齎されたConfidential
翌朝、私はデネボラさんと共に、アルティメットポラリスの捜索へ向かった。
同時に、国王様に依頼された、馭者座の加護を受けるクキエレー共和国と牡牛座の加護を受けるシュトーロル王国の偵察にも向かう。セレスチャルソルジャーが星に還ったので、その後の星座が不安定になっていないか、滅亡のリスクに曝されていないか確認する為だ。
今回は何者かを装う必要が無いので、2人共ローブ等は着ず、本来の衣装で任務を行う。
クキエレー共和国へ向かう道中、やはり街の人達の視線が熱い。殆どの視線は、可愛くて露出の多い服装をしている私に注がれている。これは最早、避けては通れない関門と言ってもいい。
しかし私は、身体が熱くなって頬を少し赧める事はあっても、初めて街の人達の前に出てきた時みたいに、俯いて早歩きする事の無いように努める。
どうせこれからもいい意味で注目され続けるのなら、寧ろ堂々としていれば自然と恥ずかしさも無くなっていくはずだと思っている。
「レグルス……何だか、随分と逞しくなったな」
デネボラさんも私の変わり様に若干驚いている。
「いつまでも恥ずかしがってたら、任務を全う出来ませんから。それに、別に見られて減るもんでも無いですし、もしヤラシイ目で見てる人がいたら、寧ろその人を睨み付けるようにガン見してやれば、言い方は悪いですけど、立つモノも立たなくなって、最悪その場から逃げ出すかもしれませんしね」
「お、おぉ……口まで達者になってるとは……」
私のとんでもない発言に、デネボラさんは唖然とし、たじろいでいる。でも恥ずかしがって俯いたりキャーキャー騒ぎ立てたりするよりは、絶対にその方が効果的なはずだ。
そんなやりとりをしながら、私達は目的地へ向けて歩を進めていく。
「着きましたね。行きましょう」
「あぁ」
漸くクキエレー共和国に到着し、偵察を開始する。
街の様子を2人で見て回ってみると、情報収集で訪れた時よりも、外にいる人が多く賑やかになっている。
玲央が星に還った事で、衰退のリスクが孕んでいるはずなのに、それどころか以前よりも栄えているのだ。
一体どういう事なんだろう……疑問に思った私達は、街行く人達に尋ねてみる事にした。
「す、すみません」
「はい、何でしょう?」
私が、何かの配達中と思われる筋肉質な小麦色の中年男性に聞いてみる。
「あ、あの……こ、この街って……どうして、こんなに栄えてて……賑やかなんですか……?」
「あぁ、一等星のお陰だよ」
「一等星のお陰……とは?」
「この国には、嘗て悪名高いブリーダーのカペラっていう転生者の男がいたんだ。その名の通り、体内に一等星が宿ってたんだよ。でもそいつ、恐らく他の転生された者に殺されたんだろうな、一等星が天に還ってしまったんだ。でもそしたら、この国は馭者座と一等星の二重の御加護が受けられて、一切魔物が現れなくなったんだ。だから皆安心して、やりたい事がやれるようになって、今ではこの通り大賑わいさ」
笑顔を浮かべながら、本当に嬉しそうに語る男性。
そうですか、と返事をしたものの、私は微妙な表情でデネボラさんと顔を見合わせる。
その後、数人程に話を聞いてみたが、やはり口にするのは「一等星が輝きを取り戻したお陰」、「二重の御加護を受けられて幸せ」という似たような回答だった。
星に還る事でその星座に平和を齎すなんて皮肉な話だなと思う反面、私も何れそうなってしまうのではないかという恐怖も覚える。
しかし、デネボラさんがそれと同等以上の気持ちであると、後になって知る事となる。
それは、続けて向かったシュトーロル王国での事。
この国の街も、クキエレーと同じように栄えていた。街で会った牛舎で働く若い女の人に理由を尋ねると、やはり牡牛座と一等星の加護が受けられているからだという。
賢也が星に還っているし、ここまでは私も大方予想が出来ていた。
問題はその後の発言だった。
「それだけじゃないんですよ。何とこの国は、昴の御加護も受けられてるんですよ~。天球界に5つしか存在しない、三重の御加護を受けられる国……その1つで暮らしてるんですから、国民は皆有難くその幸福を噛み締められるんですよ~」
その話を聞かされて、デネボラさんは立ち眩みを起こしたように後退りをする。
「だ、大丈夫ですか……!?」
私は慌てて彼の身体を支える。
「あ……あぁ、何とかな……」
平然を装っているが、明らかに無理をしているのが私でも分かる。
偵察を終え、アルティメットポラリスの捜索へ向かっている道中、私は勇気を振り絞って聞いてみた。
「デネボラさん……」
「な、何だ?」
