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茜色の世界を誓った君に。

 茜色の世界。


 地平線に沈みゆく夕日が世界を照らした時のみ垣間見える、一時の幻想郷。

 ただそれは言い換えてしまえば、ただの夕暮れに過ぎない。

 しかし夕暮れと言う現象は、毎日見ているのにも関わらず、人々に感動や哀感をもたらす。

 と、考えている旅人もまた、茜色の世界に魅せられた者の1人だった。


「夕日、綺麗ですね」


 旅人が1人思い耽っていると、後ろから綺麗で透き通った声で呼びかけられる。

 振り返れば、とある事情で共に旅をする事になった、麦わら帽子をかぶった人がいた。


「これはリストリア様。すいません、馬車を開けすぎました」


 するとその人は麦わら帽子を外して胸元へ持っていき、礼儀正しく答える。


「いいえ、大丈夫です。それと、さっきから言っているでしょう?私は貴方の旅の連れであって、もうそんな敬称で呼ぶ必要もないのですよ?私のことはリアとでもお呼びください」


 彼女は白いキャミソールワンピースを揺らしながら、満面の笑顔を向けた。


「⋯そうですね、リア」


 旅装束に身を包んだ男エインは、その心境により、返事が少し遅れたのだった。



 ────────



 旅作家。

 文字通り、旅をしながら執筆もする職業だ。主に行商等で手持ち金を稼ぎつつ、旅路であった出来事を紙に書いて製本し、それも売りさばく。言ってしまえば本業が行商人での兼業作家のようなものだ。

 そして書く出来事、と言っても色々ある。

 例えば旅路で巡った地の逸話や、作家自身が経験したアクシデント、旅路で巡り会った世界の情景、そして中には数週間地方に滞在しながら、その地方の人間関係を執筆する人もいて、その種類は様々だ。

 なにせ旅をしながら物書きをすれば、その時点で旅作家なのだから。

 そしてもし書いた本が面白いならば、財産は勿論、名声なども無条件で得られるだろう。

 そう、書いた本が面白ければ。



「旅作家ガハニ。そなたの作品と功績を讃え⋯」


 大きい王座が目立つ王城の大広間。

 そこで行われていたのは王が感動したという作品の作家を讃える授賞式とちょっとしたパーティだった。

 ガハニと知り合いであった同じ旅作家のエインは、広間の2階からその様子を見下ろしていた。


「⋯流行りの小説が書けるのは、さぞかし楽しいだろうな」


 しかしエインはガハニを讃えるのではなく、むしろ嫉妬心を露わにして、ほどほどの声量で愚痴を呟いていた。

 流行りのテーマというのは実に恵まれている。何せ、読者が「これは面白い設定だ」という先入観に囚われ、他の作品よりもリードできるのだから。

 然しながら、エインはその流行りの物語を書こうとは思えなかった。理由はおそらくエイン自身のプライドが許さなかったのだろう。なにせガハニが書くのは人間関係、そしてエインが書くのは情景と、テーマが正反対なのだから。


「今度こそ。あいつを超えるものを書いてやる。そして⋯」


「あら、威勢のいい作家さんがいらっしゃいますね」


 エインが意気込んでいると、後ろから綺麗で透き通った声に呼びかけられる。


「確かにガハニさんの作品は素敵だけれども、壮大感や雄大感に欠け、情景描写も甘い。人の心理描写などがメインで書かれている作品。正直、城に閉じこもっていた私にはあまり魅力を感じられません。人と人との繋がりよりも、雄大な世界を見てみたいのです」


 エインが振り返るとそこには純白のドレスに身を包んだ、この国の姫リストリアがエインの隣で物憂げにパーティ会場を見ていた。

 いつの間に、という本音は抑え、エインはその場で軽く腰を曲げ、頭を下げる。


「こんばんは、リストリア様。今宵のパーティに下衆な下心を露わにしてしまい、誠に申し訳ありません」


「いえ、私が望んでいるのは謝罪ではありません。ただ、2階から1人でパーティを覗いている貴方のことが気になったのです」


 リストリアは白い髪を揺らし、綺麗な瞳でエインを見つめた。

 彼はその言葉に思わず顔を上げ、自然と目が合ってしまった。



 ────その時、エインは時が止まったようにさえ感じた。

 いつも遠くから見るだけで王城からはあまり姿を表さないリストリア姫は、まさしく絶世の美女だった。

 出るところはしっかりと強調され、くびれも程よく絞られたスタイルと、男性の理想を形にした顔は見る者全てを魅了し、ドレスと同じ純白の髪はたなびく度に心を奪われるだろう。


