復讐に備えてDiscipline
宮殿に戻り、私達は謁見の間で、任務の結果を国王様と王妃様に報告する。
勿論、回収した核も全て託す。
「ご苦労であった。下がって良い」
「では、失礼致します」
「待って下さい」
退室しようとしていたデネボラさんを尻目に、私はそう言って2人を見詰める。
「どうした、レグルスよ?」
「私からお二方に、お話ししておかなければならない事があるのですが、宜しいでしょうか?」
「レグルスが残るのなら、私もここで……」
「デネボラさんは先に出てて下さい。これは、私じゃないと話せない事なので……」
そう言って私は「大丈夫ですから」と目で合図をして微笑む。デネボラさんも意図を理解してくれたようで、私に無言で相槌を打つ。
「では、私はここで失礼致します」
2人に一礼すると、デネボラさんは退室していった。
重厚な扉が閉まり、足音が遠離るのを確認して、改めて2人を見詰める。
「してレグルスよ、話とは何だ?」
「その前に……王妃様、あの時にお話しした事を、再度この場でお話をしても宜しいでしょうか?」
「そうですね。何れは国王様のお耳にも入れておかなければならない事ですから……」
私は一礼して感謝の意を示す。
「何だ、あの時にした話とは?」
「国王様……実の事を申し上げますと、私と同じように、セレスチャルソルジャーとして転生した者の中には、前世で私の事を、口にするのも憚られる内容で虐げていた者もいるのです。先日私が星に還したカペラもその内の1人でした」
私の告白に、国王様は目を見開き、身を乗り出す。
「その者達への復讐も、私の中では任務の1つだと考えています」
「そうか……」
「そして、本日の任務を遂行していた時、まだ姿は見ておりませんが、復讐の対象となる者の情報を得る事が出来ました」
「それはまことか?」
「はい」
「レグルス……それならば、その者を見つけ次第、カペラの時のように討伐するべきです。私達も総動員で協力しますよ」
「王妃様……お気持ちは大変有難いですが、私は飽くまでも討伐ではなく復讐がしたいのです。私が前世で受けた暴虐の惨たらしさを、私が何倍にも膨らませて、その者の身に刻み込ませたいのです」
そう……ただ単に星に還すだけだったら、転生前の名前も分かっているから、超新星前状態にして一等星を破壊してしまえば終わる話だ。
しかし、それでは私が受けた痛みも怒りと苦しみも悲しみも悔しさも知らずに星に還る事になる。そんな事は私自身が絶対許さないし到底納得出来ない。
「その為に、国王様と王妃様には、折り入ってお願いしたい事があります。聞いていただけますか?」
私の言葉を聞き、2人は顔を見合わせたが、暫くしてお互いに相槌を打つと、再び私の方に顔を向ける。
「何だ、望みは?」
「私達に出来る事なら協力しますよ」
「明日、私に稽古をつけてほしいのです……!」
私は、無理を承知でお願い事を伝える。2人も驚きの表情を隠せないでいる。
「訳を聞かせてもらおうか……」
「はい……先日カペラを討てたのは、彼がリオーネに直接攻めてきた事、宮殿の戦士の方々が総動員でカペラに対抗してくれた事等が重なって成し得たものだと私は考えています」
「その通りです」
「しかし、他の復讐の対象者達が同じように攻めてくるとは限りません。寧ろ、行く道でばったりと会って争いに発展する可能性の方が圧倒的に高いと思います。その時に、私の攻撃が一切効かないまま、万が一相手から先に超新星前状態にされてしまったら、私は対処も出来ぬままあっという間に星に還されてしまうでしょう」
「それだけは避けねばならぬな……」
「はい。その対策として攻撃力の向上を図りたいので、私に稽古をつけていただきたいとお願いした次第です。我が儘なのは百も承知です。しかし、今後の私の為に……そしてリオーネの為にも……許可を下ろしていただけないでしょうか? どうか宜しくお願い致します……!」
そう言うと、私は深々と頭を下げる。
正直カペラを討てたのは、言い方は悪いが、偶然が重なって起きた奇跡だと私は思っている。
しかし、同じような奇跡は2度は起きないのが世の常……だから、備えあれば憂いなしじゃないけど、もっと強くなるに越した事はないはず。
そう考えて、今私はこうして頭を下げている。
「頭を上げよ、レグルス」
国王様にそう言われ、ゆっくりと頭を上げる。
