帝都オリオン3
「軒並みのセリフは要らないさ。救ってやるだの。一緒にいてやるだの。あんな甘ったるいのはまっぴらごめんだね。」
彼女の瞳は冷ややかだった。
「あんたがどんな罪を背負っているかは知らないけども、1つ約束出来ることがある。」
「へー面白い。どんな約束だ。」
息を吸い込む。
「……強くなったあかつきには、俺があんたをさばいてやるよ。覚悟しやがれ!!しっかり鍛えあげないと討ち損じるぜ!!」
しゅびっと指を指し、キランと歯を輝かせていう。ああ、俺は弱いからな。勇者がいいそうなセリフは言えそうもない。このお姉さんはさちよさんクラスの強い人だ。守ってやる的なこと言えるわけない。
「…………はっ、ガッハッハッ!!!」
ひとしきり笑ったあと、彼女はため息をついて、一言。
「……不合格だ、死んで、我が糧となれ」
「ひ、ご、ごめ…」
杖に炎が灯り、両腕が赤く染まる。あ、あ、選択を間違えたか?だが、一歩踏み出し、怯まず続ける。出かけた言葉を飲み込む。ここで引いちゃダメだ。
「いいや!死なないね!!あんたが俺を鍛えあげるんだ!あんたの罪の重さの分な。自分が許せないんだろ?償いたいって思ってんだろ?だったら、俺が裁きをくだしてやるよ!おれは弱いぜ!めちゃくちゃ弱い!村の子供にだって、腕相撲で勝てたことない!さぁ、おれには伸び代しかないんだ!覚悟しやがれ!!」
眼前まで迫った燃える拳がピタリと止まる。
「……は!威張って言うことかい」
「どうだ。強くしなくちゃ。あんたを罰することができないぞ」
「……はっ。罰せられる方が好きそうな顔してよく言うぜ」
「……ふ、ふん。」
な、なぜバレたし!!!!
「まぁ、……いいだろう。お前の誘い文句に乗ってやろう。ったく。旦那以来だよそんな馬鹿な誘い方してきたのは」
彼女は少し笑った。
「旦那さん……」
「あぁ、」
遠い目をする彼女。何かまずいことを聞いてしまったか?彼女の罪は旦那さんに関係するとか。
「今頃5人いる妻の誰かとよろしくやってんだろうよ」
「どんな奴だよ。1回ぶん殴らせろ。そんなうらやまけしからんやつ」
「人の旦那を殴ろうとすな。いいだろう。外出るぞ」
地上への階段を登りながら彼女は尋ねる。
「魔道士が強くなるためにはどうすればいいかわかるか?」
「魔力を増やすとかですか?」
「まぁ、それもあるが、魔力を増やすには時間がかかる。魔道士が強くなるためには杖の理解度をあげることさ。何ができるか、どう使うか。坊や、君はその黒い杖を正直どう思う?」
「クソ重たい杖……ですかね」
「がっかりだよ……神級の杖も坊やにとってはそんなもんか。」
彼女は角を擦りながら思い出すように言う。片方の角は途中で欠けていた。
「巫女の嬢ちゃんは特別な力をいくつか持っていた。ケツから杖を出す力、口から聖剣を出す力、手から魔道具を出す力、体液が魔法液になる力。だが、これらの力は冒険の中で発現していった力だった。だがもっぱら、1番初めに手に入れた黒い杖を使うことを好んだ。」
「この杖を使いこなしていたと言いたいんですか?」
「そうだ。長い旅で試行錯誤して、扱えるようになっていった。かつての魔王の幹部を倒せるくらいな。」
「おれにはそんな時間は」
「分かってるさ。1から作り出すのと、習うのでは習得の時間は全然違う。さらに実践の中、手合わせ。いや、殺し合いの中なら尚更な。」
「だから、おれには時間が」
地上に着くや彼女はおれに杖を向けた。
