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山葵小屋編(5)


 すべてが終わったのは、春になって約束の期間が過ぎてからであった。結局、女童たちは兵吾に一切連絡を取らずにいなくなった。


 海風は十橋家にも忍びの里にも復命しなかった。里忍びを雇うと高価なのは、こういうことが多いからだった。そしてある日、兵吾は謙吾夫妻に招かれた。


 請われるままに、兵吾は甚太の告白も含めて、山葵小屋事件の事情を知る限り話した。にこやかに聞いていた亜里沙は言った。


「甚太さんに声をかけた海風さんは、海風さんであったのでしょうか」


「と、いいますと」


「甚太さんは急に女童のことが見えるようになられたのでしょう。人形に矢が立っていたのですから、感じた通りではなかったとしても、まったくの幻ではありません。甚太さんは弓を持って家を出るときから、ずっとすぐ近くから操られていたのではありませんか」


 確かにそうである。海風が「小屋にいた側の人間」だとすると、甚太を操っていた者はどこにいて、どうなったのか。兵吾が考え込んだことを確かめるように、亜里沙は間を開けて言葉を継いだ。


「戸塚様の御領(ごりょう)で、鋼札に封じられた魂は体を失ったのですよね。その体は」


 亜里沙は口調を低めた。


「誰のものであったのでしょう」


 兵吾と謙吾は言い合わせたように背を丸めて、悪寒に反応した。亜里沙は愉快そうに笑って、続けた。


「体から魂を離せるなら、また体に入ることもできるはず。山葵小屋の術者が、すでに海風さんを乗っ取っていた敵方の術者と、体を奪い合ったのではありませんか。そして不意を衝いて、勝ったのでは」


 海風が甚太のあとをつけていたのではなく、敵の術者が海風の体を乗っ取り、甚太を操って山葵小屋へ接近させ、地元民を……十橋荘の民を装って襲撃を仕掛けたのである。そうなった後のことを想像して、兵吾は動けなくなった。小屋を貸した自分の甘さを自覚した。


「山葵小屋の術者は、人形を女童に見せかける術をかけた後、小屋全体を守る術をわざと緩めたのです。甚太さんを操ることに、海風さん……の中の人が気を取られるだろうと当てにして。その通りになったから、山葵小屋の術者は海風さんの体を奪えたのです。そして本物の女童と立ち去ったのでしょう」


「罠を張って、待っていたのか」


 謙吾の問いに、亜里沙は首を振った。


「それはわかりませぬ。助けが集まるのに時がかかると女童は言ったのでしょう。しかし都合よく敵方が仕掛けてきたので、それに乗ったようにも思えます。でもそうなると」


 亜里沙は兵吾に視線を戻した。


「戸塚様の御領(ごりょう)で襲われた……というのは私たちの思い込みだったのではありませんか。そのとき術者が(うつわ)としていた人の家族から、奪い返すことを請け負っていたのですよ。もうあきらめていて、仇討ちだったかもしれませんけれど」


「海風は恐ろしい手合いに()ってしまったのだな」


「父が申しておりました。おそらく転生者の中でも、最も関わりたくない類の者……死霊術師であると。そのまま山葵小屋を借り続けたいなどと言われず、出て行ってくれたのは幸いでした」


 亜里沙ははじけるように笑った。じつは兵吾は「そうなってくれたらまた儲かるかな、今度は海老など食えるかな」と思っていたから、耳が痛かった。


「すべて父の受け売りです」


 袖から書状を出した亜里沙は、それを兵吾に差し出した。


「勝手ながら、父が人をやって、山葵小屋の周りを調べさせました。いくつか危険な術がかけたままであったそうです。たくらんだのではなく、無関心になげうって出て行ったのでしょう。悪い店子(たなこ)ですが、戻ってくる気がないのは幸いです」


 それは事務的な報告書だった。解除した術の位置と内容が書かれていた。亜里沙の口調も事務的に、他人事のようになった。


「父が申すには、(つい)えは護堤様の出世払いだそうです」


 兵吾は濁り酒を一気にあおった。ほろ苦かった。謙吾が身を乗り出して酒を注いだが、その表情はつとめて感情を消していて、「わかる。わかるぞ兵吾」と言いたげであった。謙吾は兵吾以上に、仁左衛門と亜里沙の父子からたびたび駄目出しを食らっているのであろう。


 亜里沙の無邪気な笑いが、夜も更け始めた謙吾宅に響いた。


山葵小屋編 了


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