異世界で人生をやり直すだけの簡単なお仕事です
某国某所のとあるオフィスの一室で、二人の男が首をひねっていた。
「君、ちゃんと人員募集はしているんだろうね?」
「もちろんです。現地の広告エージェントに依頼を出して、この通り、無事に掲載されています」
若いほうの男が、見本として受け取っていた現地の雑誌とよばれる媒体を差し出した。
開かれたページは、確かに彼らの出稿した広告が掲載されている。
「紙をこんなに……豊かな世界なのだな」
「それだけに、わざわざ我々の世界に転生してくださる方がいるかどうかは懸念材料でしたが、現地のエージェントいわく『プロモーションですね。大丈夫でしょう』とノリノリでしたので……」
となると、文面が悪いのだろうか?
誰も来ない、連絡もないオフィスですることのない彼らは、広告を前に首をひねった。
── 【異世界で人生をやり直すだけの簡単なお仕事です】
「冒頭配置でここだけ文字が大きいな。訴求点ということか」
「『とにかくキャッチーなアイコンで視線をグッ』とのことで、よくわかりませんが異世界でやり直すというのが重要キーワードだそうです」
「うーん、俺もよくわからんが、餅は餅屋。専門家がそう言うのであればそういうものなのだろう」
「私独自に調査したところでも、かの国では異世界転生・転移がブームのようで、当方の要求ともマッチした注目ワードかと思います」
「気になる点といえば『簡単』か……。まあ、こちらに転生してもらった時点で我々の仕事は終了だが」
「その後については私共の責任ではありませんからねえ」
── 【アガルタは、新戦力を募集します!】
── 【資格・職歴・年齢・性別すべて不問!】
── 【勢力拡大につき意欲のある方の応募をお待ちしております】
「特に言うべきことはないな。定型文というやつなのだろう?」
「おっしゃるとおり、この手の文章というものは世界が変わろうが似たようなもののようです」
若い男は頷き、現地のエージェントの言葉も添える。
「『資格・職歴・年齢・性別を気にしない』というところが当方のウリになるようで、オリジナリティが出せると喜ばれました」
「こちらの世界でどれだけの偉業を誇ろうが、転生してしまえば関係ないというだけなのだがな」
「必要なのはただ、人手、人数ですからね」
── 【残業月20時間以内】
「残業とはなんだ?」
「日が暮れてからも働くことだそうです。」
歳が上の男が驚きに顔をしかめた。
「明かりのない夜に働くなど無理ではないか。わざわざ言わなければならないことなのか?」
「どうも、こちらの世界では……」
若い男は身震いした。
日が暮れてなお、終わりなき労働を強いられる世界。なんと恐ろしいことか。
「……文化が違う、ということか。まさかこんなものがウリになるとは」
「相対的技術には劣るはずの我々にも、誇るべきものはあるということなのかと」
そういうことになった。
── 【年間自由日120日】 (※農村の場合)
「三分の一の課税、三分の一の役務、三分の一の自由を、現地ふうに表現するとこうなるのか」
「就労体系が異なりますので、現地の法だの規制だのにひっかからないような表現にするために苦労しました(現地エージェントが)」
ちなみに、自由日とは休日という意味ではない。
自分のために使っていい時間が年間約120日という意味で、身代を築くとは言わずともお小遣いをつくるならこの時間をあてて働かなければならない。
ただし、何をもって「自分のための時間」かは社会階層や立場にもよるために、サンプルとしては最も人口の多い農村農民の就労を参考にしている。
── 【正戸籍登用制度有】
「我々が自信をもって打ち出せる項目だな」
「はい」
「戸籍だぞ戸籍。出自を問わず、成果さえ出せば人間として取り扱われる可能性を与えるとは、気前が良すぎてかえって疑われはしまいか?」
「小作農から貴族への成り上がりも、僅少とはいえ例がないわけではありませんからね。私も懸念したのですが、『“成り上がり!” いいですね、ホットワードですよ!』とのことで」
「やはり上昇志向はどの世界の人間も同じということか。ほどほどに流動的な身分構造こそが社会の活力を生むからな」
「おっしゃるとおりであります」
── 【業界シェアNo.1】 (※当方調べ)
「これはどういう意味だ?」
「比較対象がありませんので、No.1を名乗ってしまっていいだろうということで」
「まあ、響きはいいよな。“No.1”」
「さようで」
そういうことになった。
── 【未経験者歓迎】
「無難だな」
「異世界への転生経験者が、そうそういるとは思えませんしね」
── 【賞与有】
「戦場に出れば略奪の機会もあるな、確かに」
「ボーナスの有る無しはかなり大きな訴求点だそうですので、こうしてわざわざ枠を取っているようです」
── 【アットホームな職場です!】
── 【親切丁寧に指導します!】
── 【夢に向かって頑張りましょう!】
── 【必要なのはやる気と笑顔!】
「現地のエージェントいわく、『スペースが余ったらコレ!』という定型文だそうで、おすすめ順に埋めてみました」
「まあ、そういうものなら何も言うまい」
アットホームな職場もなにも家とはイコール職場だろうとか、使えるようになるまで“指導”するのは上役の責任でありたまに熱意がほとばしることもあるとか、そういうことはもう、どうでもいいことである。
「……いやしかし、やる気と笑顔はわかるが、夢ねえ?」
「夢を見るくらいなら戦うべきですよね、現実と」
「それなあ」
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某国某所のとあるオフィスの一室で、二人の男は首をひねった。
「特に悪いところは見当たらないが、ではなぜ、応募が来ないのだろう?」
「なんでなんでしょう?」
彼らは気づいていなかった。
彼らの依頼は現地エージェントに、募集広告ではなく、新作ゲームか何かのプロモーション広告だと思われていたことを。
それゆえに、掲載された広告に、連絡先が載っていないということに。
(了)
じゃあ連絡先が乗っていたら応募するかと言われると、困る。
2019/11/03 表記揺れの調整