「そうだ。時間だ。特級魔法『丑三時』。あたしは一日に30分だけ時間を操ることができる。空中から、落ちるお前を掴んだのも、その魔法を使ったからだ。今から、30分いや、さっきのこともあるから、もう少し短い。できるだけ長くお前の時間を引き伸ばす。体感時間としては三日分だ。その間に、強くなれ。あたしの記憶の中の巫女と戦わせてやる。」
彼女は懐から人形を取り出す。そして、ぶつぶつ呟きだした。
「空器古魂黄金巫女戦闘記憶投射黒杖……」
「……」
「神、様?」
見覚えのある金髪の少女がいた。だが衣装はワンピースではなく、日本の巫女衣装に近く、赤色の変わりに金色の刺し色があった。うっすらと体は透けており、中心には先ほどの人形の依代があった。彼女は静かに杖を構える。黒い杖だ。
「さぁ、坊や。ステップ1だ。魔法の雨をよけながら、巫女に黒い杖を押し当て魔法を解除しな。そしたら次のステップだ。彼女の持つ杖は、魔呪具だ。お前の杖の下位互換版だと思ってくれ。気張れよ。……ねうしとらうたつみうまひつじさるとりいぬい……時を司る獣よ、時を切り取り引き延ばせ……『丑三時』」
降り注ぐ雷や雨や炎が、次第に落ちる速度を遅める。角のお姉さんも動作がゆっくりだった。だが、俺と巫女だけが普通に動いている。いや、違うな。俺たちだけ時間が早いんだ。
「いくぞ!」
降り注ぐ炎や雷を避けながら巫女に接近する。距離は10メートルほど。こんだけ遅ければ、空の魔力を感じ取れば、なんとか避けながら進める。
「乙女座」
女体化し、身体を小さく、そして、しなやかにさせる。力は出ないがこっちの身体の方が、回避能力が高い。
美しく無表情な巫女がゆったりと杖を振り上げると、体が見えない力で引っ張られる。
「黒濁の舞『吸』」
1本吊りされるように身体が浮き上がる。
「うぉ!」
自分自身にも「丑三つ時」をかけたお姉さんの声が頭に響く
「1度に打ち消せれる領域は自在に変えられる。細く長くすれば、魔力の吸引力は上がる。魔力を含んだ物体をひきよせるくらいにな」
予想外の攻撃に驚くも目の前の雷を体を捻りなんとか躱す。黒い杖を出す訳にはいかない。課題こそあれだが、重さで動けなくなるのはこの場ではハンデになる。
彼女はその場でくるりくるりと回る。なにかしてくる。
「水瓶座!射手座!」
水弾を打ち込み牽制する。
「杖を重くしてやれば」
たとえ防御されようが動きが鈍るはず。
「それは悪手だ」
「黒濁の舞・『重』」
しゅん!
ぶん!!
ズン!!!
こちらの魔力を吸収する。3回転した彼女の杖は回る度に水弾を吸収し大きくなるオーラをまとっていた。そして、彼女はそれをそのまま振り下ろす。空中で身動きがとれない。
「!!!!」
衝撃とともに地面に叩きつけられる。
ぱんっという拍手の音とともに現実に戻される。
「双子座を使うなら並列処理能力も上がっているはずだ。女の脳はそういうのも得意だ。人体について学べ。水瓶座はたしかに魔力量が増えるがばら撒くだけだとすぐガス欠になる。相手が処理しにくい2箇所以上に同時に着弾するようにしろ。射手座は目で追うな。撃ちたい対象を魔力とイメージで捕らえろ」
アドバイスが次々におくられる。矢継ぎ早の情報に頭が追いつかない。
「おいしっかりしな……通常時の黒い杖の使い方はシンプルだ。魔力を吸い無効化し、重い杖を叩き込む。いま、お前が身につけるべき力は、杖を持ち上げれる身体強化、重量増やすタイミングを見る目。魔力を吸う範囲の調整だ。よく覚えておけ。魔装でも出来れば早いんだが」
「っ!だから、魔装を」
「さちよはそう考えていたみたいだな。だが、まずは赤の身体強化魔法を会得してもらう。赤の身体強化は体の内側で行なわれる。黒い杖の影響が少ない。併用が可能になるだろう。それに魔装を会得するよりも身体強化魔法のほうが早い。
