第1話 じゃんけん(1)
「ではこれより優勝賞金100億円、選ばれし志願者達による、デスゲームサバイバルマッチを開始する!」
……なにこれ。辺り一面、人、人、人。下は中学生くらいから、上は5,60代くらいまで。女よりも男の方が多そうだけど、服装や見た目に共通点は何もない。
現実、じゃない気がするけど……でも先程の暗闇の時と違い体の感覚がある。私は生きてるの?
自分の体を観察してみるが、今まで着たことのない露出高めの服を着ていることに気付いた。こんなミニスカ恥ずかしいんだけど。
両手両足には軽くて気が付かなかったが、リング状の、ブレスレットのようなものが装着されている。そして首元に手を添えると手足に装着されているものよりも、少しだけ重量感があり、一回りくらい大きい首輪が装着されていることにも気付いた。
それにしても……何かでこんな光景を見た……ような……。気のせいかもしれないけど。
「第一試練は、じゃんけん。勝負は一度きり。勝てば生き残り、負ければ死亡。今回参加者は2000名スタートだ。まっ、とりあえず人数多いから半分くらいにしたいところだが。制限時間は1時間。では試練スタート!」
会場内にブザーが鳴り響き、正面ステージで今まで話していた司会者らしき人物の横にある電光板に『1.00.00』が表示された。
すぐに『0.59.59』に変わる。時間のカウントダウンが始まったようだ。
そうだ思い出した。あのルール説明、聞き覚えというか、正確には目覚えがある。
私が中学生の頃にめちゃくちゃ大好きだったデスゲーム小説『タクティバル』。生き残りをかけて様々なゲームで戦っていく作品で、人間同士の争いがテーマの残酷でグロテスクな内容のものだ。
当時は何度も繰り返し読んでいたので物語の展開も完全に把握していたが、最後に読んだのは数年前になる。なので例えば今、物語の流れを順番に言えと言われれば、正確に答えられる自信はない。
そんな状態だが先程のルール説明のセリフは物語冒頭ということでよく覚えている。
一体どういうことなんだろう。ここに来た記憶がないだけで何かのテレビ撮影に参加することになっていたのだろうか。もしくは夢?
小説の最初をザっと思い出してみる。
主人公の高校2年生、玖山修斗。部活はサッカー部で体力には自信有り。見た目も爽やかで女子からの人気も高い。仲間を大切にし、弱い者を放っておけない正義感の強い人物だ。
そんな彼は第一試練でじゃんけんする相手を探している時に、パートナーとして共に行動することになる高校3年生の栗並昂と出会う。
昴は冷静沈着で頭の回転も早く、とても用心深い。主人公同様体力には自信があり、格闘技をやっているので肉体的にも相当強い。愛想はないのであまり女子からはモテるような存在ではなかった。
昴はルール内容の説明のセリフに違和感を感じる部分があることを修斗に伝えた。
その内容は、2000人がじゃんけんをすれば必ず半分になる。それなのに“半分くらいにしたい”という表現はおかしいのではないかということだ。仮にじゃんけんをしない人がいた場合、放棄扱いになり、放棄の人も死ぬと仮定するとむしろ半分を切ることになる。
それでもそういう表現を使ったということは、この勝負の勝利条件はじゃんけんで勝つか、そもそもじゃんけんをしないということになるのではないか、ということを説明した。
うん、思い返してみても、やはり気のせいや勘違いとかではなく小説と同じルールだ。
現実的に考えれば……いや、全然現実的ではないけど……記憶喪失のまま映画撮影に参加してしまったというところか。
もしくは……ありえないことだけど、現実世界で死んでしまいなぜか小説の世界に入り込んでしまった、と考えるのが一番しっくりくる。
「うわぁぁああ! やばいやばい! シャレにならんって!」
「キャー!」
「うおっ! こら! 押すな押すな!」
突如、叫び声とざわめきにより思考が遮られた。慌てて声をした方を振り向くと、赤い噴水のようなものが見えたがすぐにそれが血であると察した。
そうだ思い出した、じゃんけんで負けた人は首輪の内側から刃物が飛び出してきて、それが頸動脈を切り付ける。
激しい出血を伴い、血の海を苦しみながら死んでいくという残酷極まりない仕打ちが待っているのだ。
「おっと、最初の勝負が決したようですね。勝者はこちらのドアを進み、控室で終わるまで休憩していてください」
勝者の男が、不敵な笑みを浮かべながら堂々とした振る舞いで歩き出した。小説通りならあの男は伏倉朔だ。年齢は22歳。最終戦まで生き残り、主人公達と競い合い苦しめながらもあと一歩で優勝できなかった、登場人物内最強という設定だったはずだ。
小説の描写同様、黒髪で目元が髪の毛で隠れ気味、背が高く細見でミステリアスな雰囲気というところも一致している。
小説の世界に入り込んだとすれば、主人公達もこの中にいないとおかしい話だ。今後自分がどう行動すればよいか現状はわからないが、とりあえず二人を探す必要は間違いなくあるだろう。
喧騒冷めやらぬ中、それっぽい2人組みを探し歩くことにした。徐々にあちらこちらで苦痛の声や悲鳴が聞こえ始めた。じゃんけんを始めるペアが増えて来たようだ。
主人公達も小説内で言っていたが、このペースなら最後の方は文字通りの血の海だろう。制限時間は1時間とは言え、この血の海に1時間は精神的には相当きつそうだ。
そう言えば先程からとても気になっていることがある。自分が周りをやたら見渡しているせいなのか、やけに人と目が合う。目が合うとその人はすぐに目を逸らすのだが。どういうことなのか。もしかして何か顔についてる?
