静かな庭を臨む部屋 3
ぺちぺちと少しひんやりしたものでおでこを叩かれる気配で目が覚めた。
痛くもなく、かといって気にしないわけにもいかない程度。
まだ眠い瞼を開ければ目の前にはじっと俺を見る三体分のつぶらな瞳。
「真ー、起きたー?」
「真ー、朝だよー」
「真ー、涎の跡ついてるよー?」
いつもと変わらない朝。
だけど少し物足りない静かな朝だった。
「真白ー、トイレ行くかー……」
と言って体を起こしても返事はなく、目の前には見知らぬ部屋の様子にここでやっと飯田さんのご自宅にお泊りさせていただいた事を思い出すのだった。
「真ー、寝ぼけてるー?」
膝の上で玄さんが見上げながら心配してくれているけど
「大丈夫。ちゃんと目が覚めたよ」
まだ頭は働いてないけどとりあえず体を起こしたことでそのまま這って歩いて縁側のテーブルへとついた。
そして反射的に手にしたスマホを見ればありがたい事にバッテリーが生き残っていた。
何かあるといけないからと新幹線の中で充電していたのが功をなしてか余裕の残量に感謝をしつつ大量のメッセージが入っていたのは昨日の放火の一件があったから仕方がないかと確認をした。
主に大家さんが紹介してくれた弁護士さんがメイン。夜中に兄貴と暁さんから何着か届いていて一通りそれを確認。
全然寝たりなくて頭がぼーっとしているけど弁護士さんには大家さんが倒れたので様子みながら帰りますと言っておけばすぐに返信が来た。
うん。田舎の人間朝早すぎるだろう……
と言ってもやっと六時を過ぎた時間。
すっかり田舎タイムに染まった俺にはいつもよりは遅いけどほぼほぼ似たような時間に勝手に目が覚めてしまえば通常の時間なんてもう綺麗に忘れてみせた。
ぼーっとしながら昨日の夜の飲み残しのお水を飲めば玄さん達がじーっと俺を無言で見上げていて……
「はっ!みんな喉乾いてたね?!
慌ててうめぼしを乗せていた器をティッシュで拭ってから申し訳ないけどお庭にお水を流すようにして器をさっと流して綺麗にした所でお水を入れればみんな一緒になってお水に口を付けていた。
「ごめんね。おうちじゃないからみんなのコップがなくって」
夏だからものすごい勢いでお水を飲む三体に気付かなかったことを謝れば
「玄のお池がないよー?」
「真ー、玄さんのお池はー?」
「緑青の木もないよー?」
それよりも大好きなお池と梅の木がない事が不安だったようだ。
「ごめんね。今日は飯田さんのお家にお泊りしてるから。
帰ったらまたお池とお庭の梅の木で遊ぼ……」
「真!ひょっとしてここは神がお住まいのお宅なのでしょうか?!」
「真!お風呂にも入ってないのに失礼じゃないでしょうか?!」
「真!早くお顔を洗って身なりを整えてください!」
飯田さんの信者だという事を忘れていた。
途端に小うるさい小姑のようになった三体だが確かにいつまでもお借りしていた浴衣のままでは失礼と言う物。とは言え昨晩飯田さんに服を強奪された挙句に洗われてしまったのだ。着替える服がないのでとりあえずと言うように身なりを整えて
「今から飯田さんのご両親のいる場に行こうと思います」
「「「はい!」」」
俺も緊張するようにみんなも緊張するようなお返事。
そして俺はここで今も眠る大家さんと一緒に待っててねと言えない期待を含んだ瞳で見上げられる視線に勝つことなんてできないので
「昨晩はとてもお世話になったので粗相のないようにごあいさつに行きましょう」
「「「はい!」」」
そう言って緑青は頭に岩さんと玄さんを肩に置いて玄関から客間、そしてトイレと風呂と言う場所しか知らないお宅のお台所を探しに出発する事になった。
最初こそ不安な一歩だけどそれも一瞬。
いかにも朝ごはんですと言う美味しい匂いに気が付けば
「真!偵察に行ってきます!」
口の端から涎を垂らした緑青がひょいと飛びだって匂いが漂ってくる方へと向かうのだった。
待てと手を伸ばすも声を出せない俺は慌ててついて行けば
「あ、おはようございます。もっとゆっくり寝ていて良かったのですよ?」
朝にふさわしいさわやかな笑顔の飯田さんの挨拶がまぶしかった。そして緑青がキャーッと嬉しそうに悲鳴を上げて飯田さんに抱き着いているのを全力で見ないふりをしていた。
「おはようございます」
そこにはしっかりと着替えた飯田家が揃っていた。
「ああ、すみません。こんなに早く起きるとは思わなかったのでお洋服お持ちしてなかったですね」
「いえ、洗っていただいてありがとうございます」
言えばご飯を食べ終えた飯田さんが席を立って服を取りに行ってくれた。
その間に
「昨晩は突然押しかけてしまって申し訳ありません。
しかも寝る場所とお風呂まで頂いてありがとうございます」
深々、というように頭を下げれば女将さんはころころと笑い
「気にしなくていいのよ。
綾人さんのお家に住む方ですもの。変な方ではない事は判ってますわ」
その基準が今ひとつわからないが
「それにしても不思議な縁になったな。
向こう通りの九条だったな。こんなにも近い所に住んで居るのにあんなにも遠くで縁が付くとは想像はしないな」
新聞を読む手を止めてお茶を飲んでいるその近くで胡瓜のお漬物だろうか。三体のおなかをすかせたちみっこが真剣にかじりついていた。
粗相のないようにって言ったのにいきなり食卓にあったお食事に手を出すなんて……
皆さん視えてないので下手な事言えないしと頭を抱えている間に
「九条君、着替えは部屋の方に置いておいたから」
「だったら先にご飯にしましょう。ちょっと待っててね」
ちょっとなんて待たない間にご飯とお味噌汁、そして卵焼きやお浸しが目の前に並べられ
「お、美味しそうです!誰かに朝ごはん作ってもらうの久しぶりです!」
思わずと言うように目を輝かせて感動してしまえば飯田さん親子は微笑みを浮かべ
「薫、向こうで今日の献立について話をするぞ」
「はい。九条君、綾人さんが起きるまでゆっくりしてください」
「ありがとうございます」
食事を前にしてなので軽い会釈ですませば
「それじゃあ、私はお店の方のお花を活けてくるから。食べたらそのまま置いていてくださいね」
「何から何まで本当にありがとうございます!」
お茶を出してくれたところでご飯はお替わりしてねと言い残して台所を去った女将さんにも頭を下げれば
「真ー!このお浸しすごく美味しいよ!」
「真ー!お味噌汁美味しい!お豆腐とってー!」
「真ー!ご飯がね、ご飯が甘くて美味しいんだよ!」
ほんの合間にお出ししてくれたご飯をむさぼる三体におなかすかせちゃってごめんねと謝りながらも俺も三体が食べる合間合間にご飯を頂き、食べっぱなしは出来ないとせめて自分が使ったお茶碗は洗わせてもらうのだった。




