王妃様とBath&Talk
部屋に戻った私だけど、玲央を殺した感触が未だに全身に残っている。
かと言ってトラウマになった訳ではない。寧ろ、この力でまだまだ復讐が出来るんだと嬉しくなる。
少なくともあと9人――亮太・優海江・慎也・廉・拓哉・和樹・元嗣・梓・智美――には、私の手で痛い目に遭ってくれないと。
そうじゃないと、アルティメットポラリスを手に入れても、私の気が済まない。
「ふぅ~……」
一息吐いた時、自分の服が玲央の返り血等で汚れてしまっているのに気付いた。
すぐ洗おうにも洗濯機のような物は無い。しかし、このまま汚れたままにするのも気が引けるし、一体どうすれば……
あっ、そういえば……
昨日湯浴みしたら、そのお湯のおかげで、肌や髪がすごく綺麗になったんだ。
若しかしたら、そのお湯で服を洗えば、綺麗に汚れが落ちるかもしれない。
物は試しだ……湯浴みしがてら洗ってみよう。
そう思って、浴室に向かおうとしたその時……
コンッ コンッ
部屋の扉がノックされた。
考えてみれば、訪問者なんて初めてだ。
でも誰だろう? 緊急招集かな?
「はい、今開けます」
私はすぐに駆け寄り、扉を開ける。そこにいたのは……
「失礼しますよ、レグルス」
「~っ!? お……お、お、王妃様……!?」
まさかの訪問者に、私はドギマギしてしまう。
「フフッ、驚かせて御免なさいね」
「い……い、い、いえ……! め、滅相もありません……! お……お、お訪ねいただいて……ひ、非常に光栄です……!」
ダメだ……鼓動がすごく早くなってる……! 落ち着かないと……!
しかし、落ち着こうと思えば思うほど、焦りから余計にしどろもどろになってしまう。
「あら? レグルス、その服は……」
「ヒャァ~……! も……も、も、申し訳御座いません……! お、お、王妃様を前に、こんな穢らわしい姿で……! い、今洗って出直して参りますのでぇ~……!」
「いえ、その必要はありませんよ」
「……えっ?」
誰が見ても汚れている服を着たまま謁見するなんて、どう考えても失礼以外の何物でもない。それを洗ったり着替えたりする必要が無いなんて、一体どういう事なんだろう。
「私はあなたをお誘いに来たのです。私の大浴場に……」
「……え……えっ……えぇっ……?」
私が王妃様と湯浴み……? そんな畏れ多い事、私みたいな新参者なんかがしていいのだろうか……? でも、王妃様直々のご指名みたいだし……嬉しいやら空恐ろしいやらで感情が複雑に絡み合って、全く心の整理が出来ない……
「あなたとは、まだ会って日も浅いですから……ここは女性同士、大浴場で共に湯浴みをして、お互いゆっくり話し合いましょう。勿論、その汚れた服を洗いながら……如何でしょうか?」
そう言われ、私は少しだけ冷静さを取り戻す。
思い返してみれば、確かに私は自分の事を、天球界に来てから、誰にも話していない。最初に出会ったデネボラさんにさえ、だ。
私の事を知ってもらういい機会だし、何より王妃様と湯浴み出来るなんて、後にも先にも無いと思う。
勇気を持て、私……! 一世一代の絶好の機会なんだ……!
全身綺麗になれるし、服の汚れも落とせるし、何と言っても王妃様と1対1で話せるんだ……!
断る理由なんて無いじゃないか……!
