帰還中のSwoop&Lure
私は今、デネボラさんと宮殿へ戻っている。
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あの後ボンテーユで何人かに聞き込みをしてから、南の魚座の加護を受けるスポワスン王国に行ってみた。
やはり皆、フォーマルハウトが星に還ってしまった事をとても悲しんでいた。それでも、彼の教えを後世に伝えようと、多くの人達がドクターとして各方面へ派遣されているそうだ。
人望が厚いって、正にこういう事なんだなとしみじみと感じた。
自慢じゃないけど、転生前の私には人望なんて微塵も無かったから、すごく羨ましいとさえ思った。
スポワスンの人達にとって本当に惜しい人を――否、欲しい人を亡くしてしまったんだなと思うと、私まで悲しくなってしまった。
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「デネボラさん……」
風が吹き付ける荒野を歩きながら、私は囁くように話し掛ける。
「何だ? すごく深刻そうな顔してるけど……」
「縁起でも無いのを承知で聞きますけど……」
「んっ?」
「もしも……もしもですよ……私が星に還ってしまったってなったら……リオーネの人達は、スポワスンの人達がフォーマルハウトに対してやったように、私の事を弔ってくれるんでしょうか……?」
人望なんて微塵も無い……
死んだって誰も悲しまない……
転生前そんな存在だった私は、今リオーネの人達からも疎まれてはいないだろうか……
スポワスンでの光景を見て、ふとそんな不安が頭を過ってしまい、聞かずにはいられなかった。
「本当に縁起でも無い話だなぁ~……う~ん、でもそうだなぁ~……」
苦笑いを浮かべながらも、デネボラさんは私の問いに真剣に考えてくれる。
「レグルスは、少し自己否定が強過ぎるんじゃないかな? 自分は誰からも必要とされてない、誰からも愛されてないって感じてる気がして……」
「転生前がそんな人生だったので、若しかしたらそうなのかもしれません……」
「俺は、そう考える人は、自分の事を愛していないから……自己嫌悪に陥ってるから、そういう思いが芽生えてしまうと思うんだ」
「愛してないから、ですか……」
「だから先ずは、今のありのままの自分をとことん好きになってみるんだ。そうすれば、自然と相手の事も好きになって、そこから信頼関係も生まれると思うんだ。それとも何だ? 君は転生前の自分の方が愛着あったのか?」
「そんな訳無いでしょ……! 今の方が何億倍もいいですよ……! 顔は可愛いし、肌も髪の毛も綺麗だし、プロポーションも抜群だし、口も少しは達者になってるし、何より運動も出来て魔法も使えるんですから、断然今の方がいいに決まっ……! すみません、自己愛が過ぎました……」
私の熱弁を、ポカンとした表情で聞いていたデネボラさんを見て、やってしまった感が芽生え、すごく恥ずかしくなってしまった。
「ハハハハハ……! 何だ、十分自分を好きになってるじゃないか。それなら大丈夫だ。少なくとも、俺を含めた宮殿の人達は、皆君の事を信用しているしな。リオーネの人達も、その内君に信頼を寄せてくれるよ。ただ、フォーマルハウトと比べるのはもう止めよう。また自己否定感が強まるからな」
「そうですね……有難う御座いました、私のつまらない疑問に答えてくれて」
「いいって。というか、今は死んだ時の事なんて考えるの止めよう。心も景色も暗くなっちまう」
「そうですね。どちらも明るい内に帰りましょう」
私達の足は、自然と早くなっていた。
ところが、ほんの少し歩いたところで、私達は妙な違和感を覚える。
「何か……靄みたいなのが出てきたな……」
「風もさっきより強くなってきましたし……」
「これ以上悪くなる前に急いだ方が……」
「いえ、悪くなるのは天候じゃなさそうです……」
「は……?」
何となくだが、私はそんな気がした。
そしてそれは、不運にも形となって現れる。
「……!」
私達の後ろの靄の中から、大きな影が迫ってくるのを目の当たりにする。それは私達に体当たりしてくるかのように、凄まじいスピードで近付いてくる。
「危ないっ!」
反射的にデネボラさんを突き飛ばし、私は反対側に回避する。その瞬間に2人の間を、途轍もなく大きな何かが通過していった。
「今のは何だ……!?」
「分かりません……!」
すると、Uターンしてきたのか、先程と同じ物と思われる大きな影が、今度は前から突進してくる。
「また来るぞっ!」
私達はもう一度、その大きな物体を躱す。