「其方の要望はよく分かった。ならば……明朝、門の前に来るが良い。我が案内するとしよう」
「案内する……とは……?」
「この宮殿の離れに【鍛錬の間】があるのです。しかし、あまりにも過酷な環境下にあるので、音を上げる者が後を絶たないのです。かなり身体に負担が掛かりますが、それでもやりますか?」
そんな設備があるとは知らなかった。それにしても、音を上げる者が後を絶たない程の過酷な環境とはどんなものなんだろう。恐怖と興味が綯い交ぜになった感情が湧いてくる。
しかし、私には【過酷な環境下でも生きられる耐久力】という想像の力が体内に宿っている。恐れる理由は何も無いはず。
「分かりました、宜しくお願いします……!」
翌朝、私は国王様と王妃様の案内により、川を挟んだ向かいにある【鍛錬の間】という大きな建物へ連れて来られた。
1日1回1人だけが使えるというこの建物……
ここでは、宮殿の戦士の人達を模した魔物のホログラムが、何と合計1000体も次々と現れるプログラムが組み込まれている。それを肉弾戦でより多く倒す事で攻撃力を向上させるのだという。但し、倒せば倒す程フィールドが徐々に狭くなって行動範囲が限られていく上に、身体に掛かる重力も大きくなっていくそうだ。更に、魔物の強さが、初めは六等星相当なのだが、200体倒す毎に等級が小さくなり強くなっていくのだという。
つまり最後の方は、疲労困憊の中、極めて狭いフィールドで、歩くのも儘ならない程の重力に押し潰されそうになりながら、二等星相当の強力な魔物を倒さなければならないという、通常では絶対に有り得ない環境に置かれるという事だ。
その為か、過去に1000体まで辿り着いた者は誰一人としていないのだという。
中に入ると、真っ白な床と壁と天井だけの何もない一室が視界に飛び込んだ。
私は部屋の真ん中に佇み、国王様と王妃様は、何かあった時の為に、隔離された出入り口で見守る。
「レグルス、本当にやるのですか?」
「はい……! ここまで来たんですから……!」
「うむ、良かろう……では、始め!」
国王様が床に向けて、小さな白い渦巻を放つと、床から5体の人型の魔物が現れる。それが、鍛錬開始の合図となった。
魔物の武器を用いた攻撃や放ってくる魔法を躱しながら、1体ずつ確実に倒していく。
600体までは、特に苦も無くクリア出来た。しかし、この段階でかなりの重力が掛かってきていて、腕や脚が少し上げ辛くなってきた。また、壁や天井が大分迫ってきていて、私の感覚で、容量は最初の時の半分ほどになっている。その為、一等星の力である【瞬発力強化】もやや機能し難くなってきた。更に密閉空間で容量が小さくなっているから、若干息も苦しくなってくる。
なるほど、これは確かに音を上げても不思議では無い。しかし、私には【決して衰えない持久力】と【メンタリティな意味を持つ『力』と付く言葉を最大限に生かせる能力】の想像の力がある。絶対に弱音なんて吐かないし、まだまだ動けそうだ。
「レグルスよ、大丈夫なのか?」
「過度な無理は禁物ですよ」
国王様と王妃様は心配してくれているようだが、まだ限界に達していないのに、自分に勝つ為にも、ここで終わらせる訳にはいかない。
「平気です……! 続けさせて下さい……!」
そう叫びながら、私は鍛錬を続行する。
かなり過酷な環境になっていく中、何とか三等星相当の魔物200体をクリアした。しかし、重力は先程の倍は掛かっていて、容量も最初の時の3分の1ほどにまで縮小している。ここまで来ると、一等星の力の【瞬発力強化】は殆ど機能しなくなっていた。足を1歩前に出すのもキツイ。
露出している皮膚の至る所から、大粒の汗が際限なく浮かび上がっては雨のように床に降り注ぐ。体力を振り絞るように、歯を食い縛って顔を上げる。
「レグルス、かなり辛そうだぞ?」
「もう十分では無いですか?」
2人とも暗に「棄権するべきだ」と言っているようだが、ここまで来たら完全制覇したいと、私は思うようになっていた。こんなところで棄権したら、何もかも中途半端で終わらせる癖がついてしまう。そんなのは私自身が許さない。
「い……いえ……行けます……! ま……まだ終わらせません……! このまま……続けます……!」
何とか声を絞り出し、動き難くなっている身体に鞭打ち、私は完全制覇を目指して鍛錬を続行する。
最後の200体は、愈々二等星相当だ。
