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雲雀編(1)

評価、ブックマーク、いいねありがとうございます。短い「雲雀編」に続いて「嫁取り編」を毎朝更新でお送りする予定です。



 春が来る前に、まだ冬の日々が残っていた。少し時間を戻し、その話をしよう。馬ぞろえを邪魔された戸塚家が、後日あらためて陣触れをかけたことから、それは始まった。


 十橋家は外征としては精一杯の陣容で陣触れに応えていた。番衆のほかに一門・譜代を動員して騎兵三十、徒士七十。小荷駄隊とその護衛として召集農兵五十。住民千人の十橋家としては総動員である。だが、名目上の主将は十橋護堤兵吾、副将であり実質的な指揮官は十橋厳斎であった。当主も嫡子も出していない。


 初秋のころ、十橋領に対して飯綱家が使って見せた火術の術者には、戸塚家も注目していた。あのときのみ雇ったのか、ずっとそこにいるのか。飯綱家が雇い続けられるほど安い術者ではないはずだが、ちょっとした縁や恩義で地域の均衡をひっくり返した転生者の例は無数にある。飯綱家は戸塚家に並ぶ規模を持つ太刀谷(たちや)家の傘下にあったから、そちらで雇われた者かもしれない。


 戸塚氏の参加豪族を動員して飯綱領を叩き、術者がまた出てくるか、正面からのぶつかり合いでどう使ってくるか確かめるのが今回の出陣である。だから十橋に最大限の負担を求めてきたのは、わかる。だが戸塚家は吝嗇(りんしょく)を見せて、火の術者を叩き潰す術者を一切手当てせずに陣ぶれを出した。だから十橋玄武尉は自身も嫡子も出馬させず、兵吾と厳斎には「先駆けを言い渡されたら敵に撃たせて手の内を見定め、あとは逃げよ」と厳命した。貴重な兵と馬を都合よく犠牲にされるのを避けるため、恥をさらすのが三男たる兵吾の役目であった。


 そして思った通り戸塚の主将から先陣を言いつけられ、番衆副長格の龍三郎が前哨の十騎を率いて、十橋本隊の前に出るところであった。それを見ながら、厳斎が兵吾に言った。


「先駆けすると言い出すかと思うたが」


「厳斎殿が先頭に出ると言い出されたら、やはりお止めすべきだろうなと思いまして」


「言うわ。正直も結構だが、もそっと鈍い顔をせえ。大将を兵が見ておるぞ」


 弥助の提言で、半円を描くように徒士が互いに見える程度の距離を置き、本陣の前方と側面を歩いていた。先の襲撃で、飯綱の火術者は待ち伏せを採った。術を編むのに時間がかかるか、連発できないか、あるいはその両方であろうと弥助は()した。ならば密集を避ける……という提案には厳斎もにやりと笑って同意した。


「我らの知っておる戦ではなくなってゆくのだな」


「術者が出てこないのが一番いいですが」


 言っている兵吾も、その種の願望はだいたい裏切られると思っていた。


 だが、この戦場でその遭遇が起きるかどうかは、わからない。この世界では通信も遅いし移動も遅い。戸塚勢の動員と移動方向を間者がつかんで急報したとしても、太刀谷家が傘下豪族勢をまとめて迎撃に出るには時日がかかる。だから飯綱家は領境で迎撃せず、領民を集めて籠城に入るかもしれなかった。


 前哨の騎馬武者が旗指物を振って、ここまでは無事と知らせた。そして低木の森へと入った。里が近いから古木は()られ、自然に生えた若木がそのあとを埋めている。見通しの悪い場所である。待ち伏せるならここ……と厳斎も考えていることを、兵吾はその視線から感じた。


 弥助は供回りの徒士に混じって従い、儀次郎は馬で警護に加わっていた。どちらも無言であった。


「輪形陣の徒士を戻せ」


 厳斎の下知で、儀次郎が旗指物を上下に振った。半円形に散った徒士たちが戻ってきた。厳斎の視線はそのまま弥助に向かった。見通しの悪い低木林の気配を探れというのであった。


