先輩の導くままに 1
九条真25歳。
古い家の次男坊。
古い町の古い家なのでなんか一般的にはよく理解されない事を家業にしていたが、それなりに出来の良い兄が受け継ぐことになっているので次男の俺はのんびり将来を選ぶことが許されていた。
ありがたい事に良い高校から誰もがうらやむ大学に入り、勝ち組人生を歩んできた現在は大手企業のシステムエンジニアなんて仕事を獲得し、振り向けばどこにでもいる平凡な社会人にたどり着いた。
同レベルの人間関係の中で特技はこれといった突出するものはなく、それどころか彼女とも別れたばかり。
大学時代から付き合っていたものの就職先で分かれてやっと落ち着いたと言う所で
「真、私ね、会社の先輩に告白されたんだ。
真は最近全然会ってくれないし、仕事ばかり優先して付き合う意味が分からなくなっちゃったよ。だから、さようなら」
そんな言葉とともに七年付き合った彼女は俺から離れていった。
不思議と涙は出なかったけど、なんかどっと疲れたと言うか、肩の荷が下りたと言うか、まっさらになったと言うべきだろうか。
「まあ、七年は長いな。恋愛は正味三年、三年以内に更新していかないとっていうくらいだし?」
「むしろ大学時代の彼女とよく続いていたな?」
「俺達はみんな新しい彼女に変わっているのによく……耐えたな」
耐えたなってどういう意味だよと思うけど
「いえ、結婚するつもりで一生懸命お金をお貯めていただけなので……」
「それだからダメなんだって。ちゃんと目先の事にお金使ってあげていたか?
大学時代からだからって学生の時と同じ貧乏デートとかをしてないだろうな?」
「確か遠距離恋愛だったか?ならマメに会ったりとか、ホテルのディナーとか、海外とは言わないが夏休みにはどこかリゾートホテルとか連れて行ったか?」
「婚期は伸びるけど十分盛り上げていかないとあっという間に家庭に縛られるだけになるぞ」
そういうものなのか?なんて返事すらできない俺に先輩たちは苦笑する。
「彼女もその周りもそういう事が出来るだけの収入を得ているのだから、散財しろって言う意味じゃないが相応のお金の使い方をしないと将来を悲観して逃げるのは当然だぞ」
同期の友人も困った奴だなと言うように笑う空気を壊すようにそばで話を聞いていた先輩が手を止めてくるりと振り向いた。
「まあ、だからと言って贅沢をさせたり貢ぐ必要なんて全くないとは思うが……」
俺が尊敬する先輩は同期やほかの先輩方に呆れたような溜息をこぼせばみんな少しだけばつの悪い顔。ブランド品を身に着けるきらびやかな彼女を持つ方が多いのは正直これから大変だなと言う目で見ていたのは俺だけではなくってちょっと安心した。
「最低限自分には投資しろ。
お前いつまで入社した時のスーツを着ている。ネクタイもだ。靴だってずいぶんすり減っているし、何より頭。その髪はどこで切っている?まさかスーパーに入っているようなどっかの千円でカットしてくれるところじゃないだろうな。
そんな貧乏くさかったら彼女どころか幸せも逃げてくぞ」
「逃げていくって……」
さすがにその言葉は堪えた。
一生懸命働いて一生懸命お金を貯めている間に自分の事をひどく放置していたらしい。
言い過ぎだと言われたけど、それをフォローする言葉が見つけられなかったので俺はただ力なく笑うだけ。
恋愛を継続できるような魅力がない事がここにきてやっと理解出来た。
「祐樹先輩、どうすればいいですか……」
俺より五歳ほど年上の祐樹先輩はすでに会社の近くにマンションを購入して勝ち組の人生を過ごしている。
ちなみに先輩は結婚をしない派。
年上男性なのにどこかかわいらしい顔立ちに女性社員からもうけがいい上に後輩の面倒も先輩との付き合いもうまい挙句に周囲も頼るくらいの俺もめちゃくちゃ憧れて尊敬する凄腕プログラマーだ。
しかし、残念な事に大のゲーム好きで家庭にかける時間があるのならゲームをしたいと言う廃人。噂では課金をするために働いていると言うのはどうやら本当の事らしい……
ぜんぜん勝ち組人生じゃあない。
って言うか、この人を尊敬していても良いのだろうかと思うも仕事ぶりはもちろん何度か伺った会社から徒歩圏にあるマンションでの生活は男性一人暮らしと言う予想を裏切る私生活ぶりは輝かんばかりな奇麗に掃除が行き届いているのだから世の中不思議がいっぱいだ。
そんな先輩は俺の質問にうーんと悩んだ後眼鏡をきらりと光らせ
「せっかく貯めた金だ。
パーッと使って元カノに本当ならこの金が自分の未来に使えた事を後悔させてやれ」
仕事の面ではどうしようもなく憧れて尊敬すらしているのに、それ以外ではどうしようもないほどダメ人間のようだ。
いや、仕返しをするつもりならそれぐらい派手に何かやった方がいいのだろうが後悔させるほどってなんだと思うよりも前に
「先輩、将来ギャンブル依存症にならないでくださいよ?」
「何を言ってる。俺は常に勝に見込みのないパチンコも競馬もやらん。宝くじには夢を見るが俺は俺が尊敬する師匠を見習って勝てる勝負しかしない事にしているんだ」
「揃ってダメ人間ですね」
「最後に勝つからいいんだよ」
なんでこんな人を尊敬しているのだろう。
頭を抱えたくなるものの入社した時の教育係だった事も由来するのだろう。
上京してきて右も左どころか一人ぐらいさえ怪しかったのに、会社が教育係としてつけてくれた先輩は仲良くなるためにとお互い名前呼びにしてお昼を一緒に食べてくれたり、仕事が終わっても分からない事は教えてくれたりと面倒見の良さ、挙句に飲み会で酔っ払って酩酊状態の俺を先輩のマンションで面倒見てもらったり……
惚れてまうやろ。
だけど目を覚ました部屋が先輩のコレクションが並ぶフィギュア部屋だったのですーっと何かが抜けていくのは理解できた。
結婚しない派ではなく三次元の女性に興味が持てないだけの人だった。
そんな先輩はにやりと笑い
「そうだ。お前それなりに一人でもやっていけるぐらい実力あるから独立って言うのもありだよな。
ちょうど金もあるし。
失恋した痛手にここを離れて田舎でゆっくりするのも乙じゃないか?」
さりげなく会社を辞めろと言うひとでなしだった。
「おすすめは俺の地元だけど、なかなかいい物件を扱っている人がいて……
ここなんかちょーオススメ」
そういってどうでもよさそうな声と共に見せてくれたのは平屋建ての古民家で
「フルリフォームして家の中は新品同様、台所もトイレも風呂も今時風で綺麗だし、お前前にこう言う動画見ていただろ? 購入、賃貸どちらでもありなんて選択があるから俺としてはありだと思うぞー」
満面の笑顔がまぶしい祐樹先輩だけど……
どう考えてもなしだろう。
そんな選択を教えられた三か月後。
尊敬する祐樹先輩にそそのかされて俺はカギを握りしめて先輩が紹介してくれた一軒の古民家の前に立っていた。