群盗編(4)
敵は氷術者ということがわかっていたので、十橋勢が使う竹製の置き盾に改造が加えられた。いつもより多少軽く薄いものとし、裏の持ち手を長めにして、ありあわせの獣皮で取っ手を覆った。手まで冷気が伝わらない工夫であり、盾ごと移動しやすくなっていた。
中心となるのは弓衆と印字打ち(投石)衆であった。どちらも地形の起伏を利用できないときは置き盾衆の後ろに隠れ、ときどき身をさらして群盗を撃った。群盗の方は刀槍の戦いを仕掛けてくるとしても、応じれば霧氷の銀二は味方ごと撃ち貫いてくるであろうから、接近戦しかできない兵は盾を持っていた。
川岸のところどころに、油を含ませた枯草束が配置してあった。これをひかりが術で持ち上げ、弓衆が火矢で点火した。枯草束をほどけば効果がなくなるが、不用意に足でほぐそうとすると、仕込んである尖った鉄菱で負傷した。
盾を持つ者も、盾に隠れる者も、命がけであった。軽くした盾は壊れやすく、盾を失った兵たちは背負った短槍や刀を使って、接近する群盗と戦った。
伝え聞いた氷の攻撃は、なかなか来なかった。霧氷の銀二も位置の暴露を避けているようだった。枯草束を操るひかりも、徒士に混じって懸命に盾の後ろに隠れていた。直接その火で殺傷されずとも、接近する焚火は十分に脅威で、気を取られた。だから銀二の初撃がひかりを襲うことは十分に考えられた。
「それがし、ひと駆けしてみましょうか」
「やめておけ。誰も必死の立場に身は置いておらぬ」
兵吾は少し後ろにいて、「部下よりも後ろにいる指揮官の焦燥」に苦しんでいた。そして、騎馬突撃で銀二の位置暴露を誘おうとした龍三郎をとどめた。それは自殺的でありすぎた。兵たちはみな危険に身をさらし、しかし生き残る希望を持って立ち回っていた。
初弾は何気なかった。目立つ働きをしていた弓兵が、貫かれた。それが氷の奔流であることは、少しして頭に入ってきた。霧氷の銀二は予想されたとおり、一般兵と全く区別できない格好をして、混じっていた。弓衆と印字打ち衆は一斉に目標を変更したが、銀二の素早さは最悪の予想を上回った。七、八名がすぐに倒され、何人かはもう見込みがなさそうだった。そして群盗の一般兵たちが盾兵を倒して、ひかりの位置が暴露された。
ひかりが枯草束を動かしていたことは、気付かれているようだった。戦場に武器もない女がいれば、術者であることは自明でもあったろう。
兵吾は隠れ場所から身を乗り出したが、どうすることもできなかった。ひかりの隣にいたとしても、一発目を代わりに受けてやる程度のことしか、できそうになかった。ひかりが泣きそうな、しかし憎々しげな眼を銀二に向けていた。
どんっ、と音がした。落雷の音に似ていた。音がしたのは兵吾の背後、川原の戦場を見下ろす一本松の方だった。大樹から飛び降りた者が見えた。眼の周りを赤い縁の仮面で隠し、いかにも怪しそうな黒い甚平を着ていた。
「護提様」
龍三郎にゆすぶられた兵吾は、川原に視線を戻した。銀二は黒焦げになって倒れていた。敵も味方も狼狽していたが、やがて十橋の兵たちが大声を上げ、群盗たちは川と船に向かって壊走を始めた。だが、銀二の術以外に飛び道具がない群盗たちが壊滅するのに、時間はかからなかった。
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「賽の目にすべてを託すには、身共らは年を取りすぎた」
ぱりぱりと煎餅を食いながら、龍吾は言った。三兄弟が龍吾に呼ばれ、真相を聞かされた。兵吾はおろか謙吾にすら知らせず、龍吾が藤庵に命じて術者を雇わせ、姿をさらした銀二を狙い撃たせたのであった。
「最初から知らせていただければ、我らの算段に組み込むこともできましたのに」