体内の魔力を感知し、その流れを早く巡るようにしろ。あとは、強く早く動かしたいところに魔力を集中させろ。早く構えろよ。死ぬぞ」
巫女がこちらに突っ込んでくる。
「早っ」
「赤の歩法だ。着地と同時に足の魔力を高め脚力を上げて、地面を強くけることで、移動速度を早めてる。はよ行け」
繰り広げられる戦闘を見ながら呟く。
「……ステップ2なんか無い。あとはあいつの努力とセンス次第だな」
「さすがだな。黒い杖を学ばせると言って実際は天上の杖の扱い方をレクチャーか。よく引受ける気になったな」
若い男の声が聴こえる。
「別に少年、君の提案に乗ったわけではないさ。面白い坊やだったからさ。実践の中で得るものは大きい。巫女の使い方を躱すうちに、黒い杖の力は身につけるだろうさ。だったら、その間天上の杖を使わせて、魔力操作をなれさせるほうがよいだろう。そもそも赤の体術は、魔装を習得出来なかったさちよが魔装使いたちと渡り合うために編み出してたからな。赤を極めれば魔装にいきつく。ここの空気中の魔力量は、半端じゃない。普段はできない魔装もしやすい。きっかけがあれば、魔装すらできるようになるかもな」
彼女の懐には、白い仮面が入っていた。そこから声がしていた。
「いいのか?この30分で坊やは少年、君より強くなるかもよ」
「はっは。ないさ。まだ魔装も杖の対話もできてないひよっこ冒険者に負けることなんか万にひとつも無い。なに、単純に競走相手に張合いがなかったらつまらないだろ?」
「旦那が聞いたらなんていうか」
「さてな。あいつなら千尋の谷に突き落とすんじゃないか」
「……ちがいない。なぁ、坊やは少年に似てるよな。兄弟か?」
「いいや、あいつはもうひとつの可能性さ」
帝都の第二王女は何かに気づいたように駆け出した。
「も、も、もしかして、しょ、しょーぐんちゃん」
「あ、王女ちゃん」
2人は駆け寄ると手をとりあってクルクルと回転しはじめる。
「こないだの最新話見ましたか?夕日をバックに走り去った2人の背中。あれは春風先生の処女作、港に向かってドロップキックのラストシーンのオマージュ。健太と撫子の関係を暗に示しているのでしょう。友人よりも1歩進みたい撫子に無頓着な健太。イライラしてしまい、鯖缶片手に撫子がドロップキックをかましたのは痛快でした!!」
さきほどまでの口調とは打って変わって流暢に語り出す。
「みたでござる。みたでござる!けんなでのカップリングは正に王道!わかる!わかるでござる。だけど拙者はあえて、ひろしを推したい。健太が無頓着であるのはひろしが代弁してくれるからの安心感。幼なじみというアドバンテージを最大限に生かしてほしいでござる。今回の話で、なぜ、ひろしがスルメを依代に召喚魔法をかけていたのか。なぜ大天使ちくわぶを選んだのかが読み取れるでござる」
周りの視線が突き刺さる。何を言ってるんだ。
「最近人気の春風っつう作家の書いてる恋愛小説、おしりに刺すなら、杖かバラか の話だな。通称つえばら。だな。」
「は!」
「は!」
「あー積もる話があるようなら、行ってきていいですよ。お姉様」
「え、あ、その、」
「い、いいんでござるか?」
「あぁ、行ってこい。なぁ、王女さんいいだろ。あの宿に泊まるからあとで来いよ」
「それでしたら是非王宮のほうで」
「え、」
「ぜひ」
彼女は笑ったあと、カリンを手招きして呼ぶ。
声を潜めて言った。
「あなた方が本当の勇者様方なんでしょ?」
彼女はウインクをした。