女神・ツィーナフとのQuestions&Answers
目を開けると、私は例の宇宙空間みたいな景色の場所で宙に浮いていた。
一糸纏わぬ生まれたままの姿で、身体から青白い光を発している状態でここに来るのは初めてでは無いので、特に驚く事は無い。
「セレスチャルソルジャー・レグルス」
聞き慣れた声で名前を呼ばれたので、その方へ身体を向ける。
「フフッ、久方振りですね」
フワッとした長い銀髪にエメラルド色の瞳をした白一色の衣装の微笑みが似合う美人な女性――ツィーナフさんと、熊のような犬のような大きな生き物――プラウがそこにいた。
「お久し振りですツィーナフさん、プラウ」
私も微笑みながら挨拶をする。
「グヮゥッ!」
「えっ? プラウ?」
今までプラウが吠えたのは、一等星の力を授ける時や、人を天球界へ送る時くらいだ。
挨拶に反応するなんて初めてだ。
「ウフフ、プラウもあなたとまた会えた事を喜んでいますよ」
ツィーナフさんはそう言いながら、プラウの頭を優しく撫でる。
「レグルス……ここに呼ばれた理由は、勿論分かっていますよね?」
「はい。これですよね?」
そう言って私は、握られた右手を差し出す。指の隙間から黄色い光が漏れていて、指を開くと黄色く光る球が手の上でフワフワと浮遊する。
ツィーナフさんはその光の球――リギルを一瞥すると、こくりと頷く。
「レグルス、リギルをこちらに」
「はい」
私はリギルをツィーナフさんに託す。
目の前で浮遊するリギルを見詰めて、ツィーナフさんは両腕を広げ、呪文を唱える。
「リギルよ……ケンタウルス座の加護を受け、ハダルと共にあるべき姿を取り戻し、天球に再び輝きを与えん……!」
唱え終わると、リギルは眩い光を発しながら、凄まじい速さで高く飛んでいった。
「これでリギルも、本当に星として還りました」
「彼は……慎也はどんな気持ちでハダルを……明信を見送ったんでしょうかね?」
相棒を裏切って星に還したのだから、嘸かし穏やかでは無かったんだろうと思う。
「さて、一応これで要件は済みましたが、何か私に聞きたい事はありますか?」
「はい、いくつか疑問に思ってる事が……」
玲央への復讐を遂げてここに来てから今日までの間、アルティメットポラリスの捜索を兼ねた聞き込みで得た情報の中でどうしても分からない事があり、同時に私個人が分からない事もあるので、ここに来たらツィーナフさんに会って、答えに繋がる何かしらのヒントを教えてもらおうと思っていた。
「随分とお悩みのようですね……いいでしょう、答えられる範囲でお答えしますよ」
「有難う御座います」
私は一礼すると、質問を始める。
「先ず、フォーマルハウトを星に還したのが、男女の組のセレスチャルソルジャーだと聞かされたので、私は当然オリオン座か南十字座のどちらかだと思ってました。ところが詳しく聞くと、そのどちらでも無いみたいなんです。これはどういう事なんでしょうか?」
「……」
目を瞑って熟考するツィーナフさん。
そして、少し経ってからフッと目を開ける。
「一等星に関して大変詳しいはずのあなたにしては、かなり珍しい質問ですね」
「すみません、お恥ずかしい限りです」
「そうですね……ここでは明確な回答は避けますが、一等星の『和名』に注目すれば、自ずと答えは導かれるはずですよ」
「『和名』……ですか」
和名というと、ベガの【織姫星】やアルタイルの【彦星】といったものだよね。
でも、ベガもアルタイルも白い色の一等星だから、絶対違うよね。
う~ん……ちょっと今は浮かばないなぁ……
「すみません。これは現世に帰ってからの宿題とさせてもらってもいいでしょうか?」
「えぇ、大丈夫ですよ。焦る事はありません」
帰ったらデネボラさんに聞いてみよう。若しかしたら、忘れている事を思い出す切っ掛けが得られるかもしれない。
「では、次の質問をどうぞ」
「はい。セレスチャルソーサラーの事ですが……」
時折デネボラさんが口にする言葉だけど、はっきり言って私は、黄道の力を持ったセレスチャルソーサラーの事を殆ど知らない。しかし、デネボラさんはあまりこの話をしない。否、してくれない。
ならばこの際、ツィーナフさんから聞いてしまおうと考えていたのだ。
「彼等は転生前は何者だったんですか? 私達と同じように、彼等もまた不老長寿なんですか? まさか、全滅するなんて事無いですよね?」
「……何故そのような事を?」
「私は天球界に転生して、初めて仲間と呼べる人と出会えました。それがセレスチャルソーサラーの人なんです。その人と関わっていく内に、セレスチャルソーサラーの事を知りたくなって……でもその人は、何も話してくれないんです。だから、天球界を統べるあなたなら、きっと知ってると思って……」