その時私は、2度に亘って現れたその大きな影に、違和感を覚える。
「さっきからあの影……私1人だけを狙って突進してきている感じがします……!」
「えぇっ?」
「2回とも、私の方に重心を傾けて通り過ぎていったんで、ほぼ間違いないと思います……!」
「何の為に?」
「それを切っ掛けに私を殺そうと……星に還そうとしてるんでしょう……恐らく、セレスチャルソルジャー本人か、あるいはその関係者か……」
そう話していると、大きな影がゆっくりと現れ、私達の前でピタッと止まった。その影は……
「馬……?」
「馬にしては大き過ぎないか……?」
体長が通常の2倍近くはある巨大な馬が、私達を睨み付けて鼻息を荒くしている。
「まさか2度も連続で、この俺の襲撃を回避するとはな……流石は同じセレスチャルソルジャーだと褒めてやるべきか……」
馬が人間の言葉を喋った……しかも、同じセレスチャルソルジャーって言った……
「まさかあんた……ケンタウルス座の……!」
「察しがいいな……その通り……!」
するとその馬は、徐々に人間の姿になっていく。
鬣は黄色のモヒカンに変わり、胴体には大きめの黄色い鎧を纏っている。
身長は2mくらい、体重は200kg近くはある色黒の男……地獄突きを代名詞としている、かの有名な巨漢レスラーを彷彿とさせるその体格に、私達は一瞬たじろいでしまう。
「俺がケンタウルス座のセレスチャルソルジャー、リギル・トリマンだ……!」
リギル・トリマンこと園山慎也……
転生前も、こんな風に急襲という感じで、こいつに突然後ろから羽交い締めにされて亮太とかに殴られたり、視界外からいきなり突き飛ばされて倒されるや否や寝技とか関節技を掛けられたりした。そのせいで、私は冗談抜きに何度も死にかけた。
まさか転生した後も、それと酷似した遭遇の仕方をするとは思いもしなかったが、それと同時に、やっとこいつに復讐出来る……鍛錬の間での修行の成果を見せ付けられるというワクワク感も、僅かながら湧いていた。
「ケヒャヒャヒャ……ここで俺に目を付けられたからには、もう何処にも逃げらんねぇぞ……!」
「逃げるつもりは無いわ。あんたには聞きたい事が山ほどあるからね」
そう言った後、私はデネボラさんの方を向いて、腰に付けている、核が入ったポーチを投げ渡す。
「デネボラさん、それを持って先に宮殿に戻ってて下さい」
「な、何言ってんだよ……!?」
ここに残って、私のサポートをするつもりでいたのだろうけど、私に突っ撥ねられた気がしたのか、声が上擦って目を丸くしている。
そんな彼に向けて――これから対峙する巨漢に気付かれないように――私は小さく親指を立てて、ニコッと微笑み、頷きながらウインクをする。
「私は1人でも大丈夫です。心配しないで下さい。必ず生きて帰ります」というメッセージを込めて……
デネボラさんも、そんな私のメッセージをしっかり受け取ったのか、心配そうな顔をしながらも「絶対戻って来いよ。約束だぞ」という感じで頷き返し、足早に靄の中へと消えていった。
「ケヒャヒャヒャ……!」
2人だけになり、リギル・トリマン改め慎也は薄気味の悪い笑い声を漏らす。
「まさか男を帰して俺に1人だけで闘うつもりだとはな。てっきり、男主体で共闘するつもりだと思ったんだがなぁ」
「言ったでしょ? あんたに聞きたい事が山ほどあるって。それに、あの人を帰らせたのは、この1対1の闘いに巻き込ませたくないからよ」
「ケヒャヒャヒャ……まっ、それはある意味正しい判断だな……で、聞きたい事って何だ?」
「そうねぇ……まず、何で後ろ姿だけで、私がセレスチャルソルジャーだって分かったの?」
「俺の五感は、馬並みに優れてるんだ。だから遠く離れていても、セレスチャルソルジャーは匂いで分かるんだよ」
一等星が体内に宿ってると、他の人と比べて微妙に匂いが変わってるのかな。
というか、こんな奴にフェロモンを嗅がれてたのかと思うと気持ち悪過ぎる。ただのド変態じゃん。
「そう……そりゃ逃げられないわね……」
私は諦めたように呟く。
心の中でほくそ笑みを浮かべながら……
「じゃあ次。あんたは、セレスチャルソルジャーの中で、今一番星に還したいのは誰?」
「そりゃ決まってるだろ……! 日本でいい遊び相手に出来てた……あのぉ、あいつだよ。ほらっ、何だっけ? あぁもう名前忘れちまったよ。ほらっ、何の魅力も無ぇデカ女。確か、名前の最初が『さ』だった気がすんだけど……」
もうそれ、私こと松本紗綾1択でしょうが。こいつ、虐めてた人間の名前も覚えてないの? やっぱりクズだ。亮太や拓哉に負けず劣らずのクズだ……!
