狙われるShamaness
翌朝目を覚ました私は、いつもの露出の多い服を着て、デネボラさんと共に宮殿を出る。
情報収集が目的ではあるが、今回は星座の復活を進めたい国王様と王妃様の依頼により、核の回収も同時進行させる事になっている。故に私達は、動きやすさ重視でローブ等は着てきていない。
そうなると、やはり行く先々の街に住む人々の殆どの視線は、綺麗で可愛い美少女で露出の多い服装をしている私に注がれる。この運命から逃れる事は、これからも不可能だろう。
これほどまで視線が熱いと、どうしても身体が熱くなって頬を少し赧めてしまう。それでも私は恥ずかしさを押し殺して堂々と前を向き、デネボラさんに合わせるように歩を進める。
「レグルス……一応2人分のローブを持ってきてるから、恥ずかしかったら羽織ってもいいんだぞ?」
私の為に気を遣ってくれるデネボラさん。
カッコいいし嬉しいが、私にもポリシーはある。
「大丈夫です、お気遣いなく。前にも言いましたけど、別に見られて減るもんじゃ無いですから。恥ずかしいからってローブを羽織って地味さを出したり、俯いて弱い感じを出したりしたら、それこそ格好の標的になるんです。そういう存在を助けもせず、感情を逆撫でするように、死に至らしめるほど傷付けたり痛め付けたり苦しめたり悲しませたり嘲笑ったりして喜ぶ最低な生き物……それこそが人間なんです。人間……特に男というのは、弱くて脆くて汚くて狡くて酷くて穢れに塗れた、最も下等な生命体なんです」
「うおぉあぁ~……辛辣な言葉がズラリと……」
デネボラさんの青ざめた顔を見る限り、大量のネガティブワードを連発させている私も荒んでいるなと感じてしまう。
暫く歩くと、街並みや人気はすっかり無くなり、見渡す限り何も存在しない場所――滅亡した星座の領域に足を踏み入れる。
そこで猟犬座や竜座、冠座の核を素にした魔物数十体程と出会したけど、2人の連携攻撃で難無く浄化し、核も残らず回収した。
そんな中で私が驚いたのは、ヘルクレス座の核を素にした、棍棒を持った人型の魔物を目にした事だ。
私はこれまで動物や物体の形をした魔物しか見た事が無かったので、最初は少し戸惑った。
しかし、それでも私達の連携攻撃には手も足も出ないようで、呆気なく浄化された。
その後私達は、琴座の加護を受けるシタルファー共和国に辿り着く。
ここは音楽が盛んな街で、小さな楽団が沢山結成されているそうだ。いろんな場所で演奏会が開かれ、それで生計を立てている人も多いそうだ。
「レグルス」
デネボラさんが、高い塀で囲まれた建物の前に立って私を呼ぶ。
「あそこに、1人で何かの楽器を弾いてる人がいるんだけど、あの人に聞いてみようか?」
デネボラさんが指を差す先には、瞑想しながら竪琴みたいな楽器を弾いている1人の若い女性が椅子に座っている。
結構距離があるはずなのに、その楽器の調べは、私達の耳にはっきりと聞こえている。
美しくも儚い音色に耳を傾けながら、私達はその女の人の許に近付いていく。
「すみません」
私が声を掛けると、女の人は演奏していた手を止めて目を開き、私達の方を向くと、不思議そうに見詰めてくる。
「何か御用でしょうか?」
そう言って立ち上がった女性は、サラサラな長くて艶やかな銀髪に紫色の瞳、白いロングスカートのワンピースの上から同色のショートブレザーを羽織り、頭には白い帽子を被っていて、足には黒い靴を履いている。年齢は私と同じくらいだろうか、見た目はとても若く見えるが、雰囲気が何処となくツィーナフさんに似ている。
「あの……私達この街でいろいろと聞き込みをしているんですが……お邪魔でしたら、すぐに出て行きますが……」
「いえ、大丈夫ですよ。私はこの竪琴で典礼の際に行う演奏の練習をしていただけですので……」
「典礼? じゃあ、この建物は教会か修道院という事ですか?」
「その通りです。あっ……すみません、申し遅れました。私はこのヘルシエル院で巫女を務めていますリューラと申します」
リューラと名乗る巫女さんは、ゆっくり深々とお辞儀をする。
「リオーネ王国から参りました、デネボラです」
「同じくレグルスです」
私達も名前を告げて一礼する。
「リオーネからですか……遠方から態々お越しいただき有難う御座います。お疲れでしょうから、こちらで暫しお休みになって下さい」
「有難う御座います。でも大丈夫です。僕達はただ、あなたに聞きたい事があってここに立ち寄っただけですので……」
「聞きたい事……ですか?」