「は、はい……! も、勿論……喜んで、お付き合い致します……! よ、宜しくお願いします……!」
緊張で固くなりながらも、私は深々とお辞儀をする。
「ウフフ、あなたからいい返事が聞けて嬉しいですよ。では、参りましょうか?」
「は、はい……!」
私は王妃様と部屋を出て、王妃様専用の大浴場へと向かった。
大浴場へは、廊下の途中にある隠し通路を使わないと行けないようになっていた。
私はその間、廊下で誰かと擦れ違っていろいろと勘繰られてしまうのではと、心底不安と恐怖でいっぱいだったが、幸い誰とも会わずに済んだ。
そして今、私は王妃様と湯浴みをしている。
部屋の浴槽とは比べ物にならない広さで、あと7~8人くらいは余裕で入れそうだ。
汚れた服は、大きな桶のような物に張ってあったお湯に浸けている。これだけで汚れは全て落ちるそうだ。
それにしても、王妃様は湯浴み姿もすごく綺麗だ。プロポーションも抜群で思わず息を呑む。ずっと見蕩れていたら逆上せてしまいそうだ。
「レグルス、湯加減は如何ですか?」
「あっ……は、はい……! とても、気持ちいいです……!」
転生前、親族以外の人と一緒に湯浴みする事が全く無かった私にとって、この経験はかなりハードルが高いだろう。でも私は、こうやって転生した身である以上、大きく変わらなければならない。この経験は、その為の糧にするんだ。
「レグルス」
王妃様は私の緊張を和らげるように優しく話し掛けてきた。
「は、はい……何でしょうか……?」
「私があなたをここへ招いた理由は何だと思いますか?」
「そ、それは……王妃様と私は、まだ会って日が浅いから……お互いの事を知る為に……女性同士で湯浴みをしながら……語り合う為ですよね……?」
「それは単なる言葉の綾です。本当の理由は別にあります」
私を大浴場へ誘った本当の理由……?
何だろう……? 全く浮かばない……
「その理由……とは……?」
「あなたの心が、深い闇に覆われている気がしたからです」
「……!」
私の心が、深い闇に覆われている……? まさか王妃様は、私の前世の記憶を見透かしてる……?
王妃様の表情は、それまでの温和な雰囲気から一転、強い眼差しをこちらに向けてきている。まるで「私から目を逸らす事は断じて許しません」と言わんばかりに見詰めてくる。
私もその意志を受け取ったように、その強い視線から目を逸らせなくなっていた。
「先程カペラを討った時のあなたの表情……重い枷から解き放たれたように晴れやかでした。しかし同時に、まだまだ数多の呪縛が心に絡み付いているようで、本当の喜びまでは至っていないと感じました」
「あ……」
やっぱり王妃様は見抜いていたんだ……私の心が全くスッキリとしていない事を……
「どうも私には、その闇が前世から引き継がれてしまっている気がして、胸騒ぎが収まらなかったのです。しかし観察した限り、あなたはあまり多くを語らない……いえ、語れない性格だと感じ、無理に聞くのはあなたの為にならないと静観していました。そして、漸くこうしてあなたと、私の耳にしか入らない空間で聴聞出来るようになり、あなたをここへ誘った次第です」
「そう……だったん……ですね……」
「どうしてもというのなら、無理に話さなくても構いません。それは、私が強制出来る事ではありませんから。しかし、ここで話してくれた事は、全て私の心に閉まって、決して誰にも口外しません。無論、国王様にもです。約束します」
王妃様の優しさには本当に感服する。
本当に苦しかった事や辛かった事は、それを話す事自体苦しい・辛いから、無闇に話してはならない。やたらめったらその経験を話す人は、嘘を吐いているか然程苦しい・辛い思いはしていない――と、何かの本にそう書いてあったのを思い出す。
でも私は、苦しい事や辛い事は、信頼出来る人にちゃんと話さないと、それこそ嘘を吐いていると言われてしまうと思っている。
嫌な思いを誰にも話さず、自分の中だけに封印して自力で全て解決させる……そんな事が出来る人なんて、殆どいないだろう。
だから私の中には、一切話さないという選択肢など初めから無かった。
「分かりました……前世の事も……この世界で私が何を成し遂げようとしているのかも……全てお話しします……!」
私は王妃様に全てを告白した。
前世で、お父さんが会社から迫害を受けて自殺した事……
お母さんと周囲からあらぬ噂を立てられて後ろ指を差される毎日を送っていた事……
学校でクラスメイトから毎日のように虐められていた事……