「もういいわ。次の質問いくから」
一刻も早くこいつを嬲り者にしたい気持ちを必死に抑え、平然を装って話を進める。
「何故あんたは相棒のハダルを星に還したの?」
これが、私がこいつに1番聞きたかった事だ。
「ハダル? あぁ、あいつな。最初は勿論良き相棒だったさ。けどあいつ、自分が小さくて軽いのをいい事に、俺を毎回馬の姿にしては涼しい顔で俺に跨がりやがって……楽し過ぎてるのと踏み台にされてる気がして、我慢ならなかったんだよ……! 踏み台になるべきなのは、あいつの方なのに……!」
何て自己中な動機なんだ。自分に主導権があるって思い込んでいる時点で、既にパートナー契約は破綻してるんだよ。お互いを立てられて、初めて成立するものなのに。
テニスのペアを組んでた時から、こいつはそんな思いを抱いていたんだろうなぁ。哀れで仕方ない。
「おい……!」
そんな事を考えていたら、慎也の声が聞こえた。
「俺からも、お前に言いたい事があるんだが……」
「何?」
「いい加減にそのローブを脱いだらどうなんだ? お前の素顔と身体を見てみたいものだ」
身体を見たいって……こいつやっぱりド変態だ。
ケンタウルスは好色だったって聞いた事あるけど、その性格まで引き継がれているんだろうか。
でもローブを脱ぐ事で、ある意味こいつを痛め付ける段階に入れるのもまた事実だ。
ここはほんの少しの間だけ、こいつにいい思いをさせる感覚で、言う通りに動いてみよう。
「いいわ。これが無くなれば動きやすくもなるし、あんたともやりあえるしね。脱いであげる」
私は羽織っていたローブを脱ぐ。ローブは重力に従って足元に落ち、露出の多い服を纏った私の全体像が露わになる。
慎也はほおぉっと溜息を吐き、1歩ずつ近付きながら、ニヤついた顔で私の頭から足までをまじまじと見ている。
粘付いた笑み……それがあんたの笑い締めだよ♪
「もう、さっきからどこ見てんのよ……!?」
こちらに注意を向けるように言い放つ。
「お前の全てを見ている……と言えばいいかな?」
目の前で足を止めて、何ド変態丸出しの台詞なんか言ってくるのよ……!? こいつ、マジで気持ち悪い……! 反吐が出る……!
「おい。お前、名前は何だ?」
「獅子座のセレスチャルソルジャー・レグルスよ」
「違うよ。日本での名前だ」
「言う訳無いでしょ……!?」
「そうか……ならば……死ねっ!!」
その巨体からは想像出来ないような凄まじい速さで、彼の右ストレートが襲い掛かる。
私はそれを、高く跳躍する事で難無く躱す。
しかし彼が叩き付けた地面は、彼の場所を中心に半径500mほどの範囲で大きくひび割れていた。あれをまともに喰らってしまえば――一等星の力の加護により、死ぬ事は無いにしても――大ダメージは避けられない。
少し引いた場所に着地して、「何てすごいパワーなの……!?」という感じの驚いた顔をする。
無論作り顔……演技だけどね♪
「ケヒャヒャヒャッ! どうだ参ったか!? これが俺の持つ真のパワーだ! その顔を見る限り、完全に怖じ気付いたようだな!」
私が目を見開いて何も言わないのを、こいつは恐怖に慄いたと捉えてるんだ。おめでたい奴だ。
「どうやら勝ち目が無ぇと悟ったようだな。逃げたいか? 逃げられねぇけどな。でも俺の要望に応えてくれたら、今回だけ見逃してやらない事も無い」
「要望って……?」
私は弱気な感じで呟く。
「俺に裸を見せて、そのまま土下座しろ」
その言葉に私は耳を疑った。
同時に転生前の記憶が蘇る。
転生前、こいつに生まれたままの姿をスマホで撮られた事があった。その時の言い分が「これ以上酷い目に遭いたくないなら、俺に裸を見せて、そのまま土下座して服従を誓え」だった。
勿論拒否したが、その瞬間に首を絞められて、本当に死ぬ寸前に追い込まれた。