「私達、ベガという一等星と同じ名前のセレスチャルソルジャーを、この街で探しているですが……」
その時、リューラさんの表情がやや険しくなったように見えた。
「確かにベガは、私と同じ巫女としてこちらに籍を置いていますが……」
「本当ですか? その方に会って、お話を伺いたいんですけど……」
「申し訳御座いませんが、ベガは外出しておりまして、今こちらにはおりません」
「あぁ、そうなんですか……」
「ならばせめて、何処へ行ったのかだけでも教えていただければ……」
「それは致しかねます」
「どうしてですか……?」
「個人情報だからです」
「そうですか……いやぁ、個人情報を盾にされたら、これ以上踏み込めないなぁ~……どうしよう、参ったなぁ~……」
デネボラさんがそう言って頭を掻いていると……
「そういえば……あなた!」
突然リューラさんが私にビシッと指を差してきた。
「えぇっ!? な、何ですか?」
「確か、名をレグルスと言いましたね?」
「えっ? そ、そうですけど……」
「あなたもベガを狙っているのですか……!?」
「ね、狙っているって何ですか? しかも、あなたもってどういう事ですか?」
「過去何度も、あなたのような一等星と同じ名前の……セレスチャルソルジャーといいましたか。その方々が、アルティメットポラリスと呼ばれる得体の知れない物を捕る為とかいう理由で、私をベガだと決め付けて、私を星に還そうと……ここへ殴り込みに来たんです! 別人だというのを証明出来たので、何とか命を取られずに済みましたが……」
「殴り込み……!? い、一体誰が……!?」
「カペラとかリギルとかハダルとかベテルギウスとかリゲルとかアンタレスとかシリウスとか……思い出すだけでも気分が悪くなります!」
7人もここへ殴り込みに来てるなんて、あまりにも異常過ぎる。しかも、あの玲央・慎也・明信までもが来ていたとか、相当ヤバいじゃん。
「まさか、あなたも彼等と同じような目的で来たんじゃないですか!?」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 誤解です!」
どうやらリューラさんは、一等星と同じ名前の人――セレスチャルソルジャーに対して、かなりの嫌悪感を抱いているようだ。しかし、だからと言って私まで一緒くたにされるのはあまりにも心外だ。
私は飽くまでも、ベガに転生したのが誰であるかを知りたいだけだ。例えそれが復讐対象の人だったとして、いきなり星に還すなんて事は絶対にしない。
「私達は、ただベガという人と会って話がしたくてここに来ただけです! あなたをベガだとは思ってませんし、第一あなたを星に還そうだなんて、そんな愚かな事微塵も考えてません!」
私が猛反論していたその時……
「頼もーぅ! ベガっちの首を頂戴しに来たぜぃ、イェー!」
背後から、恐ろしい言葉とは裏腹に、ヤケにハイテンションな男の声が聞こえた。
振り返ると、オレンジ色のソフトパーマの髪で、上半身裸の上からオレンジ色のジャケット型の鎧を着ていて、武器として使うかもしれない鎖のような物を腰にジャラジャラと装備している、いかにもという感じのチャラチャラした男が、既にヘルシエル院の敷地内に入ってきていた。
「ヘッヘッヘー! ベガっちー! もう逃げも隠れも出来ねぇぜぇ! 覚悟はいいかぃ?」
「何なんですか、あのノリの軽いチャラ男は……『首を頂戴』って怖い台詞を言っておいて……」
「星へ還そうと思っている相手に向かって『ベガっち』って……本気なのか巫山戯てるのか……」
「あなた、一体誰なんですか……!?」
私とデネボラさんが呆気に取られている中、リューラさんが怪訝そうな顔をして追及する。
「俺か? 俺はセレスチャルソルジャーのぉ~……アークトゥルス様だぁっ!」
アークトゥルス……牛飼い座の橙色の一等星と同じ名前のセレスチャルソルジャーだ。
なるほど、こいつがフォーマルハウト――悠介を星に還した張本人という事か……
「おぃおぃおぃ。こんな所にイケメン兄さんと可愛い子ちゃんまでいるとは……こりゃ目の保養には最高だぜぃ!」
あれ……? この軽い感じの男、クラスメイトの中にいたような気が……
「でもぉ、俺のクールさとアイツの美貌には遠く及ばねぇなぁ。じゃあ、今から紹介しちゃうぜぇ! へぃ、彼女~っ!」
そんな彼が、後ろの方へ耳を劈くような声で呼び掛けると……
「ハイハ~イ! 皆のアイドル! キュートでラブリーでビューティーなセレスチャルソルジャーのスピカちゃんが登場だよ~♪」
