帝都オリオン2
「勇者?!アイツが!無事だったんだ!!」
駆け出そうとしたカリンをすかさず止める。
「どうどうっす。いまカリンさんが勇者なんすから。どうするっすか?」
「話に乗っかる方がスムーズそうだ。ったくどこの馬鹿だ?」
「ささっこちらのリフトにお乗り下さい」
頭上から響く女性の声が促すままに丸い形の台に乗り込む。
「あ、あとそちらの腕輪を着用ください」
「これは?」
台の上には机があり、金の腕輪が10個ほど置いてあった。
「魔力を抑える腕輪です。我が国では防犯上つけて頂きたく」
「……アン、観てくれ」
アンはルーペを出して、腕輪を見る。
「これは魔呪具の類いだね。表面には魔力を放出するように呪印が彫られていて、内側は魔力を吸収するよう彫られているようだ」
「ご慧眼ですな。我が国の住民は皆これをつけております。命を奪うものではありません。」
「理由は」
「この地には魔王の呪いが色濃く残っており、どんどん魔力が大地に吸われていきます。国を浮かせ、大地から離れていても、影響からはまぬがれません。なので、国民から集めて空気中に放出することで、国内では魔法を使えるようにしております」
「なるほど」
「危険性はないのですか?」
「あなた方が犯罪を起こさない限りは大丈夫です」
「もし犯罪を犯した場合はどうなるんすか?」
「なに。他の国と同じです。罪の重さによりますがだいたいは投獄されるか、強制労働か、ですね。勇者様のお仲間が犯罪を犯すとは思いがたく。」
手に取ると見た目ほど重くは無かった。
「カリン」
さちよは軽く呼びかけ手招きする。アンは質問する。
「あたしが前にこの国に来た時はこんなものはなかったんだが?」
「旧王政の時ですね。あの頃は犯罪率も高かったですね。ですが、この腕輪を導入以降犯罪率は低下しました。やはり、みなで国を支えるという連帯感が大事ってことですね」
「これはいつ外されますか」
「出国時に外されます。出立予定はいつですか?」
アンはさちよと目配せをし、こう告げた。
「身体を休めたら出立したいので、1日ほど」
「わかりました。ようこそ帝都オリオンへ。歓迎いたします」
全員の腕に金の腕輪があることが確認されると、ゆっくりと台があがっていく。
シャボン玉の膜が近づき、冷たいプルプルとした膜を通り過ぎる。
シャボン玉の中には街があった。屋根は赤土によって作られた瓦が敷き詰められており、家々の白い壁色とよくマッチしていた。
「はやく、はやく、アイツを」
「ガッハッハッ!焦っても魔王は逃げやしねーよ勇者様。」
「いや、違っ」
「カリン。国の中に入ったんだ。覚悟を決めろ」
街の人々はそれぞれ腕輪をしており、魔法を使っている。
「ん、なんだい?杖を使わないのかい?」
腕をかざして、畑に水をまく様子が見られた。ほかの場所では露天商が野菜を浮かせ、商売をしている。いずれも杖はない。
「杖は呪いを受けたものの補助具としての意味合いが強いのです。簡単な生活魔法は腕輪で十分になりました」
声は聞こえたが、今度は肉声だった。
「ようこそおいで下さいました。勇者様の御一行様。私、第三王女のレオ=ミンタカと申します。どうぞよろしくお願い致します。旅の疲れを癒してください。」
薄緑のドレスに向こうが透けるようなガーディガンを羽織っている。白い肌に金髪。落ち着いていて清楚で優しい印象を受ける。第1王女とはえらい違いだ。
「もっと、ゴリラみたいな方だと思っていた……」
「ば、ばか!」
王女はカリンの超失礼な一言を笑って受け流す。
「ふふふ、第1王女のアルニタスに会われたことがおありでしたか?私たち姉妹はみんな母が違うのです。父には5人の妻がいます。」
別に第1王女がゴリラとは言ってないんだが。あまりつっこまないほうが良さそうだ。性格こそあれだが、みんな顔立ちが整ってるな。
「こ、こ、こ、こんにちは。だ、第二王女のれ、レオ、あ、アルニラム。よろしく」
その王女は丸いメガネをかけて紫色のくすんだドレスに白衣を着ていた。王女と言われて驚く。
ボサボサした黒髪。白衣は様々な薬品の色で染まっていた。
「あ、改めてよ、よ、ようこそ帝都、お、オリオンへ」
王女直々の御出迎え。とてもクーデターが起こったばかりの国には思えない。
「ね、ねぇ、さちよさん」
そでをひっぱるカリンを目線で黙らせて、一行は王女について行った。
俺は謎の女性に促されるまま、地面に開けられた穴に連れ去られる。
「これは。」
「早く入りな」
うっすらとだが、神様のいた天上の間にあった扉の気配。圧迫するような重い魔力。
