太刀谷擾乱編(5)
「ここで用いました術のこと、いずれもご内聞に願いたく存じます」
「それはもちろんです。話しても信じてもらえますまいが」
よく言われるのであろう。二郎三郎は兵吾の答えに、鋭い目つきを緩めもしなかった。通用門の番兵は幻術にかかったようで、一行を黙って通したのである。
「人が人と戦うための術ではないのでしょうな」
「ご明察。明神様の常にないご加護ですが、人との争いに用いれば、残りの明神様が黙ってはおられません」
二郎三郎は言葉少なかった。最後の木戸を抜けて、すでに当主の部屋がある本丸は目の前に見えている。よく見ると、警護の者すらこの矢倉を避けていた。
「いささか迂遠なれど、燻り出すとしましょう。まさかこれを使う日が来るとは」
大膳正が背負ってきた荷物から、太く短い棒が何本か取り出された。黒っぽいが、何というか……汚い。いろりの燃え残りからつまみ出してきたような外見である。炭のような……氷のようなもの。
「ひかりどの。これをご存じですか」
「ぷらすちっく……でしょうか」
持ってみて軽さを確かめると、ひかりは答えた。二郎三郎は首肯した。
「異界の術者たちがあれこれ模索して、こちらの世界でも作ろうとして、少ししかできなかったしくじりの跡と聞き及んでおります。これを扉へ」
ひかりはその軽い棒の束を、ふわふわと本丸の木戸前へ飛ばし、そこに置いた。
「さあて……此度は何かと物入りですなあ」
二郎三郎はどこか楽しげに、紙束を開いて式を追加した。既に放った式が、矢倉の周囲を巡って脱出を警戒している。
新たに呼ばれた式は、四つ足の獣を模しているようであった。木戸の前に近づき、姿勢を落とした姿は、獣というより飛蝗に近かった。
「皆様、こちらへ」
二郎三郎が先ほどくぐった木戸から外に出ようとするので、兵吾は戸惑ったが、死霊術師との闘いなど何もわからないのだから、従うしかなかった。ぼう、と背後で音がした。
「護提様、早く」
急かされた兵吾が最後に見た背後の光景は、式が勢いよく炎を木戸に吹き付け、あおられた棒の束が炎の開けた穴から、室内へ蹴り込まれるように姿を消すところだった。
木戸をくぐっても、大手門に向かって二郎三郎が走り続けるので、兵吾も駆けた。そしてその途中で、背中に爆発音とが響き、地面が揺れ、背中に高熱を感じた。とっさに伏せた兵吾だが、気付くと一行はみなそうしていた。伏せた者と、熱風にたたきつけられた者がいたようであった。そして、空から声がした。
「これは欲をかき申した。太刀谷の城兵も討伐隊も、もろともに骸となさんと用意しておったところ、いつも力任せの異端審問司どのに似合わぬ小癪なる細工。我が手数が及びませんでしたな」
老いた男の声は、空にうっすらと見える頭蓋骨から発しているようであった。
「毒らしき黒煙、長く生きたる我にも正体が知れませなんだ。迷うている間に、かねて用意の火薬に火が付きたる次第」
かつて転生者が作り出した粗製ぷらすちっくの黒煙は、有毒だが即死するほどではない。それでも伝魄斎を戸惑わせ、判断と行動を遅らせることはできた。そして城兵もろとも討伐隊を始末するための火薬が、二郎三郎の吹き込んだ炎で誘爆してしまったのである。
「我が名は伝魄斎。つかさの方々、十橋の方々も、見知りおかれよ。ふはははは」
哄笑は小さくなり、姿も声を追って消えた。兵吾は言った。
「逃がしてしまいましたな」
「待ち構えておるなら、逃げる算段もつけておりましょう。最初から我らが騙されておったかもしれません。もはや我らが死霊術師を監視する工夫も知られ、破られておったと考えるほかありますまい。備えなく飛び込んでおったら、手中にはまるところでございました」
二郎三郎はひかりに視線を向けて、軽く頭を下げた。すでに太刀谷勢は統制を失って逃げ散り始め、武士たちの怒声があちこちから聞こえた。
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「上様」
ぺちっ。
近習が身を挺して、鳥の糞から大輪兼治を守った。飛来したのは梟のようであった。脱糞以外に用事はないと言いたげに、それきり梟はまっすぐ飛び去った。
側近たちは何も言えなかったし、大輪兼治も無言を保った。梟が何の神使とみなされるかは広く知られていたし、兼治にも周囲の者にも、身に覚えが大いにあったのである。
主に奉じる神ではないとはいえ、この不興は放ってはおけなかった。
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この戦いのあと、すぐに大輪家の勢力下に移った人口は三千人ほどであり、そのほとんどは太刀谷領で刑部小夫についた譜代たちの所領であった。それらを無造作に取り上げ、他の譜代たちに替地として宛がって、大輪と太刀谷の勢力圏を線引きし直していく大輪家の吏僚たちを、太刀谷蔵管は何も言わずに眺めるしかなかった。他の力を借りて下剋上をするとはこういうことかと、今更嘆いても遅かった。
兵吾隊は無事に帰れることをただ喜んだ。領境の引き直しはもっぱら投網川上流で生じていて、十橋領は無事で済んだだけのようであった。小十人組の中には手柄を逸した気持ちの者もいたかもしれないが、刀槍での手柄が評価される戦いではなかった……という印象は共有されていた。
伝魄斎の討伐には失敗し、どうやら太刀谷城の焼け跡からも飯綱領からもごっそり死人を持って行かれたようであった。追い追い、その後始末はつけねばならぬのであろうが、二郎三郎ひとりが指揮する規模を超えてしまったのは明らかで、兵吾も別れるまでそのことを話題にできなかった。
年は暮れようとしていたが、農閑期の冬はまだまだ続いていた。
太刀谷擾乱編 了




