家さんだけどにやりと笑う視線はどこか柔らかく意味ありげに
「安心しろ。今までの職歴があれば十分問題ない場所だから。一応宿舎と言うか泊まり込みの職場になるから最低限の身の回りの物は準備しておけ」
準備しておけって、すでにお酒を飲んだために山を下りるのは法律的に許されない。
そして正午に待ち合わせとなるとここを朝一に出ても数時間しか準備はできない。
「遊びに来ていたから最低限なものとカードはあるが……」
真面目かよ、と言うくらい真剣に悩む兄貴に大家さんは手酌でお酒を注ぎながら
「生活面は保障してくれるそうだ。まあ、ほかの住み込みの方もいるから食事の面の心配はないし、布団もあるって言っている。さらに、こことは違いちゃんとした文化圏だから必要なものはすぐ買いに行けるから財布だけ握りしめてくればいいだとさ」
なんていたせりつくせりだと思う反面逆に本当に安全かと不安が沸き上がるが
「まあ、こんな事になったのは親が敷いたレールに疑問もなく乗っかってここまで来たお前の手抜き人生が原因だ。
抵抗、反抗すれば変わると言うわけじゃないが、疑問もなく過ごした三十数年。その年で親の言いなりになるのも親が子供をどうとでもできると思うおかしな環境を作り上げたいったんはお前にもある。
親の欲求はこれからどんどんエスカレートしていくぞ。今回は窃盗程度で終わったけど俺とちび達の間にはすでに主従契約が発生している。手っ取り早くこの契約を破棄する方法を考えると、窃盗以上の事を要求してくるだろうな。
ありがたい事にここは人の目もない上に人の足も遠い場所。おあつらえだとは思わないか?」
自分の事を他人事のように語る挑発的な笑みを浮かべる大家さんに俺も兄貴もまさかそこまでと考えてしまう。
「まあ、これが最悪の仮定だ。そのうち乗り込んでくることも想定済みだし、すでに攻撃も受けている」
「攻撃?」
そんな事があったのかと驚くものの障りはなかったはずだと自ら自滅した一件以外困った事はなかったよなと不安げに俺を見守る兄貴に身に覚えはないと言うように首を横に振るも
「まあ、普通に距離もあるしな。そこまで変な事されなかったけどあの時家の中が真っ黒な煙で埋め尽くされててさ。ひよこに掃除させたからすぐ綺麗になってホッとした束の間今度はお前が黒くてどろりとしたヤバいモノを背負ってただろ?問答無用で洗ってやったわ」
「それが何度も投げられた理由か?!」
投げた?え……
兄貴もびっくりな大家さんの素行だが
「俺、あの時何も視えなかったのに……」
「目どころか顔も真っ黒だったからな。何も視えないようにされてたんだろうな。
お前が視えている事を知ってる人なら真っ先に目を奪って、最弱の付喪神ならそこまで払う力なんてないだろうから穢れや障りに勝てないだろうから弱らせてからさらえばいい。そんな作戦だったんだろうどうせ」
ムカつくと言うように冷蔵庫からスモークチーズを取り出してつまみを出す大家さん。凄く香ばしいので俺も頂いていいですかと言うように手を伸ばせば
「なにこの香り!すごく濃厚なチーズに負けないスモーク加減なんだけど!」
「ふふふ、飯田さんが作ってくれた奴だからな。絶対うまい奴だ!」
自慢げにチーズの塊をスライスして口へと運ぶ。そしてお酒も進む。
「「サイコー!」」
いつの間にかビールを持っていた大家さんとおそろいのビールをもって乾杯とテンション高く盛り上がれば
「大家さんは退魔の修行を積まれたのですか?」
驚きとどこか尊敬の混じる兄貴の視線にそういやそんなすごいことが出来るんだなとただの俺様大家じゃないんだと少し尊敬度を上げて見れば
「修行みたいな事に時間を使うわけないだろ。
もともと五体も付喪神が住み着いてたらそれだけで格式が上がる場所だしひよこが生まれた場所だ。そんな場所でひよこが浄化の力を振りかざせば敵うモノなんてないだろ」
まさかの朱華最強説。
土間を挟んだ鍋の中で爆睡してるなんてありがたさが半減だけど。
「みんな光になって上に向かって消えて行ったから大丈夫だろう。
それでだ。
何でさびを狙ったんだ?」
大家さんは兄貴へと飲みかけのビールをマイク代わりに言えと突きつけた。
兄貴も一瞬言葉を失ったがぐっと唇をかみしめたかと思えば
「緑青は……
緑青は頑張ってるのに何も変わらない事がつらいと言ってました」
何も変わらないってなんだよと眉間にしわを寄せてしまえば
「だから、うちに修業に来ないかって。神社にも付喪神様はいるから、立派になって主に喜んでもらおうって……」
「そうやってそそのかしたのか」
大家さんの呆れた声に兄貴は黙って頷いた。