「どういうことですか??!何で、この魔力の感じ、魔王」
「へぇ。わかるかい。坊や。いまや大陸で、魔王の魔力に覚えがある者は両の手ほどもいないのに」壁が脈打っている。見えない手で掴まれているようで足がすくむ。
「安心しな。ここにあるのは、意思の無いただの魔王の1片さ。まだな」
気味の悪い脈打つ黒い大地の下へ潜っていくと、壁の色が徐々に白く変わっていく。少し歩くと1部屋程のこじんまりした空間があった。
横になるスペース。燃えカスのある台など。簡易的な生活の場のようだ。
「まぁ、腰掛けな」
「は、はぁ」
とりあえず、ベッドのような場所に腰掛ける。固い。杖を振り彼女は湯を沸かし茶を入れる。
「坊や、仲間はどこにいるんだ」
「帝都に向かっている、はずです。」
「……帝都か。一体何をしに?」
これは答えていいのか?謎の傷だらけの角の生えた美女。ムチで叩かれたい。いや、早くみんなの元に行かなくては。
「えっと、依頼があって。クーデターを調べに」
「はぁ、耳が早いな。100人の魔法少女たちの中には『千里眼』もいるだろうに。坊や。嵌められたね。No.2のことだ。大方、厄介なヤツらをまとめて処分でも、するつもりだったんだろ。今帝都にいくのは止めておいたほうがいい」
「クーデターがあって、き、危険だからですか?」
「いや、クーデター自体はあっさりすんだんだよ。王と王妃が国を出てっておしまいだ。戦闘は行われず、国内は今まで通りさ。」
「じゃあ、止めておいたほうがいいってのは。」
「実力不足だ」
杖でお茶の葉をつっつきながら事も無げに言い放った。
「なっ」
「帝都は軍事国家だ。平時はそれぞれがそれぞれの暮らしをしているが、全員が屈強な兵士だ。おまえじゃ花屋のお嬢さんにもかてねーよ。ましてや、王宮の兵士たちは魔法少女でいう30番台クラスがうじゃうじゃいやがる。生きて帰れないさ。今ごろお仲間たちは捕まって投獄されているだろう」
「は、早く助けないと」
「待て待て、どうやってここを抜けるんだ。」
「黒い杖で魔法を打ち消しながら行くさ」
「お前。『黒濁』の扱いすら満足じゃねーだろうが。さっきの落下速度。黒い杖のせいだろ」
彼女は言ったが、同時にしまったという顔にもなった。
「『黒濁』?あんたこの杖のことを知ってんのか?」
一瞬躊躇っていたが、話し始めた。
「……まぁな。前の使い手を少しな。黄金の巫女って呼ばれていた奴さ。『黒濁』と『白純』って名前の一対の黒い杖と白い杖を使ってた。」
前任者である女神のこと……か?巫女と女神は同一人物なのか?だが、貴重な情報だ。
「その戦い方を教えてくれないか」
「…坊や。戦い方を知ってどうする。わたしは罪人。この地で死を待つばかりのな。そんな輩に教えをこうか?私自身この地を抜けでるのが困難なのに」
「困難なだけで不可能ってわけじゃないんだろ?こっちは時間が無いし、普通の方法じゃ強くなれないことも分かってる。あんたが俺を助けたのも、俺の杖の力が必要だから、なんだろ」
「へ~ただの夢見がちなガキってわけじゃないのか。俺の力って言わないところも現実をよく見てるじゃないか。教えてやらん訳では無いが、ただってわけじゃいかないがね」
少し悩む。路銀はあったが、落下中にどっかにいってしまった。
「俺の杖はどうだ?」
「はっ。生憎自分の杖は自分に合ったもんがあるんでな。」
「…………これを担保に少し時間をくれないか」
三羽烏の兄からもらった黒い指輪。
「価値があるはずだ。……人からの預かりもんで、大事なもんだ。だからあんたが納得できる金が溜まるまで、それを預かってもらえないか。」
「ガッハッハッ!なんだ。その提案は!あての無いものを信用しろと?さっき会ったばかりの人間に?馬鹿か」
ちらりと見せられた。漆黒のリング。彼女は興味を示さない。
「これはその人が懸命に稼いで手に入れたもんだ。価値がないとは言わせない。あんたも俺の力が必要なんだろ?いいのか?思い知ることになるぜ」
息を吸い込み彼女を真っ直ぐ見つめる。肝心の彼女は魔炎をお手玉にして、遊んでいる。
「俺はあっさり自分が犬死する自信がある。だから俺を助けないと、あんたの望みは叶わないぞ」
火を弄んでいた彼女はこっちを向いて目をぱちくりさせた。
「ぷっ……ガッハッハッ!どんな脅し文句なんだよ!ハッハッ!!」
「あとはあんたの罪だ…」
ぴくりと彼女の耳が動く。
「坊や」
彼女の赤い杖がいつの間にかこちらに向いていた。
「……言葉を選んで話せ」
「選ばねーよ。選んでたら嘘になっちまうだろうが」