 目を閉じ、うつむいた弥助はしばらく動かなかった。それがしばらく続くのは、何もいないか、巧妙に隠れているかどちらかだった。


「……気配が多すぎます。森全体を合わせれば、二百は下るまいかと」


 飯綱の総勢が森に伏せている……と言いたげな弥助の報告に、兵吾は固まり、厳斎は愉快そうに笑った。


「まあ、気取(けど)られるであろうよ。飯綱も太刀谷も吝嗇で助かったわ」


 厳斎たちが飯綱の傭兵を蹴散らし、そのあと退避した様子は、不自然に迷いがなかった。見えないものが見えている様子であった。波読みの助けを得ている……と気付かれる方が、むしろ自然である。前線の者には無理でも、報告を受けた飯綱の老臣たちは敗因を正しく読み取るであろう。戸塚が火術師を打ち破る出費を惜しんだように、飯綱や太刀谷もまた、弥助をあぶりだして殺せる者を雇わず、波読みが人と間違える呪符のたぐいを配して済ませたのである。厳斎は下知(げち)を叫んだ。


「下馬して弓を構えい。森の生え際に姿をさらす者を撃つ。だが下知あるまで撃ってはならぬ。徒士で弓を持たぬ者は下がれ」


 ここが待ち伏せ場所であることを、飯綱の呪符は明かしてしまっていた。とすれば前哨の龍三郎たちはそれに気づき、追われながら駆け戻ってくるはずであった。


 馬のいななきがその兆しだった。一騎、また一騎と転がり出るように人馬が森から出てきた。それを追う矢があった。


(はな)て」


 厳斎の大声に、慣れない弥助がびくりと首を引っ込めた。味方に当たる危険はあるが仕方なかった。生き延びた騎馬武者が次々と自陣に駆け込み、矢を受けた者は手当てされた。弥三郎は血刀を下げていた。ひとりと一頭が失われたようだった。深傷の者もいた。


「どうします。焼き立てますか」


「時がかかりそうだな」


 兵吾の問いに、厳斎は渋い顔をした。森を焼いていぶり出したいが、生木が燃え盛るには時間がかかる。作業で密集した兵も、火術者がいるなら格好の標的となる。厳斎は振り向いた。


「軍師殿は、どう思う」


「はっ。それがしでございますか」


 弥助は目を大きく開いた。


「火術者がおるとせよ。奴らはどう出てくる」


「そうか。厳斎殿に先に気づかれた」


 兵吾が思わず言って、厳斎が苦笑した。


 弥助の生きていた世界は、才があれば教育の機会を得られて、誰もがたいてい何にでもなれる世であるらしかった。もし自分が今と異なる立場なら……と考える機会が多く、それに現実味もあった。武芸の心得はあっても、転生した術者ならどうするか……と言われて、この世界の者には答えようがないのである。弥助の柔軟な発想が役に立つかもしれなかった。


 弥助は言った。


「下知を待ちまする。たくらみ破れ、おのれ一人ではどうにもなりませぬゆえ」


 術者を使う主将であれば、どうするか。兵吾は思い当たった。


「回り込んでくる騎馬武者など、おらぬか。無理やりにでも我らを集まらせて火術を放たねば、高直(こうじき)[=高値]な術者を預かった者は、主君に合わせる顔があるまい」


 兵吾は地勢を見て、少し高く見通しの良いところへ馬を歩かせた。


「護堤様」


 儀次郎が馬で駆け寄り、兵吾の胴をつかんで馬上からさらった。背後を熱気が通り過ぎ、背中を焦がした兵吾の馬がいなないて走り出した。狙撃するように細く絞った火術が森から放たれたのであった。その燃え上がる兆しに気づいた儀次郎が思い切った行動に出て、兵吾を救ったのである。


 だが十橋の弓兵は、厳斎の指示を受けて森の縁を狙っていたところだった。十数本の矢がすぐに飛び、その一本が何かに当たって、人らしき影が倒れた。森の中に火が燃え盛って、複数の悲鳴とともにすぐ消えた。編んでいる途中の火術が暴走したように見えた。


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