「慮外者。組合の術者が、委細を上に報告すれば、すべてが知れてしまうであろうが。組合がつぶさに漏らさずとも、何か工夫のあったことは大名小名、弓取る者すべてが察してしまう」
口から唾と煎餅を飛ばして、厳斎が叱った。
「十橋護提の組下がまた訳の分からぬ新工夫で術者を破ったなどと、噂に聞こえて見よ。今度こそ敵か味方に謀殺されるわ。金で術者を雇って始末をつけて、おかげで借金をこしらえた噂が立つくらいが、ちょうどよいと知れい」
「借金ができたのでございますか」
「うぬが命の心配を先にせんか」
厳斎が怒り、皆が笑った。藤庵が天気の話でもするように、平静に言った。
「相当に借銭をこしらえたが、まあ見ておれ。年寄りの世界で、これから色々と起きるであろう。大人のやり方のよい勉強になろう」
兵吾は黙って頭を下げ、煎餅を手に取った。初めての稼ぎを得て、山田花が挨拶に持ってきた上等な煎餅は、干し海老が入っていた。
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王権が衰微しているため、群盗の首魁を討ったことへの「報奨金」や「懸賞金」はどこからも出なかった。だが「陣中御見舞」「戦勝御祝」といった名目で、領主、商人、神社などから金や米が十橋家に届けられた。大輪家と戸塚家の見舞金は、合計すると十橋が山田花を雇った金額のぴったり半分であった。術師を雇う相場を熟知したうえで、互いに相談して出してきたと思われた。合計すると黒字ではないものの、勘定方の笠戸亥三郎が「昨年が少々不作であったと思えば」とぼやく程度の赤字に収まった。既に夏も終わろうとしており、収穫も近かったから、深い傷にはならずに済んだようであった。
まだ発足してもいない祝田衆から三名が欠け、二名が戦場に出られなくなった。部下を死なせた指揮官として、兵吾は初めて葬礼に出て、遺族に頭を下げた。いっそ責めてくれる遺族の方が、兵吾には楽だった。
それら戦後処理があらかた済んだころ、一門と重臣たちが評議のために集められた。
「まず飯綱殿のことであるが」
龍吾が飯綱に敬称をつけるのは、一座の者ほとんどにとって初めて聞くことであった。
「滅亡とあいなった。飯綱荘には太刀谷の代官が入っておるそうな。いずれ女系の縁ある者を立てて、名を継がせるのであろう」
収穫前の田畑を荒らされ、掠奪されつくした飯綱荘を攻め取りに行こうという者は、誰もいなかった。川向こうで守りにくいと言うだけでなく、防戦で壮年男子がごっそり減った飯綱荘の人的資源は子供と老人と女性ばかりになり、十橋が手に入れても来年の収穫期まで守り抜けるわけがなかった。
譜代のひとりが手を挙げた。
「太刀谷様は何か送ってくださったのですか」
「戦勝祝として、御太刀一腰、御馬一頭」
笠戸亥三郎が暗唱するように答えると、あからさまな苦笑があちこちから聞こえた。他領に迷惑を広げたような立場で、何の迷惑料も払おうとしないのは、おかしい。
いや、むしろ異常である。何人かが口を開こうとしたのを、龍吾が身振りで制しながら、言った。
「先方はそれどころではないのだ。このたび御当主、太刀谷車騎頭殿、にわかの病にて御遠行[=死去]なさった。御嫡男浜千代君の後見として、叔父御の太刀谷刑部小夫殿が立たれた」
ざわめきが収まるのを、龍吾はしばらく待った。そして言った。
「戦費の負担でもめたか、積もり積もったものがあったのか、我等にはあずかり知らぬこと。川向こうはしばらく大荒れとなろう。祝田砦を中心に川岸を固め、我等は新田をしっかりと固めたい。何事も来年の刈り入れの後。いかがか」
誰も異論を述べなかった。
群盗編 了




