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婿取り編(1)


 とりあえず矢職人として新村に居ついた向田甚太の息子、太吉は弥助から罠や網の使い方を教わって、少し狩場を譲ってもらったころにはすっかり春になっていた。村に近いところばかり選んで、罠や網を仕掛けさせてくれたのは、狩場への往来が危なくないからだろうと太吉は思っていたが、それだけではなかった。


 鳥がかかれば小さくても上々だったが、さすがに食えない鼠がよく捕まり、いちどだけ(きょん)がかかった。鹿の仲間で、比較的小型である。弥助は解体の仕方を教えようとせず、近くの農家に頼んでそれをやってもらい、肉のいくらかをお礼とするよう言いつけた。太吉はその通りにした。皮は、村に専門の職人がいるので、持って行って任せた。甚太も母も息子の戦果をにこにこと喜んでくれたから、太吉は満足した。


 だが数日経つと、道で挨拶してくれる村人が増えた。よく見ると、甚太や母も声を掛けられていた。農作物を食害する鼠や羌の退治に太吉が貢献し始めたことを、弥助はさりげなく村人に知らせたのである。よそ者一家が避けられているといっても、それは他人事だからであり、他人事は印象で大雑把に判断してしまうのが人というものであった。一頭の羌は、甚太一家への村人の印象を変えた。


 夏に新設する砦に詰める徒士の武器として、破損品の弓修理をやってくれるか……という依頼が甚太に来たのは、その頃であった。村人への信用ができて、武器を任せても反発を食らわない頃合いを、兵吾たちはずっとはかっていたのであった。


--------


「上手いものだなあ。小さなころから習っているのか」


「はい」


「もう俺より上手いよ」


 甚太親子に、弓で狩りをする許可も出た。さっそく繰り出した川原で弥助にほめられて、太吉はうれしそうではなかった。短弓を二本射て片方外した。鴨らしい鳥を射落としたのはいいが、外した矢を回収できないと甚太から大目玉、視点によっては赤字である。そわそわした様子を見て弥助が言った。


「血抜きと(わた)抜きはしておいてやる。矢を探してきなさい」


「はい。失礼いたします」


 弥助は太吉の後姿を見送った。一礼して立ち上がる姿がいちいち物固い。弥助もこの世界の人間をそれほど多く知っているわけではないが、太吉の物腰はどうも猟師ではなく、武士のそれだった。毎日自宅で父母と接している限り、すこし猟師らしくなっても、すぐ武士に戻ってしまうのだろうと弥助は思った。


「さて、太吉はどういう人生が幸せなのか……」


 太吉の遠い背中を見ながら、弥助はつぶやいた。


--------


 大輪家の城下町、村松。そこで一番敷居も値段も高いとされる料理屋で、秋葉屋は客を迎えていた。全転の村松支店長である為吉と、その下で忍び働きをしている彌右衛門である。術者が忍びを雇うことも、その逆も、この世界ではよくあることであった。


 もちろんこの料理屋には大輪家の息がかかっているのだから、隠し部屋のたぐいに今夜忍んでいる連中、普段から雇われている仲居たち、建物に備えられた伝声管や鏡などなど、その存在は招き手も客人も承知であった。くつろいで遊んでいるような顔をしながら、彼らの意識は「仕事中」であり、「大輪家に聞かれて困るような話はしない」ことが暗黙の了解である。それは話す場所をここに決めたときから、共通認識になっていた。


「花さんは筋がいいと教導の者に聞いております。私どもにとって、まことに運のいいことでございました」


「干し海老も安くはありませんからなあ。それは出していただいた甲斐(かい)があって、結構なことでした」


 大輪家に知られていいのは、そこまでである。秋葉屋が大輪家を信じ切っていないこと、大輪家の十橋家への諜報網が最初から機能不全に追い込まれていることは、互いに口に出さなかった。


 秋葉屋仁左衛門からいいつけられた任務のせいで、彌右衛門は他の組織に先駆けて花を確保できた。それは秋葉屋から全転への小さな貸しになる。あとで利子がつく前にさっさと返しておきたいから、全転はちょうど仁左衛門から頼まれた佐賀家からの随行員の身辺調査に合わせ、家族たちに進物を贈って「調べ上げたぞ」と伝えた。


 佐賀家は大輪家に知行地をもらってはいるが、大輪家に命じられた城に一族郎党を引き連れて入り、言われるままに守り戦う立場である。だから十橋家や戸塚家と違って、自分で忍びを雇うことをやめている。部下が個別に忍びを使って脅されることへの対策、いや用心そのものが、もう欠けているのであった。もちろん大輪家は忍びを使っていたが、十橋家の規模だけを見た侮りがあった。


「十橋様は護堤様を武将として遇されることに決めたそうですよ。まあ村長をしていたのは、ご当主一族としての修業のようなものであったのでしょうが」


「大輪様の覚えもめでたいとあらば、そういうことになりましょうな。ささ」


 相槌を打ちながら、為吉が仁左衛門の盃に澄み酒を注ぎ、申し訳のように自分の盃もわずかに満たした。彌右衛門は無視されても平然としていた。上司より酔うわけにもいかないのだし、意識としては仕事中だから飲みたくもない。


「飯綱様がこの秋冬、十橋様に押され気味であったから、十橋様が投網川の近くに砦を築く話があるそうな。そこに徒士の隊を新たに置いて、護堤様がその(おさ)となられるとか」


 為吉は黙って傾聴していた。仁左衛門がこの話を「大輪家に聞かせてやっている」意図が、まだ見えない。


「厳斎様にもお子がおられるゆえ、難しいものです。おそらく投網川に向けて新村の開墾地が広がりましょうな」


 その話が情報の中心らしいとみて、為吉はにこやかに何度もうなずいた。


 厳斎の息子たちは、今は「当主の甥」だが、いずれ「当主の従兄弟」になって血が薄れる。折を見て十橋以外の名字をもらい、譜代衆に加わることになる。番衆の騎兵指揮官に擬した修行を積んできているし、騎兵としての兵吾は特に優れていない。だから厳斎の総司令官兼騎兵隊長としての権限を分け、厳斎の息子たちに騎兵や弓兵を指揮させ、兵吾を総司令官兼歩兵隊長としてゆくのであろう。


 砦といっても、戦える者は常時二十人も詰めればよい方であろうが、軍拡には資金……少なくともその当てが要る。投網川という天然の領境を変えるわけではないが、最近の優勢と新しい砦の力で、そのぎりぎりまで生産にあてて国力としようというのであった。


 こうやって、無償で大輪家にいくらか情報の切れ端を与えることが、仁左衛門の保身であった。


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