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底辺と呼ばれた魔術師が、最強の美少女魔術師を育てることになりました。

 ――僕が少女と出逢ったのは、満月の晩餐から追い出されてすぐのことだった。

 何故僕が追い出されたかって? ……それは、まぁ、理不尽な理由を付けられたせいだ。納得いかないが。

 とにかく、今は少女を助けることだけを考えなければならない状況だ。何故ならば、少女が禁術に使われそうだからである。

 これはただの禁術じゃない。命を無駄にする意味もない禁術だ。それを禁術と呼ぶのかすら怪しいが、男がそう言い張っているのだから仕方ない。

 

 地に書かれたパイモンの紋章。そこに新鮮な処女の血を流し込めばパイモンが現れ、望みを聞いてくれるというらしい。

 はっ、馬鹿馬鹿しい。悪魔を崇拝しているのなら間違っていることぐらい気づかないものだろうか。

 そもそもパイモンはルシファーの命令にしか忠実に従ってくれない。なので、ルシファーを喚起してからパイモンを呼びなさなければならない。正しく服従させなければ、わけの分からぬ怒号を喚き散らしているだけにしか聞こえない。だから、無意味な禁術なのだ。この程度のやつにルシファーなど喚起できるとは思えないしね。

 

 少女は顔をぐちゃぐちゃにしながらひたすら男に泣き付いていた。

 命の懇願、未来が消える恐怖。その少女には重すぎる現実である。


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……! もう、まちがえないから。いい子でいるから……!」

 まだ齢4,5くらいに見える濡羽色の髪の少女。服ははだけ、青紫色の内出血の痕が痛々しく垣間見れる。日常的に暴力を振るわれている証拠だ。


 「うるさい、このろくでなしがっ! 我が高貴な『オーロ』の血族だというのに、お前はちっとも魔法を扱うことが出来ない。こんなクズ、育てるより贄になってもらった方が有意義だ」

 いかめしい顔つきをした男は狙いを定め、思いっきり少女の頭部を蹴り飛ばそうとする。

 男はおごり高ぶっているせいか隙が見えた。ここで止めなければ――

 ……左手を男に突き出し、瞬時に詠唱を行う。 


 「――離れろ(アパジィ)っ!」

 「うおっ……!?」

 その放たれた魔法はビュンと風を切るような音を立て、男を3,4m程突き飛ばした。

 詠唱が短いと効果も薄い。だが、『アルジェント』だからと舐めてかかっているから防御魔法などかけるわけがない。おかげで十分な時間を作ることが出来た。

 僕はすぐさま少女に駆け寄り、羽織っていた黒いローブを覆い被せた。

 このローブは多少の魔法なら防いでくれる優れものである。

 

 「すまないなお嬢ちゃん。君に干渉できるのはこのタイミングしかなかったんだ」

 「ふぇ……うぐっ……たすけて……」

 「大丈夫だ、助けてやる。名前は?」

 「アンヴィ……」

 「アンヴィか。良い名前だ」

 ローブ越しに少女の頭を撫でる。

 少女は少しずつ泣き止み、ローブをギュッと持つと僕を見つめた。

 「心配しないで。君の瞳には、キラキラと輝く生きる気力が見える。そんな子を見殺しになんてしない」

 少女は小さくうなずくと、僕の後ろに隠れた。


 「チッ、全くよぉ……邪魔ばかりしやがって。底辺の魔術師がでしゃばってるんじゃねぇぞ!!」

 男はふらつきながらも立ち上がると、いきなり螺旋状の火炎放射を放ってきた。

 僕はとっさに少女を抱きかかえ、サッと転がり込むように避ける。

 「ずばしっこい奴め。これでどうだっ」

 男の身体から闇を放つ触手が僕の四肢に向かって巻き付いてきた。

 ぬるぬるとした厭らしい触手。吸盤に吸い付かれ、うまく身動きが取れない。

 「何っ!?」

 頑張って引き千切ろうとするが、全く歯が立たない。それどころか抵抗すればするほど巻き付いて苦しくなる。

 あの魔法を使うか? しかし、僕が誰だか分かってしまうのはディスアドバンテージでしかない。まだ僕がディマだとバレないうちに仕留めたいものだ。

 

 「ハハハッ、大したことねぇなお前! 目の前でこの幼女を絞め殺してやるから嘆くといい」

 触手が一斉に少女へと襲い掛かる。流石にマントでは防ぎきれない。

 「いや……いやぁ……!」

 ……仕方ない、さっきの言葉は撤回する。僕がディマだとバレても仕留める。共倒れだけは勘弁だからな。


 「じっとしてろアンヴィ!」


 バキバキバキという轟音と共に少女の周りを水晶が包み込む。

 とても重厚に、かつ透明度を高めて。

 月光を反射させ、一瞬でも相手の目を眩ませたらラッキーだ。

 抜け目がないか触手は探し回っているが、抜け目などあるはずがない。僕の得意な魔法は完璧に仕上げてあるからね。

 

 「貴様……ディマだな!? 混血の異端児……いや、こんなのアルジェントの産廃だ。絞め殺す――!」

 やっぱり、僕のことを知ってますか。この魔法を使えるのは僕だけですし。

 でも知っているということは、これ以外にも使えることは分かってますよね……?

