2分30秒の奇跡
1、2、3、4、5……
戻ってこい。
心停止から2分30秒、蘇生の確率は決して低くはない。
あらわになった彼女の乳房に邪な気持ちなど一切持たず、腕をクロスさせ一心不乱に心臓マッサージを試みる。
乳頭の中心、1分間に100回のペースで、30回連続で胸部を圧迫する。
これで合ってるはず。初めてじゃないんだ。たとえ肋骨を傷めてもやり続けることが大事だ。
次は人工呼吸。
気道を確保して、胸の膨らみを目視で確認。
大丈夫、大丈夫だ。これまでもうまくいったじゃないか。自分を、いや、彼女を信じろ。
震える指を叱咤するように、弱気になる心を激励するように、うまくいくと自分に言い聞かせる。
時間が惜しくて力任せに引き裂いた白のブラウス、清楚な黒髪によく似合っていた。
街で彼女を見かけたとき、雷に打たれたように身体中に電撃が走った。
『きみの一生が欲しい』と、心の底から願ったんだ。運命を感じた。彼女は僕に出会うために生まれてきたんだと確信がもてた。
だから彼女の後をつけた。
戻ってこい、戻ってこい、戻ってこい!
どんなに祈りをこめて胸を押しても、彼女の目は色を失ったままだ。
指先が激しく震える、汗と涙で視界がグシャグシャになる。
この手に彼女の、なによりも大切な彼女の命がかかってるんだ。
冷静になんてなれる訳ないだろ!
悪魔でも天使でもなんでもいい!
僕の寿命をくれてやるから、彼女を返しやがれこんちくしょう!!
悪魔の気まぐれか、はたまた神の同情か、はっと息を吹き返し、彼女がむせ返った。
まだ苦しそうな彼女をお構いなしに、きつく抱きしめ嗚咽した。
戻ってきてくれた。そのことがなによりも嬉しかった。
そうだ、まだ逝っちゃいけない。
僕たちは始まったばかりなのだから。
「ありがとう、戻ってきてくれて。
キミの『一生』がほしい。
さあ、少し休んだら
次は3分に挑戦しようか」
次も必ず、戻ってきてくれる。
僕は彼女を信じてる。
未だ震えが止まぬ手で、そっと彼女の首を掴む。
2人の夜は、始まったばかりだ。