平和は訪れても大体何かの前触れでしかない 3
二話分をまとめてあります。よろしくお願いします。
浩太さんは照れたように笑いながらあっという間に縁側の表面を綺麗にしてくれた。
「ずいぶん黒くなっていたけど中は全然大丈夫なんですね!」
「まあ、雨も当たらないし、ビニール袋をかけていたからね。ここは雪が降るからどうしても湿気にやられるけど、ちゃんとメンテナンスをすれば長く持つからね」
言いながら今度は鑿を取り出して面を落としていく。
迷いなく一定の力で綺麗にすっと一筋を入れると言う作業も見ごたえがあって、落ちていた薄切りの物を持ち上げれば向こう側の景色がぼんやりと透けて見えた。
「すげー」
職人さんみたいだと口から出そうだったがそういや職人さんだったかとその言葉を飲み込めば肩に止まる朱華が浩太さんの肩に止まっていた。
いつの間に……
肩からの特等席でその作業を真剣に眺める様子はよっぽど朱華には浩太さんの大工と言う仕事が面白いのだろう。
真剣にその手元を見ていたものの
「あとは防腐剤を塗って終わりになります」
作業の工程を説明してくれる浩太さんに俺はただひたすらスタンディングオベーションの拍手喝采だった。
まあ、ずっと立っていただけだったんだけど。
だけどそこで
「真ー!もっとお仕事見たいよー!」
朱華は本当に浩太さんの大工の腕にほれ込んでしまったようだった。
と言われてもだ。
大工さんにお願いするようなものってあるのかと思うも
「真、あれ!包丁で切る板!
きゅうりがちゃんと切れてないでしょ!」
さりげなく痛い所をついてくれた。
いや、俺が下手とかそうじゃなく、まな板と言うものは使い続けると変形していくどうしようもないものなのだと心の中で言い訳をしていればぼちぼち買い直すタイミングでもあるしとまるでついでのように
「浩太さん、個人的なお願いでなんですが……」
まな板を削ってほし事をお願いすればお安い御用でとにこにことした顔で手直ししてくれた。
「鉋があればまな板の手直し何て簡単なんだよ」
そういって子供に教えるように説明してくれる。
「まずは裏側から削るんだ」
しゅ、しゅ、数回にわたって黒ずんだ場所を削り落とし
「裏側は真ん中がへこむように削るんだ」
そういって真ん中あたりがへこむように何回か削り
「押さえた時に台に密着して滑らなくなる」
そばにあった材木で真ん中がへこんでいる事を見せてくれた。
「そして表の面は綺麗に切れるように膨らむように削るんだ」
「なるほど。そうすればきゅうりがつながる事がないんだ」
「そうそう」
浩太さんは笑ってくれた。
「あとは面取りをして、側面は……」
言いながら電のこを取り出してスパッと切り落とす。
電のこの音が嫌いなのか真白達は大騒ぎをして植木の中に隠れてしまったけど、朱華は大好きな浩太さんの仕事道具だと理解をしたのか耳を小さな羽で押さえながらも浩太さんの肩から離れなかった。お見事。
側面を切り落として鑿で面を落とし鉋で整えて
「これで出来上がったよ」
ひょいと渡してくれた。
手に取って裏側を見たり側面を見れば黒ずみなんてどこにもないまるで買ったばかりの姿だった。
「綺麗になってる」
「二、三年事に手入れすると良いよ。学生の時に学んだ程度の知識があれば十分だし厚みもしっかりあるからまだまだ使えるよ」
そんな図工2の俺にとっては絶望しかないアドバイスになるほどと涙をこらえて頷けば工具を片付けようとした浩太さんの姿を見て朱華が俺の方へとほぼ落下しながらも飛び移ってきてくれた。
慌てて手をさし伸ばして受け止めればすぐにひょいひょいと肩まで登り
「真、真!浩太さんにお願いがあるの!」
なんて俺の髪をくちばしで引っ張りながらのお願い。
「痛っ、痛いって!」
やめて!と朱華を肩から手のひらの中に閉じ込めるもわずかな隙間から顔をスポッと飛び出して
「欄間の修理お願いして!」
「欄間の修理?」
修理する所なんてあったのかと思うも声に出していたので浩太さんにもしっかりと聞かれていたようだった。
「欄間が何かあったの?」
すっかり打ち解けた俺達(?)に気さくな態度…… は最初からだけど
「あの、いえ……」
口どもる俺に浩太さんは
「他に直すところがあったらついでだから言っていいよ」
にっこりとした人当たりの良い笑顔で片づけだした道具をまた取り出して準備する様子に申し訳なさに頭を下げる俺をよそに
「あのね、欄間の朱華のね!足の指が取れてるの!