だから嫌々制服と下着を脱いで、生まれたままの姿を晒して土下座したら、その様子をスマホのカメラで何十枚も撮られた挙げ句、今後逆らったら写真を学校や地域にばら撒くと脅された。
その時とあまりにも酷似した状況に、一瞬目眩を起こしそうになる。
しかし、今のこいつは自分のパワーに酔い痴れて、完全に天狗になっている。
こいつにペースを握られている感じで行けば、あれも簡単に上手くいくだろう。
私は涙声のような声を出して返答する。
「分かったわ……ただ、いくつか条件を出させて」
「条件? セレスチャルソルジャーの名に相応しくないほど弱っちぃ癖に、随分と偉そうな事言えるんだなぁ。まぁ、いいだろう。呑めるようなら聞いてやる。言ってみろ」
「脱いでいるところを見られたくないから、真後ろを向いて。真後ろを向いてからは、あんたはずっと馬の姿になって。あと首は絶対左右に振らないで、後ろが見れちゃうから」
「後ろを向くのは兎も角、何で馬になる必要が?」
「馬の姿なら、ある意味同じ裸でしょ? だから、少しは恥ずかしさも和らぐと思うから……」
「屁理屈に聞こえる気もするけど……いいだろう。全部言う通りに実行してやる」
乗った……! 呑んだ……!
私は心の中で喜びに満ちたほくそ笑みを浮かべる。
「じゃあ脱ぐから、真後ろを向いて」
「おぉ。終わったら言ってくれよな」
慎也はそう言うと、しっかり真後ろを向いて馬の姿になった。首も左右に振っていない。
それを確認して、私はショートブーツを脱ぎ、フィンガーレスグローブを外し、ジャケット・インナー・ホットパンツを脱いで、彼が望む通りに生まれたままの姿になる。
そして私は笑みを浮かべて……
「こっち向いていいわよ」
こちらに振り向く事を許可する。
「さぁ、お前の裸は如何ほどかな!?」
慎也は馬の姿で、こちらの方を一気に振り向く。
「あれっ……? あれっ……!?」
そこに私の姿は無い。しかし、脱いだ服やブーツは確かにそこに置かれている。
「おいっ! 何処行きやがった!?」
慎也は辺りをキョロキョロと見回すが、やはり私の姿を見つけられない。
「あいつ騙したのか!? いや違うな……やっぱり見られたくないって、裸のまま逃げ出したってところか。ケヒャヒャヒャッ……! まぁ、力だけじゃなく心も弱っちぃあいつに、セレスチャルソルジャーが務まる訳が……」
「私はここ……よっ!!」
私の声が響き渡った瞬間、馬の身体が空高く吹き飛ばされた。
私は慎也が振り向く直前に、彼の股下に潜り込んでいた。彼の図体が大きいのが幸いして――彼の場合は災いして――、私が入ってもかなり余裕があるスペースが股下に出来ていたのだ。
それに気付かずに辺りを見回してた時には、本当に吹き出しそうになった。
そして、逃げ出したと思って油断した瞬間、彼の腹を思いっ切り蹴り上げてやったのだ。
そして今に至る。
あいつが落ちてくる前に、私は脱いだ服を着直す。
グローブも嵌めて、ブーツも履いて、落下を待つ。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
暫くして、馬が悲鳴を上げながら天から落ちてきて、地面に叩き付けられた。
その時の衝撃は、隕石でも落下してきたのかと思うほど凄まじいものだった。
馬は巨漢の人間の姿に戻っていて、全身傷だらけで口からは大量の血を吐き出していた。
「き……貴様あぁ……!!」
全身を震わせながらゆっくりと起き上がり、私を睨み付けてくる。
彼が感じている痛みは、正に私が転生前にこいつから受けた虐めの痛み……
でもまだ足りない……足りな過ぎる。
もっともっとこいつには、痛みも苦しみも味わってもらわないと……それこそ「殺してくれ」と言いたくなるほどの、決して消えない絶望も併せて……
私は体勢を構えて、ニコッと笑みを浮かべて呟く。
「さぁ、復讐と粛清の舞台・第2章の幕開けよ♪」