ツィーナフさんは一瞬だけ逡巡し、私を見詰める。
「そこまで気になるというのであれば……いいでしょう。セレスチャルソーサラーの方々は皆、至って普通の大学生でした」
大学生か……だから大人びてるのか。
「地球でいう夏休みと呼ばれる時期に13名で旅行をしていたそうですが、その時に降った豪雨によって増水した上に激流となった川に流され、残念ながら全員亡くなってしまいました……」
「そしてその後、この天球界に転生したと……」
「はい。彼等にもあなたたちと同じように、魔物の討伐とアルティメットポラリスの捜索を依頼し、黄道の力を授けました。その13星座にも私の加護があり不老長寿でいられますが、一等星の力とは違い不死身ではありませんので、地球の人間と同じように、死ぬ時は死にます」
「じゃあ、全滅する可能性は……」
「そうです、十分あり得ます」
という事は、デネボラさんは私と違って、心臓を刃物で刺されたり頭を鈍器で殴られたりしたら普通に死んじゃう――星に還っちゃうんだ。
でも、折角会えた仲間なんだ。絶対に失う訳にはいかない。絶対に失いたくない。
「分かりました。私、その仲間を今以上に大切にします。仲間と一緒に、必ずアルティメットポラリスを見つけ出します」
「実は……」
急にツィーナフさんの声のトーンが変わった。
「そのアルティメットポラリスなんですが……」
「な……何ですか……?」
「既にセレスチャルソルジャーの誰かが持っているみたいなんです」
「えぇっ!?」
そんな……アルティメットポラリスが、もう誰かの手に渡ってしまった……
「それじゃあ……私は……もうお役御免……って事ですか……?」
「いいえ、まだ終わってません。ここで問題なのは、本人にその自覚が無いという事です」
えっ……? アルティメットポラリスを持っているのに、その自覚が無い……? 矛盾してない……?
「すみません。それはどういう意味ですか?」
「アルティメットポラリスが、あなた達に捕らえられまいと動いている中で、最も安全な隠れ場所を見つけたのです。それが、ほぼ不死身であるセレスチャルソルジャーの身体の中でした。どうやらアルティメットポラリスは、その者に気付かれぬように体内に進入し、体内に宿っている一等星の中に隠れてしまったみたいなんです」
「そうか。一等星は超新星前状態にされない限り体外に出て来ないし、もし超新星前状態にされたらすぐに抜け出して、別のセレスチャルソルジャーの体内に潜り込んで凌ぐ事も出来る」
「そうです。だからまだ、所謂ゲームオーバーでは無いのです」
良かった……まだ私の復讐は終わらないんだ。
でも、1つ疑問が出てくる。
「でも、万が一その人が体内にアルティメットポラリスが宿っている事に気付いて、ツィーナフさんの許に来たら、それで全て終わりって事ですよね?」
「確かにそうなりますが、その可能性は極めて低いでしょう。アルティメットポラリスは、気配を完全に消せるようですので……それに、その方はどうも争い事を嫌う傾向にありますので尚更でしょう」
「争い事を……嫌う……?」
「えぇ。その方は欲が無く、自己犠牲をも厭わない性格のようです。本当に心優しい方ですよ」
「はぁ~……」
セレスチャルソルジャーなのに争い事が嫌いだなんて、完全に名前負けというかお門違いだよね。
でも、少なくとも私の復讐の対象者では無い事は確かだ。あの8人は欲望塗れの穢れた連中だからね。
「いろいろと教えてくれて有難う御座います。私からの質問はこれで終わりです」
私はお礼を述べて微笑む。
「フフッ、私もあなたと話せて嬉しいですよ。有難う御座います。では、意識を現世に戻します……が、その前に、私から1つだけ言いたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」
「えっ? 何でしょうか?」
まさかの逆質問に戸惑う。
「レグルス……あなた、私の加護をより受けたいが為に、毎晩入浴後は服を身に付けず、今のような一糸纏わぬ姿でいるようですね?」
「うえぇっ!? な、何でそれを……!?」
「私は天球界の女神であり、この世界の管理を司る者でもあります。それくらいお見通しですよ?」
「あ、あ、あ、あわわわわゎゎゎゎ……」
まさかの衝撃発言に、私は吃ってしまう。
「でも、そうまでして私を信仰してくれるというのは、女神としてとても嬉しい限りです。これからも続けて下さい。それは何れ己の力を向上させ、軈て天球界を救う事に繋がるはずです」
「あっ……」
そう言われた私は、自分の胸に手を当てる。
何だろう……心がすごく暖かい……
ツィーナフさんからの加護を受けて、体内のレグルスがより強い力を授かってるのかな……?
