蒼と赫1
吸い込まれるように大剣は『蒼豹』の首に振り下ろされる。
ここまで……か。呪いに殺されると思っていたのに。まさかこんな幕引きだとはな。わたしの人生。
無意味だった。
生まれてすぐに、呪いにかかっていることが分かり、母とわたしは村を追われた。廃城に身を隠し、発作に怯える日々。雪女退治にきたという勇者たちと出会い、旅をした。楽しかった。痛い思いも苦しい思いも辛い思いもしただけど仲間がいて楽しかった。魔王の根城に近づくにつれ、呪いが強まっていった。ある街で少女に出会った。彼女は行きたがっていた。生きたがっていた。こんな世の中でだ。彼女を理解できず、観察するため勇者たちと別れた。
ガブコや他の子供たちを世話をしながら、彼らの活躍を耳にした。伝え聞くのは、尾ひれがついた美談ばかり。彼らはそんなに上品な連中ではない。そんな最中、勇者が魔王と相打ちになり、勇者や仲間を失ったことが伝えられた。相打ち?いや、違う。わたしの呪いは消えてない。魔王は生きている。備えなければ。必死だった。よりつよい魔法少女を。たくさん集めなければ。わたしと同じような境遇の子供たちがより増えてしまう。今いる子たちを犠牲にしてでも。
結局、わたしは間に合わなかった。
多くの者を傷つけてなお、何も成し遂げれなかった。
「…………………………………?」
一考として痛みを感じない。いや、全身の痛みはある。だが、首には何も。
「…させるか、先生を殺させるかぁ!!」
『氷牙』の叫びに我に返される。
『氷牙』だけじゃない。『氷骨』『氷脚』も魔法を展開し、白仮面の大剣が振り下ろそうとしているのをギリギリのところで止める。『氷骨』は地面から氷の柱を出し、『氷脚』も片足に氷を纏い、『氷牙』と一緒に大剣を止めている。
「早く連れてけ!先生を死なすんじゃねぇぞ」
「邪魔ぁ、すんなよ、しゃらくせぇ!」
魔力をすでに吸われてた彼女たちの決死の行動だった。魔法は不完全、魔力もない。脱力感と痛みに体を襲われながらの行動だった。
「一点に集中させろ、魔法は不完全でもいい!一瞬にかけろ!」
「足止めを!時間を稼ぐんだ!!」
彼女たちは力を振り絞り、妨害をしかける。
「……こんな、魔法で、俺様が止められっかよ!!」
大剣を振るい魔法を振り払う。怒りなのかなんなのか、声が震えている。
「まだだ!諦めるな。多段的に仕掛けろ!!奴は1人だ!」
「お前たち、こいつに利用されてるだけだぜ。どっから湧いたか知らねぇが。大人しく地面に転がってろ」
「うるさい!!蒼豹さんは、先生は、私たちの呪いを引き受けてくれた命の恩人だ!!」
「そうだ!先生の呪いが進行するのに、それでも私たちのために」
「…なるほどな。呪いの相殺効果か。毒を以て毒を制すってわけか。だから、共鳴魔法が使えたのか。呪いを絆にしたっつうことか?それはこいつ自身のためにもなるんだぜ?呪いを切り分けて減らしてるんだからよぉ。」
ああやつの言う通りだ。
「だったら、なんだ!わたしたちの絶望を知らないお前には滑稽に映るだろう。でもな!それでも、手を差し伸べてくれたことには変わりない。生かしてくれたこと、学ばせてくれたこと。感謝してるんだ!!」
「……っ!!」
「滑稽?…笑わないぜ。あぁ、俺様は笑わない。」
大剣を振り抜き、魔力を解放する。いまだ、底は見えない。
輝く7色の炎を大剣に纏わせ、言い放つ。
「ただ、蹂躙するだけだ。想いも、覚悟も、俺様のために」
大剣が勢いよく振り下ろされた。
コロシアムでヒソヒソと小声で話す声が聞こえる。
「行かしてくれっす!!」「ばか!今行ったら台無しになるだろうが!」「…こらえてよ。私だって我慢してるんだから。」
「あ、あんたたちなんて礼をいったらいいか。」「動かないでよ。わたしの魔法は姿を変えるだけなんだから」
ヒソヒソ声はコロシアムの瓦礫から聞こえてくる。観客たちや魔法少女たちは、運び出された訳ではなかった。氷の殻に保護され、瓦礫に姿をカモフラージュされていた。
「助けて……先生を、助けて」
一人の魔法少女が言う。涙ぐんだ声で。かすれる声で。
「悪いな。まだ、助けないといけない人たちがいる。俺達にはあのレベルの魔法戦にはついてけねーよ」
「…っ」
「…まぁ、俺たちには、な」
杖職人はにやりと笑いかけた。
「大丈夫だ。あんたは自分の心配してな。」