その加害者が、自分と同じセレスチャルソルジャーとして転生している事……
その人達に、一等星の力や想像の力を使って復讐しようとしている事……
その人達に幸せな来世を送らせたくないから、アルティメットポラリスを一刻も早く手に入れたいと思っている事……
話し出したら止まらなかった。
クラスメイトからの虐めの事を話していた時、私の目からは自然と大粒の涙が止め処なく溢れていた。
転生した事を話していた時には身体が震え、復讐の事を話していた時には嗚咽が混じった。
そして話が終わった瞬間、私は堰を切ったように号泣した。
王妃様は、そんな私を優しく抱き寄せ、髪を梳くように頭を優しく撫でてくる。
お互い一糸纏わぬ生まれたままの姿だから、肌の密着感が心地良くて、何より温かい。
その温もりは、忘れかけていた幼き日の、お母さんのそれに非常に酷似していた。
それを懐かしむあまり、ややホームシック気味になってしまい、私は余計に号泣してしまう。
王妃様は、私が落ち着くまで……否、私が号泣する気が失せるまで、ずっと優しく抱き締めてくれていた。
どれほど泣いただろうか。
暫くして、私は落ち着きを取り戻した。
しかし王妃様は、何故か私を離そうとせず、ずっと抱き寄せている。
「有難う御座います、レグルス。あなたの本心が聞けて嬉しかったです。約束通り、この話は私の心に閉まっておきますね」
「こちらこそ……話を聞いていただいて、有難う御座いました……あ、あの……そろそろ離していただいて……」
「それでは私から、御礼をさせてもらえませんか?」
「え……? お……御礼……ですか……?」
当然私は御礼など求めてはいない。しかし王妃様は、そんな事などお構いなしに私の両頬に手を添えて、ジッと見詰めてくる。
すごく綺麗で透き通りつつも力強いその眼差し……
「……っ!?」
私は一瞬でその美しさに魅了され、心と全身の力を奪われた。
「お……王妃様……そのような眼差しで見詰められて……わ、私……身体に、力が入りません……」
「怖がらなくても大丈夫ですよ。それでは、目を閉じてください」
「は……はい……」
私は頭がボーッとした状態で、力無く返事をして目を瞑る。すると王妃様が、私の唇に自分の唇を重ねてきた――キスしてきたのだ。
転生前は、キスとは完全に無縁だった私……そんな私が転生後に、しかも同性の位の高い人とキスしてしまった。
熱いながらも甘くて濃厚な吐息が、私の口の中に広がっていく。
すると、私の手が自然と王妃様の身体を抱き寄せていた。こんな事しちゃいけないって頭では分かってるのに、どうしても身体が勝手に反応してしまう。
それで気を良くしてしまったのか、王妃様は私の身体を抱き寄せて、更に甘くて濃厚なキスをしてきたのだった。
かなり長い時間キスをしていたが、やっと王妃様は唇を離し、私を解放してくれた。
「私からの御礼、受け取ってくれましたね?」
「お、王妃様……し、失礼ですが……い、今のはどういうおつもりで……」
「私の眼と唇には、相手の心の重荷を取り払う力が宿っているのです。あなたは先程私と眼を見詰め合い、接吻を交わしました。それで、如何ですか? 胸の痞えが取れた気はしませんか?」
そう言われて、私は胸に手を当てる。確かに奥の方で漂っていたドス黒い感情が、ほぼ無くなってる気がしないでもない。
「確かに……今の私の心、すごくスッキリしている気がします……! 王妃様のお陰です……! 本当に、有難う御座います……!」
「ウフフ、ご満足いただけたようで何よりです。では、そろそろ出ましょうか?」
「はい……!」
風呂から出ると、やはり一瞬で、肌に付いていた水滴が乾く。肌は肌理が細かくなってハリやツヤが出ていて、髪も艶やかで滑らかになっている。お湯に浸けていた服も、取り出した瞬間に乾いてしまう。小さな汚れも残らずに綺麗になったそれを着て、私達は大浴場を後にする。
「レグルス……あなたならきっと、転生者への復讐もアルティメットポラリスの獲得も出来ると信じてます」
「あ、有難う御座います」
「国王様が言っていました通り、今日はゆっくりと休んで下さい。明日もアルティメットポラリスを捜索するのでしょう?」
「はい。デネボラさんも一緒です」
「そうですか、承知しました。ではレグルス、ごきげんよう」
「お休みなさいませ」
私は王妃様と別れ、自分の部屋へ戻った。
その後私が、再び服を脱いで、生まれたままの姿になって眠りに就いたのはここだけの話。