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群盗編(2)


 十橋領と飯綱領を分ける投網川は、河口に近く舟なしで渡れないほどの幅であるが、途中に急流や段差があって上下流を結ぶ水運には適さない。そして互いに相当な数の舟を陸上に蓄え、農閑期にどちらかが出兵するだけでなく、ときに小規模な襲撃隊を出した。釣りや投網漁を用心深く行う者はいるものの、双方の村人たちにとって岸辺は危険な場所だった。


 だから、飯綱領に渡った二(そう)の舟から十橋の物見(ものみ)が出て、小集落の様子をうかがおうとしたとき、岸辺の延び始めた(あし)に身をかがめているひとりの少女を見つけたのは、奇異と言ってもよい出来事だった。指揮していた武士は、怯えさせるのもいとわず打刀を抜き放ち、それ以外の者は周囲の異常がないか目と耳を働かせた。罠にしか見えなかった。


「十橋家の方々でしょうか。お願いが……お願いの儀がございます」


 十五には達していまいと言う年恰好に似合わず、大人びた言い方だった。


「……わたくしは、異界の者です」


--------


 連れ帰られた少女の取り調べは、兵吾と鳳吾が中心になることになった。少女の申し立てが真実だとしても、山田花のときと同様、荘にとっては通過していくだけの者になる可能性が高かった。


 少女は転生者であることを隠し、豪農の奴婢として働いてきていた。能力は戦闘に直接使いにくいものであったが、露見するようなこともなく、奴婢の暮らしを少しだけ楽にしてくれた。だがこのところの飯綱家の退潮、そしてその過程で戦死していった火術者の扱いを見て、少女の心に恐怖が宿った。村は重い負担で(すさ)み、奴婢の逃散(ちょうさん)と、その処刑も頻繁になってきた。


 自分が暴力の対象になれば、あからさまに能力を使ってでも逃げねばならず、能力が露見すれば十橋を害するために、生還を期しがたい作戦に使われそうだった。ならばいっそ、十橋に使ってもらった方がまだ、生き残る目がある。そう少女は思ったのだった。


「わたくしを、十橋様で使っていただけませんか。お願いいたします」


 警護の徒士のような顔をして、弥助も少女の話を聞いていた。そして少女が自分の能力について話したとき、兵吾に何か言いたそうな視線を投げた。だから兵吾は、「能力を隠すか、転生者団体に属すか」という二者択一を提示する前に、少女を下がらせて協議の時間を取った。


--------


 再び少女が招じ入れられたとき、鳳吾は露骨に嫌な顔をして、「身共が言うのかよ」と言いたげに兵吾を見たが、兵吾は知らんぷりを決め込んでいた。年下であると、ときに、楽ができる。


「ずっとそなたの力を隠すと約束するのなら……」

「それは嫌でございます。力の限り、定めに抗って見とうございます。飯綱様の術者を退けた十橋様の下でなら、きっと微力なわたくしもお役に立てます」


 年齢が長じてから幼子に転生することも多い……と鳳吾は聞いていた。きっと前生で長いこと、ただの人として外から襲う危難に耐えてきたのであろうと鳳吾は想像した。それならばと腹を決め、鳳吾は先ほどから話し合ったことをぶちまけた。


「先例のないことゆえ、殿様がお許しになるかは分からぬ。だが、そなたがそこまで言うなら、願ってみてもよいことがある。そなたの力、ひとりの術者として組合に入っても、単独ではほとんど力は出まい。我らは術者ではないが、できることを組み合わせて工夫すれば、そなたと共に生き延びていけるやもしれぬ。だが我らでは、そなたが狙われたとき、ろくに守ってはやれぬ。それでも、我らに混じって生きるか」

「ぜひ。ぜひに」


 ごん、と頭を土間に打ち付ける鈍い音がした。少女、藤間(とうま)ひかりが兵吾や弥助の組に内定を勝ち取った瞬間であった。


--------


「弥助。ひかりの何やら覚悟しておる様子、心当たりなどあるか」


 新村の村長役宅での接見を終えて帰ろうとする弥助に、兵吾がそっと近寄った。視界の端では、中村へ帰ろうとする鳳吾が「あとで教えろ」と言いたげに強い視線を兵吾に送っていた。


 長いこと兵吾の世話を焼いていた登紀がそのまま、今の村長に仕えていた。新妻に佐賀家からの奥女中も数名いるのだから、兵吾についてきても仕事がない。だがこのときは、融通を利かせて庭の納屋を密談に使わせてもらえて、ありがたいことであった。


 ふたりは目についた木箱に座った。


「私どもの異界は、ここと比べると安全で、病気や怪我も助かりやすいのです。ここはあっけなく人が死にますし、長命でもございません。その日その日をしのいでいるうち、すぐお迎えがあったのでは、生まれ変わった甲斐がございません」

「弥助もそう思うておるのか」

「かつては、そういう気分もございました。今は、この組が楽しゅうございます」

「生きがいか。立場におのれを合わせるのが、やっとであった。流れに逆ろうて己を立てることに、値打ちがあるかどうかなど、考えたこともなかったな」


 当主の三男として求められることは多く、それをひとつひとつ修めてゆくと、兵吾が選べることはそれほど多くなかった。もちろん龍吾たち親世代から見れば、押しつけを避けてきた(つもりの)事柄もあろうが、本人たちが選べる余地を感じているかは別問題だった。いっそ思い切り不肖(ふしょう)菲才の子で、期待に応えられなければ、別の感じ方をするようになったかもしれないが、兵吾は乗り越えてきた。


「大輪様にお叱りを受けた話、身共はまだ腑に落ちておらぬ。弥助はどう見た」

「まつりごとで何事か成すとなれば、力を求めて群れねばなりませぬ。小異を捨てて大同につくのを堪忍[=我慢]せねばならぬのは、異界もこちらも相違ございません。大輪様は最初から家中一統を率いておられますゆえ、そのような堪忍を己のことと思えぬのでございましょう」

「かというて、大輪様に物申(ものもう)して無事でおれたのは僥倖(ぎょうこう)[=幸運]でしかないからな。身共のごとき只人(ただびと)に、うかつに真似はできぬ」


 くすりと弥助は笑い、兵吾は憮然(ぶぜん)とした顔をして見せたが、ふたりの状況判断に差はなかった。あのとき、兵吾は大輪兼治の誘いに決死の覚悟で逃げを打ったのだし、それは賭けであった。兵吾自身、それが正解だったという確信はなかった。


「我らも人を迎えず生き延び続けること、かないませぬ。ひかり殿を受け入れること、我らの修練にもなると存じます」

「わざと外より人を迎えるは、十橋の採らざるところであった。おそらく身共の生まれるより前から、そうであろう。持たざる(わざ)は、やはり修練せねばならぬかな」

「俺は後から聞いただけですが、一の御方のころはあちこちの生き残りをかき集めて、今の譜代様方がまとまっていったはずです。今後もそういうことは、あるのかもしれません。異界には"建設的赤字部門"なる言葉もございました。大きな商家では、いま損を出していつか大きな利を生むことを誰かが試していなければ、今の稼ぎ頭が稼げなくなったとき行き詰まる……という話であったかと存じます」


 足音がした。早馬があまり速度を落とさず、新村に突っ込んできたようであった。驚き慌てる村人たちの声が、ひづめの音に重なった。常のことではない。「護提様はどちらにおられる」と野太い叫びが聞こえて、兵吾は変事出来(へんじしゅったい)を知った。


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