ケツから火が出る五秒前 1
暗闇に浮かび上がる満天の星空
封印の星々が空を彩る。
透明な壁で遮られた少年と少女
心音のようなどんどんっという音が無限の空間に静かに響いていた。
「じゃ、じゃあ、おれはなんでそこにいたんだよ。異世界、日本で、あんたを助けて死んだから、おれはアナホリーダに来たんじゃないのかよ」
しばらく少女は黙っていた。それから、意を決してゆっくりと口を開いた。
「………それは、お前がここで生まれたからじゃ」
「…は?」
「…入ることはできない。ただ元々ここにあるものが出ることはそこまで難しいわけではない。」
「は、いや、だって、おれは日本で生まれ育って」
「日本のどこで生まれたんじゃ?」
「日本の広島だよ」
「広島のどこじゃ?」
「広島は広島だろ?日・本・の・国・の・広・島・っ・て・村・だ・よ。そんなに細かく説明できるかよ」
「そなたのその発言が全てじゃ」
「は?何を言ってる」
「広島っていう村はない。話してる言語はこちらの世界の言葉、物事の認識はあちらの世界。ベースとしたのが、日本出身のアイツだったから。ねじれてしまったみたいじゃな。」
少女は至極当たり前のように言った。
「は?何言ってんだよ?」
頭の中が混乱している。おれには日本での日々を覚えている。朝起こしにくる幼なじみ。気が強い女生徒会長。おっとり系眼鏡図書委員。人間関係だってちゃんとある。
「…普通にドン引きなんじゃが」
「頭の中を見るんじゃねーよっ!じゃ、じゃあお好み焼きって食べ物はあるだろ?」
「ある。じゃが、それ以外に何か料理を言えるか?」
「あ、ばかに、するなよ。」
「…話すつもりはあまり無かった。しかし、そうも言っておれんな。ここまで来てしまった。来れてしまったからには、やつも、そのうち」
「…思い……つかない、」
「お前はワシらが作り出した。戦い、負けて、死んでしまった勇者を元に。」
「…おいおい。おれは勇者なんかじゃねーぞ!魔力はなくて、とてもじゃないが、魔王なんてもんと引き分けれるわけない!ケツから杖が出る勇者がどこにいる。勝てるか!」
口調が荒ぶる。じゃあなんだ?おれは選ばれた勇者なのか!!
「…あぁ、今のお前なんざ、2秒でちりじゃの。」
「ちり…」
「自惚れぬな。古今東西勇者と呼ばれる人間は並々ならぬ運と恵まれた環境と、不屈な精神がなきゃなれぬよ」
彼女は険しい顔をしてこちらを見る。
「異世界人の少年。勇者と呼ばれることになる子どもは日本の少年だった。魔力のない少年を不憫に思い、わしの口から剣がでる力を与えたのが、いけなかった。わしはただアナホリーダで暮らすための力となればと。魔力は少なかったが、彼は奇抜な発想で、次々に力を得ていった。はじめは人助け、それが依頼にかわり、国の事業、打倒魔王という人類の悲願へと形を変えていったのじゃ。」
ドンドンという音が響く。
「やつは負けて死に、魂は転生…。元勇者は時間を超えて、アナホリーダの人間に転生したようじゃ。わたしは、さちよの赫を真似て、勇者の複製を作った。」
「…」
「じゃが、わしでは異世界の魔法を完全に真似ることは出来なかった。力も記憶もはりつけてあるだけ、片鱗はない。じゃが、わしはそれでも良かった。すがりたかった。」
「じゃ、じゃあ、なんだ?おれは、おまえの寂しさをまぎらわせるためのお人形だったってことかよ!!」
「それは少しちがう」
「何が違うんだってんだよ」
彼女は後ろを見る。
彼女の後ろには、さらに巨大なドス黒いとびら。見上げるほど巨大なとびら。そこからドンドンと扉を叩く音が聞こえる。
おれでも、わかる。魔力を感じれるようになった自分は、圧倒的で絶対的な魔力が漏れ出てるのを肌でかんじとる。全身の毛が逆立つのを感じた。
あれは開けちゃダメな奴だ。
「なぁ、神様。あれはなんだ」
「…魔王じゃ、先代魔王」
ま、おう。
「魔王は死んだんじゃないのかよ!」
この世界に来て、聞いた魔王の話。おとぎ話ではなく、カリンたちから聞かされる実体験から来る話は、自分でも恐怖を感じるものだった。住む場所を破壊され、家族は引き裂かれ、残忍な魔物たちが自由に闊歩する世界。
かたわらに世界をほろぼしかけた化け物がいる。
こんなところにずっと1人でいるのか
「勇者と相討ちになったんじゃないのかよ」
「相討ち、とは言い難いのぅ。勇者の文字通り魂をかけて放った一撃は深刻なダメージを与えたが、魔王を倒し切ることは出来なかった。奴は魔力を回収するための呪いを世界に撒き散らし、復活を待っている。勇者を失ったわしらのパーティは散り散りに。死にかけの中最後の力を振り絞って魔王をここに封印したからのぅ。この拮抗状態でさえ、奇跡なのじゃ」
「あれ、が、出ないようにしてるのか?」
神様はずっとこのプレッシャーの中で?ずっと。傍らに魔王がいるこの場所で。
「まぁ、のう。封印は常に壊され続けてるし、貼り直すたびにこの空間に来るには、骨が折れるからの。余程のことがない限りここを離れるつもりはない。こちらに来るには天上の杖に選ばれた人間しかおらんしな。日々の日課みたいなもんじゃ。かっかっか。まぁ、来訪者が現れるとは思わなかった。」
「……おれも杖に選ばれた人間ということか。いや、人間ではないか」
自嘲気味に笑う。
「わしはな。お前から杖を回収した時、返すつもりは無かった。この地に入るための鍵となる杖を封印したまま、人知れずひっそりと暮らしてほしかった。」
「でも、おれは黒い杖を返してもらったぞ?」
「白い仮面の魔導師。あやつは強かった。わしの杖は奪われ、お前に1本奴に1本。封印を解くための導きの杖もおそらくあの白い仮面の男に狙われておる。」
「なんで封印してるものをあける鍵があるんだよ」
「いつか倒さないといけないからじゃ」
「…あれを、たおす」
「わしが、ここで、封印のもつれを直し続けている。じゃが、徐々に力は強くなっている。いまも、アナホリーダ中の呪いから魔力を集め続けている。いづれ封印は破られてしまうじゃろう」
「おれに倒せってのか」
「無理じゃの。」
「やってみないのに分かんのかよ」
「貴様のように、魔力もなく、運動も出来ず、頭も悪い。背は低く、お世辞にも男前とも言えず、パッとしたところはかけらもない。」
「泣くぞ!!」
「お前が何を考えてるかは分かる。だが、お前には無理じゃ。」
「あんたはこのまま、やつが目覚めるのを待つつもりか?タダじゃ済まないはずだ。一緒に俺と来いよ。おれは人間じゃないんだろ?あんたも人間じゃないはずだ。一緒に生きれるはずだ」
「わしはここにいる。誘いは嬉しかったぞ。なぁ、泣きそうな顔をするな」
「なぁ、名前のないおれは、どうやって生きていけばいいんだよ」
「自由に生きろ。ケツの杖はポンポンと渡すな。黒い杖は土に埋めて忘れてしまえ。……次魔王が目を覚ましたときには、世界は終わる。わしが長引かせている間、心穏やかに暮らせ。それがせめて、勝手に生み出したわしの責務じゃ」
「まっ」
「お前の身体が史上最大のピンチじゃ。早く目を覚ませ」