それぞれの結末 1
丁寧に管理されているからかかなり古い鉄製の兎の絵が描かれた愛らしい風鈴は当然青錆も浮いていて緑青の香炉といい勝負の年季が入っている。箱から取り出され机の上に置かれる時に一度だけ鳴った涼し気な音は鈴の声を思わせる透き通った美しい響が室内に広がり、思わず余韻を楽しんでしまうも螺鈿細工の美しい机に置かれてまた静かな室内へと戻ってしまった。
女将さんは次に別の箱のふたを開けて和紙で綺麗に包んでいた陶器の凛とした狛犬を二つ並べた。
一つは口が薄らと開いていて、もう一つはきゅっと口を閉ざしている。
焼き物なんて詳しくないからわからないけど、この家にあるという事はそれなりの人がそれなりの窯で焼いた逸品なのだろう。
年季の入った箱の覚書が時代を物語り、その達筆な筆遣いも墨がかすれたとはいえその風合いもまた美しく俺の目はそこにとどまっていた。
最後に桐の箱を開ける前に手袋をはめた女将さんが取り出した掛け軸は
「ひどいな……」
思わず飯田さんが口を開いた通りそっと慎重に机の真ん中に広げた掛け軸は日に焼けてぼろぼろになりかけたものだった。
自然と劣化したのは天地はもちろん本紙もみんな折れが目立ちくたびれていたが亀裂が入ってなかっただけましだろう。
次郎さんはこの状態を知っていたようで悲しそうに目をそらしてしまっていたが
「こんなになるまで愛されて使われていたのですね」
女将さんの丁寧な扱いを見れば決して雑に使われたという理由ではないのはすぐにわかる。むしろ愛してやまない人がいて、こんなになるまでこの掛け軸と共に過ごしてきた証だろう。
次郎さんがくるりと俺の膝の上で丸まるのを暁さんは優しい目で見守ってくれたが
「こうなると修復は難しいですか?」
大家さんの当然の疑問に
「できない事もないらしい。知り合いの所に一度持って行ったが断られてしまってな」
少し寂し気な料理長の視線にきっとこの掛け軸が飾られてきた景色を知っているのだろう。
何とかして復活させたいと言う気持ちが伝わってくる声だったが
「まあ、当然でしょう」
暁さんが仕方がないというように言う。
「きっと飯田のご主人ならそれなりに長い付き合いのある表具師の方に依頼されたと思います。
ですが、そう言った職人の方はかなりカンの良い人も多く、きっとこの掛け軸に何かが宿った事に気付いたのでしょう。ただ何が宿ったかは分からず、そう言う時は何もせずにお返しするのが彼らの選択です」
暁さんは猫がのびやかに遊ぶ、そんな愛らしさと躍動に満ちた掛け軸を眺めながら
「うちにもそういったモノが舞い込んできます。
補修してほしいと訴えるものもあればそのまま静かに眠らせてほしいと訴えてくるのもあります。補修してほしいという時は知り合いの表具師に頼みます。我々は向こうとは長い付き合いなのですが飯田さんはその判断が出来ない素人。そしてカンはよくても声の聞こえない視ることが出来ない表具師はどんな障りがあるか分からないからお断りする、それは当然の結果です」
なるほど。
やっと理解できたという顔だったが
「で、この付喪神は何と言ってる?」
それなりに思い出がある様なのでこれ以上劣化が進まないようにと指先の脂が付かないように触れる事のない料理長に暁さんは次郎さんに視線を向ければ
「別に補修はいらない。この姿はあれと共に過ごした思い出だ」
ぽつりと零した声は今も大切にしてくれた人との思い出を大切にする次郎さんなりの感謝の表れの一つなのだろう。
今は保育士な俺の扱いだけど五十年、六十年後にはそう言ってもらえればと考えればなんかうるっとしてしまうものの
「だったら綺麗にしてもらいましょう。
暁、お前の知り合いの表具師を紹介しろ」
そんな大家さんの判断。
「お前は次郎さんの気持ちを聞いていたか?」
暁さんが話理解できたかと言うように大家さんを睨み付けるが
「次郎には悪いがお前はこれからここでこれからも飯田さん一家を支えて行かなくてはいけないんだ。こんなボロボロになっていつ何がどうなるか分からない状態より綺麗にしてもらってまた床の間にかけてもらえるくらいにしてもらって次郎を大切にしてくれた人に恥じないようにこの家を見守らないといけないのじゃないか?」
そんな厳しい大家さん。
三毛猫だからと言って簡単に三食昼寝付き生活はさせてくれないらしい。
「いいか。俺の付喪神ならちゃんと仕事はしろ」
「なんていいますが綾人さん。我々は一体どうすればいいのでしょう……」
全く話についてこれないというような顔の家主の飯田のお三方がどこか途方に暮れた顔をしていた。
いくら説明しても百聞は一見に如かずなんて言う言葉があるようにどれだけ言葉を重ねても理解は難しいだろう。
いくら大家さんの言葉だからとしてもだ。
さすがに困ったななんて言う顔をしていた大家さんだったがじゃりと数珠のこすれる音が聞こえた。
何だ?と思って音の発生源に視線を向ければ
「はっ!」
何やら急に気合を入れた暁さん。
どうしたのと思ったけど
「あら、次郎さんってこんなにもかわいい三毛猫さんだったのね」
机の上の片隅で少し寂し気に本体の掛け軸を見ていた次郎さんはそんな言葉の驚きにしっぽがピンとなっていた。
女将さんの陽気な声に振り向けば大家さんを挟んで座るしいさんとこまさん。大家さんの肩でくつろぐ玄さん岩さんに大家さんに膝の上を独占している鈴さん。緑青は大家さんの頭の上でまったりどころかうつらうつらとしている始末。
飯田親子はその様子にあっけにとられぽかんと口を開けていた。
「大家さん重くありません?」
「重くはないが暑苦しい」
モフモフに囲まれている様子は確かにそうだねと賛同したかった。