緊迫したデスゲーム中ではあるわけだが、とりあえず第一試練で自分が死ぬことはないので、やけに注目を集めている(気がする)理由をはっきりとさせたい。
鏡は設置していないのか室内を見渡すがとてもありそうな雰囲気はなかった。
小説通り、私物の持ち込みは出来ないっぽいので鏡など誰も持っているわけがない。そうなると頼れるのは司会者の男だけか。
ステージまで駆け寄ると司会者の男はこちらの存在に気が付いたようで顔を向けた。
「ん? 何か用か?」
「あの……手鏡とかでいいので持ってないですか?」
「何に使うつもりだ?」
「いや、手鏡の使用用途なんて自分の顔見る以外にあるのでしょうか……」
まさか理由を聞かれるとは思わず、わざと呆れた物言いをしてみた。司会者の男はその場で少し考え、無線機のようなものを取り出し何かを話し始めた。偉い人にでも確認をとってるのだろうか。
やりとりが終わるとステージ横のドアを開けて入っていった。と、数秒ですぐに出て来た。その手には手鏡が握ってあった。
「本部から許可が出たので特別にこれをやろう」
近付いてきた司会者の男から直接手渡しで鏡を受け取る。
「わざわざすいませんでした。ありがとうございます」
一応礼儀正しく振舞い、あまり悪いイメージを残さないとようにしないといけない。この先もこの司会者の男は度々登場した記憶がある。
それはさておき、早速自分の顔を確認してみますか……。
「えぇぇぇ!」
鏡を見た瞬間思わず叫んでしまい、周辺にいる人達からは視線を集めることになった。
いきなり叫んでしまって申し訳ないけど……ホントに……誰これ?
鏡の中には見たことのない美少女が写っていた。整った顔立ち、白く綺麗な肌、ツヤツヤな黒髪ショートボブ。間違いなく自分ではない。しかし顔の向きを変えたり、目や口を大袈裟に動かしてみると鏡の中の美少女も同じように動く。
自分ではないがこれが今の自分なのだろうと思わざるを得なかった。と同時に、先程から頭をよぎってはいたが、ある一つの結論に達した。
とても信じられないことではあるのだが、自分は大好きだった小説『タクティバル』の世界に入ってしまった、というか『タクティバル』の世界の、あるキャラクターに転生してしまったのだ。
そしてそのキャラクターの名は星咲莉依奈。
小説では、高校生ながらその美貌とスタイルで男に取り入ったり、たぶらかしたりしながら上手く最後の方まで生き残る。途中主人公達と協力する場面もあったが結局裏切り、主人公達をピンチに陥れた。
星咲財閥のご令嬢でお金持ち、自身もモデルとして活躍しており、時折メディア露出もしているので見る人が見ればその正体はバレてしまうだろう。
一見誰にでも優しく温かい雰囲気だが、その心の中は深い闇に覆われている。このゲーム自体には、星咲財閥と彼女自身を良く思っていない反抗勢力にハメられて、気が付けば参加させられていたという設定だったはずだ。
しかし参加するからには最大限楽しんでやるという思いを固めた、かなり凶器な悪役令嬢キャラである。
私が一番好きだった登場人物で、鏡に写った姿は小説を読んで想像していた通りの顔だったので、そこはとても嬉しいが、まさか私自身がそのキャラになってしまうとは。
これからどうやって生き残っていけばよいのか……負けたら私はこの世界でも死んでしまうことになるのかな。
【残り 1956人】