それとも、単に慎也への復讐を遂げた事で、心の重みが少し消えたからなのかな……?
どちらにしても、やるべき事は今までと変わらない。それを私は成し遂げていくだけだ。
「私、これからも滅亡した星座の核を集めて、そしてアルティメットポラリスを宿しているセレスチャルソルジャーを、いの一番に見つけてみせます。勿論、一部のクラスメイトへの復讐も忘れません」
私はツィーナフさんを強い眼差しで見詰めて微笑み、改めて決意を表明する。
ツィーナフさんもそれに応えるように微笑み返す。
「そう言われると、益々あなたに期待を寄せてしまいます。では、今度こそ意識を現世に戻します……プラウ」
「グヮゥッ!」
プラウが吠えた瞬間、私の身体から発せられている青白い光がどんどん明るくなっていく。
「あなたなら出来ます。私は信じていますよ」
そう言われた直後、一瞬にして真っ白な光が発せられ、私はその光に包まれていった。
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「……ス……! ……グルス! レグルス!」
再び意識を取り戻して目を開けると、私は何故かデネボラさんに抱きかかえられて仰向けに倒れていた。
「レグルスっ……! よかった……やっと目を覚ましてくれた……」
「デネボラさん? 何でここに?」
「宮殿に帰った後、やっぱり心配になって来てみたんだ。そしたら、黄色の眩い光が見えたから急いでここに来たら、君が気を失って倒れてたんだよ」
「そうだったんですね……すみません、ご心配をお掛けして……またツィーナフさんの所に行ってたんです」
私はゆっくりと身体を起こす。
「そうか。女神様は何か言ってたか?」
「はい。今アルティメットポラリスは、欲が無くて自己犠牲になるのも厭わない、優しい性格のセレスチャルソルジャーの体内に宿っているそうです」
「えぇっ? そいつはアルティメットポラリスが宿っているのを知ってるんじゃないのか?」
「いいえ。アルティメットポラリスは気配を完全に消せるから、バレる確率は極めて低いそうです」
デネボラさんの転生前の素性を聞こうと思ったけど、それを知ったところで私に何のメリットも無い事なので止めた。
「あっ、そうだ。デネボラさんは一等星の和名ってご存じですか?」
「一等星の和名? 織姫星とか彦星とかの事か?」
「はい」
「う~ん、確か……アンタレスが【赤星】でシリウスが【青星】だったなぁ……ベテルギウスが【平家星】でリゲルが【源氏星】、アークトゥルスが【麦星】でスピカが【真珠星】……あっ、そうそう。アークトゥルスとスピカは、お互い距離が近くて色が対になってるから【夫婦星】って呼ばれてるんだ」
ん……? 夫婦星……?
アークトゥルス……牛飼い座の橙色の一等星……
スピカ……乙女座の青白い色の一等星……
男がオレンジ、女が青の組……
「それですっ!」
「うゎっ! な、な、何だよ、急に大声出して!」
「今ので全て繋がりました! デネボラさん、有難う御座います! じゃあ、宮殿に帰りましょう!」
私は嬉しさのあまり、デネボラさんを置いて全速力で宮殿へ向けて走り出す。
「お、おいレグルス! 俺を置いていくなー!」
デネボラさんも、そんな私の後を追う。
私達が立ち去ったその場所には、元々慎也だったと思われる黒い灰か砂のような物が、地面に人型を作って残されていた……
誰からも弔われず、その場に放置された亡骸……
程なくして突風が吹き荒れ、それは形を崩して遥か彼方へと飛ばされていった……