「私に対して……何か言わなきゃいけない事、あるんじゃないですか?」
「えぇ……? 無ぇよ、そんな事……」
「ありますよ。さっきシュトーロルで尋ねた女の人が『昴の御加護』がどうとか言った時、気失いそうになってたじゃないですか。それって、昴に心当たりがあるって事ですよね? 何か知ってるなら、私に包み隠さず教えて下さい。どんな忌まわしい事でも、私はしっかり受け止めますから」
そう言って、私は「絶対にあなたを軽蔑しません」という意志を示すように、デネボラさんを強い目線で見詰める。
対してデネボラさんは、言葉を詰まらせ、躊躇いを見せ、頬を赧めて視線を逸らす。
そんな彼を少しばかり揶揄ってみる。
「どこ見てるんですか?」
「どこも見てねぇだろ!? 何だ、その言い草!」
「ヤラシイ事考えてる暇があったら、昴について教えて下さいよ」
「別にヤラシイ事なんて何も……でも、分かったよ。昴の事だよな?」
揶揄いに長時間付き合ってられないと思ったのか、やっと話す気になってくれたようだ。
「プレアデスっていうのは、俺と同じ黄道の力を持つセレスチャルソーサラーの名前だよ。俺を含めて、あと5人いる内の1人の……でも、そいつの名前が挙がったって事は……」
「同じ転生者に殺されてしまって……星に還っていった……って事ですよね……?」
デネボラさんは、無言で力無く頷く。
「俺も近い内にそうなってしまうんじゃないかって考えたら、一瞬目の前が真っ暗になって……」
要するにデネボラさんは、何れはリオーネから、更には私の前から消えてしまうのではないかという不安と恐怖に苛まれてたんだ……
「私も、カペラとアルデバランの事を聞かされて、すごく怖かったです……私も何れ同じ運命を辿るんじゃないのかなって……」
「レグルス……」
2人の間に、長い沈黙が流れる。
「で、でも……! アルティメットポラリスを獲れば、そんな心配もしなくて済むんですよね?」
「そ、そうだな。そうだよな。よしっ……! 不安を払拭する為に、残ってる時間で手掛かりを少しでも見つけるぞ……!」
「はいっ……!」
気持ちを切り替え、私達は次の目的地へ駆け出す。
途中で六分儀座の核を素にした扇形のブーメランのような魔物やコップ座の核を素にしたトロフィー型の鈍器のような魔物が、全部で十数体程襲ってきたけど、2人の連携攻撃で難無く浄化し、核も残らず回収した。
そして辿り着いたのは、ケンタウルス座の加護を受けるズェンタ王国――ここはなんと、国民が馬に変身出来る能力を持っているそうだ。つまり、街道を歩いている馬も広場で走り回っている馬も、全てズェンタの国民なのだ。
勿論、馬に変身せず人間の姿でいる国民もいる。
それでも、馬の姿でも困らないように、道もしっかり舗装されていて幅も広い。
他にもどちらの姿でも共有出来る施設も多数存在する。
これだけいろいろと整備されてるなら、アルティメットポラリスも身を隠しやすいだろう。
それに、ケンタウルス座は一等星が2つ――リギルとハダルがあるから、ここに転生したセレスチャルソルジャーは2人いる……その人物像も、街の人から聞けるはず。それによって、私の次の復讐の標的も決まってくる。
私達は街の人達に不審がられないように、自然な振る舞いをしながらアルティメットポラリスを探してみた。しかし隅々まで探せど、それらしき物体は全く見つけられなかった。
流石はアルティメットポラリス……尻尾を出さず完璧に身を隠し、絶対に獲られまいとする、その強固な姿勢には頭が下がる。
仕方がないので、アルティメットポラリスは今回は諦めて、リギルとハダルについて街の人達に聞く事にした。
「す、すみません」
「ん? 何かな?」
私の声に反応した1頭の馬が、こちらの方を振り向くや否や、人間の姿に戻って応答する。
眼鏡を掛けた白髭の老人だ。
「少しだけ、時間宜しいでしょうか?」
「構わんが……ワシに何か用かな?」
「え、えっとぉ……ですね……」
「僕達、このズェンタで人捜しをしてるんです」
言い淀んでいる私に、デネボラさんが透かさずフォローする。
うぅ~……やっぱり初対面の人と話すのは、どうしても緊張しちゃうよぉ……いい加減慣れて早めに直さないと……
「人捜しとな? 誰をだ?」
「こ、この国に、御加護を与えている……ケ……ケンタウルス座、の一等星……えっと、リギルとハダルと、同じ名前の人……なんですけど……ご、ご存じないでしょうか……?」
「う~ん……」
上目遣いで髭を擦りながら考える老人。
「リギルなら【リギル・トリマン】と名乗っていた男がおったなぁ。ただ、ハダルという者は1度も見とらんなぁ~……」
ん……? ハダルを1度も見ていない……?