 「火を我に纏わせよインドゥイリ・イグニス!」

 左手の黒い紋章から真っ赤に燃えさかる炎が噴き出し、僕の身体を飲み込む。

 触手は焼け爛れ、じりじりと音を立てながら朽ちていった。

 火を軽減するスキルを持ち合わせているが、それでも熱い。

 こんな忌まわしい技、本来なら使いたくないがな。なぜならば、混血の証だから――。


 「あぁ、貴様にこの高貴な血を分け与えるなんて何たる失敗作……! 我がオーロの恥さらしが、絶対に殺してやる!」

 「煽ったところで無意味だ。それに、僕はオーロの人間ではない。あくまでもアルジェントだ」

 パチンッ、と指を鳴らすと、男の足元を水晶が捻じれるように包み込む。

 「貴様っ!? この程度――」

 男は雷系の魔法を放ち、足元の水晶を破壊しようとする。

 だが、もう時すでに遅し。ディマは目と鼻の先へと瞬時に移動していた。

 手には暗灰色のファルシオン。ただならぬ殺気を纏わせ、狙うのは左腕――

 

 「散れ」

 

 ダン、と鈍い音と共に空気が裂かれ、血飛沫が上がる。

 振り下ろされたファルシオンは綺麗に左肘の関節を叩き切っていた。

 「あ”あぁぁぁぁぁっ!!」

 響き渡る断末魔、倒れこむ愚者。

 魔法は紋章に秘められている魔力がなければ放つことが出来ない。つまり、左手を切り落とせば無力だ。

 出血量からして、2,3分で意識を失うだろう。

 「……少し狙いがずれたが、まぁいい。オーロも腐れたな」

 必死に叫ぶ男の命乞いを無視し、アンヴィのもとへと駆け寄る。

 作り上げた水晶を変質させ人が通れるくらいの穴をあけると、よろけながら僕にしがみついてきた。

 

 「アンヴィ、もう大丈夫だ。悪いやつはやっつけたよ。どこか痛いところはない?」

 「うん! パパはだいじょーぶ?」

 「ぱ、パパ!? あぁ、大丈夫だよ」

 えへへ、パパと呼ばれるとは思わなかったな……もう少し後の話だし。

 デレデレしてにやけていたが、アンヴィが見ている方向は僕ではなくあの男の方だと気づいたのは数秒後であった。


 「パパ、痛そうにしてる。さっき、うわあぁぁって言ってたよ? ねぇ、パパはぜったいだいじょーぶなの?」 

 「えっ、アイツ……お前のパパなのか!?」

 「パパだよ。とってもやさしいの。パパぁ……」

 ぐずつきながらアンヴィは「パパ」と呼ばれた男のもとへ近寄って行った。

 僕はただ呆然としていた。どうみても、あれは本当の父親に見えない。似ているところなんて、何一つないのだから。

 

 「パパ……アンヴィだよ! だいじょーぶ?」

 「ハッ、俺が死にかけているいうのに悠長なやつめ。さっさと死にやがれ……」

 男の右腕がアンヴィの白く細い首へと伸びる。

 止めに入ろうとしたが、既に男には握る力など残されておらず、そのまま血溜まりに力なく落ちた。

 虚ろな目に光はない。

 「パパ……っ! ねぇパパ! しっかりして!!」

 もう助かる見込みはなかった。残念ながら僕は回復魔法を持ち合わせていない。いくら少女の父親でも、極悪非道なやつに変わりはない。このまま殺してしまった方が少女のためだ。

 「ねぇ、パパはいつおきてくれるの?」

 うるうるした目でこちらを見つめてくる。 

 ……非常に反応に困った。少女は「死ぬ」という意味を理解している年とは思えない。

 嘘をついてその場をしのぐか、「死」について説明するか。


 ――あぁ、神よ。どうかこれだけは赦しておくれ。


 「パパはね、疲れて寝ちゃってるんだよ。そっとしておこうか」

 「いーやーだ! パパといっしょにかえる!」

 僕の腕を掴みながらぴょんぴょんと跳ねて、駄々をこねる。

 どうしてそうなるのかなぁ。虐待されているというのに、父親を愛す心理はよく分からないよ。

 「うーん……でも、パパに痛いことされるかもしれないよ?」

 「わたしが悪いことしなければだいじょーぶだもん! もう悪いことしないもん!」

 「パパは殺そうとしたんだよ? もうね、パパにはアンヴィが必要ないんだ」

 「えっ――」

 愕然とした様子で僕をじっと見つめる。

 だが、徐々に表情を歪め、耳を劈くような嗚咽が森中に響き渡った。

 少女の悲しみは痛いほど伝わってくる。しかし、このまま放置するわけにもいかない。

 

 「……一緒に帰ろう、ね? もう痛くしないからさ」

 そう言った直後、少女は小刻みに震えながら僕に泣きついてきた。

 何か親近感を持ちつつ少女を抱き上げると、僕は血生臭いこの場所から消えるように立ち去った。



 この時はまだ、少女が最強の魔術師になるとは夢にも思っていなかった――

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