浩太さんに直してほしいの!」
そんな悲鳴にも似た叫び声に俺は欄間の朱華の魂が宿る彫刻がそんな事になっているのかと確かめに台所の椅子をもって近くで見れば……
それは痛々しいまでに鋭くも小さな爪のついた足の指ごとなくなっていた。
よくよく見れば翼にもひびが入り、くちばしも一部が欠けてあり、そこからひびが入っていた。
間近で見た事がなかったとはいえ、かなり大変な事になっていたようだった。
俺にかわって浩太さんが椅子に乗って欄間の様子を見て
「これはひどい。前見た時はこんな事になってなかったのに」
そういって道具一式と欄間の下にブルーシートを張るのだった。
彫刻刀を取り出し、岩や松の枝を少しずつ削って材料を調達する。
岩は形が変わるくらいだけど、浩太さんは小さな朱華の足の指の形が会うように彫刻刀で削りだして木工用ボンドではりつけていた。
他にも手持ちの材木を削っておがくずを作り、そこにボンドを練り合わせてパテを作って欠けたくちばしを埋めて形を整え、ひびの入った翼もそのパテで埋めていく。
他にも欠けた尾羽の形を整え彫刻刀で修正してくれた。
他にも飛び交う小さな鳥も手直ししたりとかなりな時間をかけて修理をしてくれた。
その間朱華は浩太さんの肩に止まって懸命になおしてほしい所を訴えるも残念ながら浩太さんには一切言葉は届かず。
だけど不思議な事に朱華の言葉と同じ場所を浩太さんは修理をしていた。
元の景色を知っているかのように、まるで自分が彫ったかのように欄間の修正をしていく。同じ物から削りだし、違和感なく欠けた場所を埋めていく。
とても時間のかかる仕事に気軽にお願いするものではなかったと気付いた時には後の祭り。
罪悪感からその場を離れ、終わったよと声をかけてもらった時はすでに窓から入る西日を背中に受け止めた満足げな浩太さんと浩太さんに感謝を表すように寄り添っていた朱華がいた。
なにこの光景。
朱華よ、お前の主は誰ぞ?そしてお世話係を忘れないでおくれ。
彼女の浮気を見てしまったかのような気分になったけど浩太さんは少しだけ恥ずかしそうな顔をして
「長い修理の時間をかけて申し訳ない。
とりあえず気になる所は直したけどどうかな」
見せてくれた欄間は埃一つなくどこか明るい景色になっていた。
「なんか幕が一枚剥がれたと言う感じですね」
そんな率直な意見。
「木材だからな。いくらでも息は吹き返すさ」
自信を持っての顔になるほど。それが職人さんの腕という事と理解した。
実際なんか薄ぼけたモヤみたいなものが張っていたような気がするのは俺の目の特徴だろう。まだ悪さをするような気配はなかったし、それにあの程度なら危険はない。
掃除をする程度で何とかなるのは俺の経験値からの判断。
この程度を払うなんていう範疇にならないけどね。
本家の方でなくとも兄貴も父さんだってできる程度なのだ。悪い運気を呼び込まない程度に払いはするけど、それなりに後からどっと疲れが来るからやりたくないって言う問題だ。
先日兄貴が来た時にちらりと見ただけで知らないふりをしたのはそれも理由。酷い兄貴だと思うも兄貴の方がそう言うモノと触れ合う機会が多いからこの程度ならかかわらなくていいと言うか俺に何とかさせておけばいいと言う判断だと信じたい。
だけどまさかこんな風に払うとは思いもしなかった。
もともと付喪神にもなる魂の込められた作品があり、その本体となった鳥の彫刻があるのだ。
悪いモノも救いを求めて近寄ってくる事もある、そういう事例だと思っている。
「それにしてもぴかぴかになりましたね。こうなると何であんなぼろぼろになってしまったのか気になりますね」
薄汚れたモヤが張り付いていた原因の一つは朱華の本体となる彫刻がぼろぼろにされたことだろう。欠けたりひびが入っていたりしなければあんな意識さえないモノが集まってくることはない。なぜかと思うも
「ここをリフォームして九条さんの手に渡るまでに何人かの方が住んでいたのですが、リフォームの時には気づかなかったのでその間の時のお掃除が原因でしょう。
ほら、欄間ってとにかく埃がたまりやすいからね。はたきで叩いてはたいたり、もしくはやらないとは思うけど直接掃除機とかかけられると繊細な部分はどうしても欠けてしまうからねえ」
数ある原因で一番っぽいのを提示してくれたけどさすがに掃除機はないだろうとから笑ってしまう。
「まあ、うちなんかは工房で修繕する時は掃除機ではなくブロワーで埃をまず吹き飛ばします。マスクは必須でね」
「なかなか豪快ですね」
言えば当時の若い子たちに教えてもらったと笑って教えてくれた。当時の若い子は怖いものなしだと俺もつられて笑った。