しかも、リギル・トリマンって……ネーミングセンス無さ過ぎでしょ……?
「レグルス……トリマンって何だ……?」
デネボラさんが、ボソッと私に聞いてくる。
「リギルの別名ですよ……何かで知って、人の名前っぽく付けているんでしょう……」
私は更に質問をぶつけてみる。
「その、リギル・トリマンは……どんな姿をしていましたか……?」
「確かぁ……肌が黒くて、髪は黄色だったかな? 着けていた鎧も黄色い感じだったなぁ……かなりの大柄で、馬に変身した時の巨大さといったら……他を圧倒しとったわぃ」
リギルが黄色い一等星だから、全体的に黄色い感じなのは予想出来ていた。
しかし、これだけでは誰なのかは全く分からない。
「「有難う御座います」」
お礼を述べて、他の人にも聞いてみる。
「す、すみません」
尋ねたのは、広場にいた若いカップルだ。
「はい?」
「少しいいでしょうか……?」
「何ですか?」
「僕達、この街でケンタウルス座の一等星のリギルとハダルと同じ名前の人がいると聞いて捜してるんですけど……」
「な……何か心当たりは、ありませんか……?」
私達の質問に、カップルは少し考え込む。
「ねぇ、リギルってさ……若しかして……」
「あぁ、リギル・トリマンの事だよな?」
やはりこの街では【リギル・トリマン】で認知されているのか。
「でもさ、ハダルって聞いた事ある?」
「ううん、全く知らない。見た事も無い」
この2人も、ハダルの事は知らないようだ。
でも、どうしてだろう?
「あの……誰に聞いても、ハダルを知らない……見た事無いって言うんですけど……どうしてだと、思いますか……?」
「どうしてと言われても……分かりませんよ」
「俺は何となくなら予想出来ますけど……」
「本当ですか? 何ですか、理由は?」
「気のせいだと思いますけど……ケンタウルス座だけじゃなくて、一等星の御加護を受けている感じがするんですよねぇ」
「「……えっ?」」
男の人の言葉に、私もデネボラさんも動揺を隠せない。
もし彼の言葉が真実ならば、ハダルは既に、転生者によって殺されている事になる。
まさか……あの時ツィーナフさんが言っていた、裏切りによって片方が星に還ってしまった組って……ケンタウルス座の事だったの……!?
「あっ!」
何かを思い出したのか、女の人が声を上げた。
「な、な、な、何ですか……!?」
「そういえば、あたしリギル・トリマンが呟いてた言葉が引っ掛かってたんですけど……」
「呟いてた言葉? 何ですか、それは?」
「何だっけっかな~……えっと~、確か……『アキノブは使えねぇ奴だった』とか『アキノブは足手纏いだった』とかだった記憶があるんですけど……兎に角『アキノブ』という聞いた事無い名前の何かを見下した内容だったのは間違いないです」
それを聞かされた瞬間、私の中の仮説は確定事項に変わった。
ツィーナフさんが教えてくれた、裏切り行為があったのは、ケンタウルス座の組……
その裏切りで消されたのは、ハダルことアキノブ――凸凹コンビの凹改め山路明信……
そして、残ったセレスチャルソルジャーのリギル・トリマンという大男は……
私の復讐対象の1人――園山慎也だ……
全てのピースが埋まった瞬間、相棒を簡単に裏切る非情さに慄きながらも、私の手で復讐出来るという嬉しさが込み上げてきた。
「そうですか、有難う御座います。デネボラさん、宮殿に戻りましょう」
「えっ? あ、あぁ……」
カップルにお礼を述べて、私達は宮殿へ戻る。
薄暗くなっていく中での帰り道、私はニヤニヤが止まらなくなっていた。
「何笑ってんだ、レグルス?」
「そりゃ勿論、今回の任務でいろんな情報が得られたからですよ。新参者の私が、やっと国王様のお役に立てたんだなって思えて……」
「そうか」
デネボラさんは、私の本心に気付いているけど問い詰めないのか、あるいは単に鈍感なのか、どちらかは分からないけど、リギル・トリマンの件には一切触れてこなかった。
「完全に暗くなる前に早く戻ろう」
「そうですね。急ぎましょう」
私達は駆け足で宮殿へと戻っていく。
空に薄らと輝く星は、前に見た時よりも若干多くなっていた。