塀の陰から現れたのは、青色のツインテールで、私と似たような露出の多い服装だが、フリルが詰まったミニスカートと青いニーソックスを履いている、こちらも軽い感じのスピカと名乗る女だ。
スピカ……乙女座の青白い色の一等星と同じ名前のセレスチャルソルジャーだ。
そうか、こいつもアークトゥルスと結託して、フォーマルハウト――悠介を星に還したのか……
「そこにいるベガちゃんの心臓を、あたしの串刺しでズキューンと射貫いちゃうよん♪」
ん……? こいつさっき「皆のアイドル」って言ったよね……? こういう女も、確かクラスメイトの中にいた気がする……
「お二人とも、燥いでるところすみません」
そんな時、デネボラさんが2人のセレスチャルソルジャーに話し掛ける。
「お言葉を返すようですが、この人は、あなた達が言うベガさんではありませんよ」
「そ……そうです。この人はリューラさんという、全くの別人です。ベガさんはここにはいません」
私もデネボラさんに同調する。
「おぃおぃおぃ、嘘言ってもらっちゃ困るぜ~?」
「どっからどう見たってベガちゃんじゃ~ん☆」
しかし2人は、彼女がベガだという主張を曲げない。
「違います! 確かに見た目は似ていますが、ベガさんは瞳が銀色なんです! 私は紫ですから、ベガさんではありません! お願いですから分かって下さい! 今までベガさんを訪ねて来た人達も、それで納得してるんですから!」
リューラさんも、涙声になってまで必死に説得しようと試みている。
私にはその姿が、様々な虐めを受けて、泣きながら死に物狂いで止めるように訴えた、転生前の私自身と見事に重なる。
それなのに、こいつ等ときたら……
「そんなもん、証拠になんかならねぇよぅ」
「瞳の色なんてさぁ、カラコンしちゃえばいくらでも誤魔化せるじゃ~ん☆」
「俺達は他の奴等みたいに、見た目でなんて騙されないぜぇ。いい加減認めたらどうだぃ、『私こそがベガです』って……ヘッヘッヘー!」
「そうそう、素直に認めちゃった方がさ、気が楽だよ~? 私達の優しくて甘~い魔法で、気持ち良~く星に還してあげるからさ☆ キャハハ♪」
ダメだ、こいつ等……頭ガッチガチで、頑なに他人の意見を聞かず、自分達の主張――屁理屈がいくらでも罷り通ると思ってる。それで論破してるつもりなのか。本当に最低この上無い。
どうしてセレスチャルソルジャーに選ばれた人は、こんなにもクズな人間ばかりなのか。
「そ……そんな……本当に……本当に違うのに……何で……何で誰も信じてくれないの……?」
遂にはボロボロと涙を流してしまうリューラさん。
私はそんな彼女を一瞥する。
「デネボラさん……どうやらあの2人の馬鹿戦士は、私達が何を言っても理解してくれそうに無いみたいですね……」
「そのようだな……だったら、こんな事なんてしたくなかったが……2人には力尽くでも帰ってもらうしか無さそうだな……」
私達は戦闘態勢に入る。
「リューラさん! この2人は私達が退けます!」
「えぇ? ど、どうしてあなた達が私を……」
「それは、あんたがリューラさんだからだ!」
「それって……」
「あなたはリューラさんであってベガさんじゃない! 私達はそう信じてます!」
「あっ……」
「今すぐ中へ避難するんだ! 俺達が足止めしている内に、早く!」
「……すみません、恩に着ます!」
リューラさんはそう言うと、ヘルシエル院の中へと駆け込んでいった。
「あぁっ!? ちょっと~! あんた達、何してくれてんの~!?」
「それはこっちの台詞だよ! 違うってずっと言ってるのに、屁理屈ばっかり捏ねて! それで言い包めてるつもり!? そんな子供染みた事して、あんた達恥ずかしくない訳!?」
「俺達の辞書に『恥』なんて言葉は存在しないのさ。いいから、そこを退いてもらおうか?」
「断る! 身の丈も礼儀も弁えてないお前達には、ここで退散してもらう!」
すると、2人の顔から嫌らしい笑みが消えた。
「そっかそっか……どうも2人には、あたし達の本気度が伝わってないみたいだね。いいよ、あたし達の本気、見せてあげる♪」
「素直に譲ってくれたら許してやったけど、もうタイム・オーバーだ。今更俺達の本気に怖じ気付いて謝っても手遅れだぜぇ」
2人のセレスチャルソルジャーも身構える。
転生者だけの男女混合組同士の闘いが始まろうとしていた。
「行くぞ!」
「はい!」
「アークちゃん、行くよ☆」
「OK! Here we go!」