「おや、そう顔を赤くしては表情がまる分かりですよ?」


 リストリアは口元を抑えながら小さく笑う。

 頬がほんのり赤くなったまま硬直していたエインは軽く咳払いをする。


「すいません、あまりの美しさに、つい心を奪われていました」


「まあ、お上手」


 にこやかに振る舞う彼女に対し、エインは粗相のないよう、慎重に言葉を選ぶ。


「ところで、あの者の小説を評価しておられましたが、読書がお趣味で?」


「ええ」


 リストリアは手すりに腕をかけ、楽しそうな表情で語った。


「私は幼い頃からお城に閉じこもってばかりで、小さい頃から本を沢山読んだのです。そんな時に父上が持って帰ってきた旅作家の本を読んでから、私はすっかり虜にされていまして。今ではあらゆる作品は読んでしまいました」


 王国の姫はまるでできたばかりの友達に趣味を話すような感覚で、自分の事を語った。

 パーティ会場を覗いている彼女の横顔は、まるで夕日を見ている美女であった。瞳は優しく、表情は緩やかに、それを覗いていた。エインはたったそれだけの事で、リストリアに見惚れてしまう。もし、彼女が一緒に旅をしてくれるなら。どんなに素晴らしい景色が見れるのかと。

 しかし叶わぬ願いを願っても仕方ないと思ったエインは、もっと彼女と話してみたいと思った。


「成程。好きな作品というのはありますか?」


 旅作家の素朴な質問に、彼女はゆっくり頷いた。


「今でも文を覚えています。

『太陽の光が雲の間を掻い潜り、海面を照らしたその情景は、まるで天使が祝福しているようだった。背丈の低い草が生い茂った山の上を歩いていた私は、きっとその景色に恋をしただろう』

 ⋯私の一番好きな作品の一部です」


 エインはその文章に酷く聞き覚えがあった。


「その旅作家は世界の情景に見惚れ、それを文章に起こしていました。城という世界しか知らない私には、その文がとても心に響いたのです」


 パーティの騒音が2階まで響き渡っている筈なのに、エインとリストリアの居る空間だけはその空気を打ち消し、静寂を保っていた。

 ただ、エインの心拍は激しくなっていく。何故ならリストリアの言った一節のせいだった。

 リストリアは1階のパーティ会場からエインへと視線を移し、優しい瞳で告白をする。


「私は好きな旅作家⋯いいえ、私に世界を教えてくれた私の好きな人を聞かれれば、この人の名前を挙げるでしょう。旅作家エイン、貴方です」


 一瞬、頭の中が真っ白になった。


 何せ、一目惚れをした姫から告白をされたのだ。彼にとっては気を保つので精一杯だった。


「貴方のことを召使いに調べさせました。驚かせてしまい、申し訳ありません」


「⋯いえいえ、そんな、滅相もない。貴方のような麗しい人からそんな言葉を頂けるとは、身に余る光栄ですよ」


 精一杯に返事するが、それでも落ち着くことはなかった。背筋を真っ直ぐに保つのも難しく、言葉も歯切れが悪くなってしまう。


「そして貴方にお願いがあります」


 リストリアはエインと向かい合い、手を前に添えた。


「もし、貴方が願いを叶えてくれるならば、私にできる事であれば何でも致しましょう。地位でも、財産でも、お望みならばこの身でも捧げましょう」


 エインは言葉を疑った。自分に頼み事をし、聞いてくれるならばこの身を捧げる、と言ったのだ。願ってもない好条件に、その願いは何なのだ、どれほどの無理難題なのだ、と思ってしまう。

 そして彼女は告げる。

 エインという男の人生を最も変えた言葉を。


「___私と旅をして、私だけのための本を書いてくれませんか」

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