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鷹狩り編(1)


 その呪具は風鈴に似ていた。丸みを帯びた円錐が下に向けて広がり、緑色だがいくらかの透明さを持っていた。音をかき鳴らすための金具は円錐の内側で見えなかったが、それがもちろん呪具の心臓部に違いなかった。円錐の下から細い紐が下がり、その先に石英らしい光る石がついていた。


「中村と新村の分、ふたつある。死霊術師か、その操る骸が近づくと激しく鳴り、鐘の下にある石がそちらへ向くそうだ」


 龍吾の館で、二郎三郎が送ってきた呪具が、十橋一族の重臣たちに披露されていた。


「一緒にこのようなものが送られてきたが、安東介[鳳吾]には心当たりがあるか」


 龍吾が鳳吾に渡す奉書紙の包みに、「御武具代」と書かれているのは、列席の者にも読めた。包みを解くと、固い音とともに、板の間に黄金の板が落ちた。庶民ならば手にせずに一生を終える者もいたかもしれないが、この場にいるほどの者であれば、それが一両金であることは見当がついた。


「あれか」

「あれだ」

「なんだ」


 鳳吾と兵吾が顔を見合わせて思い当たるので、謙吾がいら立った。鳳吾は、向田甚太が死霊術師を射た矢を、二郎三郎が生き血ごと持って行ってしまったことを一同に説明した。死霊術師を傷つけた矢じりは、いい呪具の材料になりそうである。何に使われるかは考えたくも聞きたくもないが。


「では働き賃も兼ねて、向田に下げ渡すとしよう。せがれ殿の祝いにもなるでな」


 龍吾の言葉に異を唱える者はいなかった。二郎三郎が言った通り、村の安全に役立つ呪具は、買えば高いものであった。それに比べれば一両金など誤差である。包んだ二郎三郎も、そのような大雑把(おおざっぱ)な勘定をしたのであろう。太吉が早瀬家を次ぐことはすでに願い出があり、了承済みであった。


「では、次の議題に移る。藤庵」


「はっ」


 藤庵が書状を取り出し、読み上げ始めたので、一同は大なり小なり、けげんな顔になった。藤庵が取次を務める相手は忍びの里だけだが、その書状は奉書紙としては最低限の品質で、内容もいつも事務的なことばかりである。いま藤庵が持っている書状は、見るからに紙質が良かった。


 差出人は、佐熊南陽府君の老臣(おとな)のひとりだった。佐熊家は大輪家に匹敵する規模を持つ大勢力の主であり、その領土は敦馬国の南端にあり、大輪領とはわずかに接しているが、十橋領とは正反対の位置にあり、交流もない。宛名も「十橋玄武尉殿御侍史(とばしげんぶのじょうどのおんじし)」であり、取次がいないので指定していなかった。


 書状は、「大輪潟西府君から佐熊南陽府君への礼物を運ぶ荷駄隊が十橋領で襲撃を受け、領内に迷惑をかけたと伝え聞いたので、お見舞い申し上げる」といった趣旨のものだった。交流のある家であれば、取次どうしでこう言った、とりたてて用のない近況報告を交わすことはよくあった。だが、わざわざ音信をよこしたのは、理由があるに違いなかった。


「ゆさぶりでありましょう」


 藤庵は静かに言った。それで一同は、あらかじめ龍吾が熟考の上、藤庵にこの一件を預けたと察した。


「先日の襲撃事件、あれは大輪様が我が領で騒ぎを起こさんとしたもの。荷主が大輪様であれば、狙いすまして我が領で一行を襲うこと(あた)います。荷を受け取った後、それを佐熊様が察して、知らせてこられた……と読めまする」


 兵吾に嫁をあてがう厚遇をしておいて、この件では十橋家を圧迫する口実を作ろうとしたことは、一座の多くの者がおぼろげに察した。その対応を話し合うのかと皆が思ったら、すぐ龍吾が言葉を継いだ。


「そして、これだ。主膳」

「はっ」


 謙吾はやはり上等な紙を脇の文台(ぶんだい)から取り上げた。読み上げられた書状は、大輪兼治から龍吾に宛てて、部下の縁者となる兵吾を鷹狩りに招く文面であった。梅雨明けの婚礼の数日後に発たねばならないほど直近の日程であった。


 事態の急転に次ぐ急転に、口を開く者はいなかった。見回してそれを確かめた龍吾は、いつも通りの平静な声で言った。


「この機会にはっきりさせておきたい。もし護提(兵吾)を弥助ごと大輪様が望まれるのであれば、十橋には(あらが)えぬ。だがもちろん、それがよいと思うてはおらぬ」


 兵吾が無言で、老臣たちの方に頭を下げたのは、あらかじめ龍吾が言い渡していたせいであった。鳳吾は目に見えて不機嫌になり、謙吾は悲し気な視線を兵吾に投げた。龍吾は続けた。


「弥助と儀次郎をつけるのは是非もないが、向田甚太を連れてゆくのは許さぬ。早瀬太吉については、好きにいたせ」

「はっ」


 兵吾は頭を下げるしかなかった。兵吾に関心が集まるのも弥助目当てであり、すでに存在が広く漏れてしまった実情があった。だが最近縁の深い向田甚太は、もう十橋の大切な戦力とみなされていたから、渡せないというのである。


「婚礼早々忙しいことだが、太守様(大輪兼治)と一戦交えて参れ。ただし、我らが後詰(ごづめ)はない」

「はっ」


 老臣たちは顔を見合わせ気の毒そうにしてくれたが、それで兵吾の状況が楽になるものでもなかった。厳吾がさらに語り聞かせた相手は、三兄弟よりも一座の一門、老臣たちであったろう。


「一の御方(おんかた)以来、十橋は勝ち負けを繰り返してきた。上手の負けは無理戦(むりいくさ)の勝ちにまさる。護提。若年ながらそなたを大将とする。相手は大輪様ぞ。上手に負けて参れ」


 一の御方は厳吾の祖父で、前大戦のあと荒廃し無住となった中村に、漂泊する一団を率いて住み着いた人物だった。面子を捨てて、もし所望なら兵吾と弥助を大輪兼治に言い値で譲る。だが十橋は何としても生き残る。厳吾はそう宣言した。

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