元生徒たちの抵抗を振り払い、『蒼豹』にトドメをさそうとした『壱』の大剣を、赫色の流星がはじく。
「……赤鷹翼撃!!」
「…っ!!次々と、なんだっ?!」
フードを被った人物がそこに現れた。
「『赫連鎖』脚力、背筋、胸筋、腕力順番に2倍にしたぜ。うらあああ!」
大剣を弾かれて手を押さえていた仮面の男を、タックルする形で腰を掴み上げる。
「ぐ、この、」
「どっせぇい!!」
コロシアムの端に向かって投げ飛ばす。
「ガーハッハッハッ!ギリギリセーフだったな!さっすが、あたしだぜ!!よぉ!生きてるか?」
豪快な笑い声がコロシアムに響く。No.11『赫鷲』さちよ。異世界の魔法少女。長い燃えるような赫髪が視界の端に見える。にかっと彼女は『蒼豹』に笑いかける。
「さっきよりも死にそうじゃねーか!?ガーハッハッハッ!タイミング良すぎて、震えたか?」
「…さ、ちよ…?」
「そこで倒れてな。あいつはわたしが叩き潰す」
指をペキペキならして、彼女は言う。
「いや待、て。観客や、魔法少女たちを、助けてくれ」
「やだね。友達殺されかけて、黙っとくのはあたしの流儀じゃねぇ」
殺気立った魔力を放つ。
「……なんでもする!頼む!!」
「いま、なんでもっていったか?」
赤鷲の目の色が変わる。
「あ、ああ」
「なんでも?!じゃあ、王都のグルメ食べ放題がい
いか?いや、豪華な別荘か?ガッハッハッ!夢が膨らむぜ!」
「…なんでもだ。頼む。私にできることなら」
「ガッハッハッ!あ、まずは私に恩赦をくれよ。あたしを自由にしろ」
「…分かった」
解呪の手印を結ぶ。首に刻まれていた印がなくなる。
「よっしゃあ!てめぇ、絶対飯の件も覚えけよ!あたしは、めちゃくちゃ喰うぜ!ガッハッハッ!」
ひとしきり笑ったあと、頭をぽんと乗せて囁く。
「…だから、それまで、死ぬんじゃねーぞ!!」
白仮面に向き直る。長い髪をまとめ、赤い杖をかんざしがわりに刺す。
「俺の筋書きじゃあ。お前は杖職人の少年を介抱してるはずなんだが。」
「ガッハッハッ。あんたの筋書き通りにいく、さちよさんじゃあねーぜ!少年は、元気な成長期!唾つけときゃ治るさ!ガッハッハッ!」
「いや、凍ってたよな。あいつも大事なピースなんだが。死なねーよな。さちよ!悪いが、お前はお呼びじゃないんだが?」
「つれねーこと言うなよ。なーんで、そんなに馴れ馴れしく名前呼びなんだ?悪いがあたしの連れに、てめーみてーなセンスのわりぃ仮面男はいねーよ!!」
「な、ちょ、まて!かっこいいだろ!!」
「でも、まぁあたしは会いたかったぜ?」
彼女は胸元や太もものホルスターにはめた魔瓶を次々に取り出し栓を開けていく。
「あんたらの痕跡は世界中に散らばってた。一つ一つの事件は小さいが、結びつけていくと、厄介なことになりそうなんだよなー?一体何しでかすつもりだ?」
「…漢数字はかっこいいだろ!絶対!…痕跡?なんのことだ?」
「とぼけんなよ。各地の魔道具・魔導書の盗難事件、野心家たちへの異世界転移陣の魔法陣の伝達、各組織への潜入、魔法研究者の失踪、魔法特別警戒地域への頻繁な出入り、大陸全土でこの半年に起きたことだ。この瓶の炎たちは、魔法特別警戒地域の火山でしか採取できねー。お前の大剣の炎と一致する。特殊な魔炎。それぞれの炎を適量混ぜると、爆発的なエネルギーが手に入る。これらの事実を結びつけると、ある場所へとたどり着く、うおっ」
言葉が遮られる。『壱』が大剣にまとった炎を操り飛ばしたからだ。
「…今回外野でいて欲しかったんだが、お前は知りすぎた。勘だけはいいんだよな。残念だよ。さちよ。このまま帰すことはできねーなー!」
「すぐにやられる小悪党のセリフだぜ?そいつぁ…滾れ滾れ赤い角、突き刺せ!突き上げ!ぶちのめせ!!!赤腕!!!」
「レッドホーン、ね、…まだその杖を使ってんのか?」
「あ?なんだ?てめぇに関係あるか?」
「大ありだねぇ。その杖の正式な保持者はお前じゃない」
「…何が言いてぇ。ガッハッハッ!負けた言い訳にでもするつもりか?……『赫』赫腕」
両腕がさらに赫く染まり、より深い色になる。尋常じゃない魔力が込められている。
「『弐』離れてろ。かつて、勇者と世界を旅し、魔王戦を生き延びた、化け物級の魔法少女が暴れ出すぞ」
次回3月18日土曜日22:00更新予定です