鍛錬の間は、最早並の人間ではコンマ1秒たりとも生存出来ない、死に直結する拷問以外の何物でもない環境に変貌してしまっている。
そんな中でも、私は何とか150体を倒したところまで辿り着いた。
しかし空気がかなり薄まってきて、意識が朦朧とし始め、新しい空気を求めて過呼吸になってきた。
そこから先は、完全に惰性で魔物を倒す感じになる。それでも、強すぎる重力で腕も脚も殆ど上がらなくなっていく。
そして……
「ゔぅっ……!」
背後にいた魔物に反応出来ず、まともに攻撃を受けてしまい、私は力無く床に倒れ込む。こうなると、強すぎる重力と消耗し切った体力で、最早立ち上がる事など不可能だ。
「国王様……!」
「うむ、そこまで!」
国王様が床に向けて、小さな白い渦巻を放つと、魔物が全て消滅し、重力と壁や天井の位置が元に戻っていく。それが、鍛錬終了の合図だ。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
新しい空気が取り込まれた部屋の真ん中で、私は自分の汗の水溜まりに浸りながら、仰向けになって呼吸を整える。
「「レグルス……!」」
私の名前を叫びながら、2つの人影が私に近付く。
「大丈夫ですか……!?」
「はい……何とか……生きてます……」
心配そうに顔を覗かせる王妃様に対して、私は穏やかな微笑みを浮かべて返事をする。
「レグルスよ、其方の潜在能力には、我も王妃も舌を巻いたぞ。まさか967体も倒すとはな……過去の最高記録を150体以上も上回っておる。これで其方は、間違いなく以前よりも格段に強くなったはずだ……褒めて遣わすぞ……!」
国王様から告げられた新記録更新……それを聞かされて、私の目からは大粒の涙が流れ出した。
しかしそれは、新記録を樹立したという嬉しさからではなく……
「でも……悔しいです……私は完全制覇したかったです……あと33体……たった33体だったのに……もうそこまで手が掛かってたのに……!」
止め処なく悔し涙を流す私を、まるで赤ちゃんをあやすかのように、王妃様は優しく抱きかかえ、頭を撫でて宥めてくる。
「あなたなら、きっと近い内に成し遂げられると思いますよ。その為にも、日々の精進を怠らないように。勿論、任務を果たす事も忘れないで下さい。いいですね?」
「……はい、王妃様」
「身体への負担がかなり大きい。憎き者達への復讐はまた日を改めて、今日はゆっくり休むといい。何も焦る事は無い」
「……ではそうさせていただきます、国王様」
【自然治癒力向上】の一等星の力のお陰で、暫く休んでいると、壊れた筋肉細胞が修復された感覚になり、私は自分の足で部屋に戻った。
その後、汗に塗れた服を洗いながら湯浴みをして、再び服を着ようとした時、私の中にモヤモヤとした感情が発生した。
どうやら私は、33体を倒し切れなかった事を根に持ってしまっているようだ。
そのモヤモヤを払拭しようと、私は服を畳んで部屋の隅に置き、生まれたままの姿で部屋の真ん中に佇み、瞑想して精神統一をする。
そして、部屋の中に、鍛錬の間で見た人型の魔物が際限なく湧き出てきている、という想定の下で、目を開いた瞬間から、鍛錬の間でやった事を思い出すように、武術のような動きを只管繰り返す。
本来の重力と空気濃度とはかなり異なる環境下で鍛錬していたからか、今までよりも早く、そして強く動ける。激しく動く度に揺れる胸がほんの僅かに痛いけど、全くと言っていい程気にならず、キレのいい動きが出来ている事に、私自身驚いている。
兎にも角にも、私は33体の魔物を倒し切れなかった思いを断ち切るように、そして復讐対象の9人――特に次の標的と見据えている慎也が瀕死の状態になるまで痛め付けるイメージを頭に描きながら、モヤモヤが完全に晴れるまで動き回り続けた。
どれぐらいの時間動いていたんだろう。
窓の外が薄暗くなってきた頃には、モヤモヤが完全に払拭されていた。その時の私は、全身汗だくで呼吸も荒くなっていた。
それでも、モヤモヤを払拭出来た事でスッキリしたし、生まれたままの姿である事で、より一層ツィーナフさんからの絶大な加護を受けられているような気がして、自然と微笑みが零れる。
その後、私はもう一度湯浴みをして、生まれたままの姿で早めに眠りに就いた。
リギル・トリマン改め園山慎也……
今に見てなさい……!
私はもうあの時の松本紗綾じゃないんだから……!