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君に届け英雄譚


 未来の私を視た。

 あどけない笑顔で、とても幸せそうに。私に向けて手を振っていた。


 そんな私の隣に佇んで、しっかりと手を繋いでくれている人がいて。

 その顔はちゃんと見ることができなかったけど。

 その姿を、追いかけようと思った。




「……それで、僕に声をかけてきたと」

「そういうことだよ!」


 そう言って屈託なく笑う彼女に対して、僕は未だ戸惑いを隠せていなかった。

 その外観──両方の頬に三本の刺青があって、雨合羽のような防具を身に纏っている──というのもあるのかもしれない。けれど、そんなことよりも彼女に出会ってすぐに言われたことがずっと頭に残っているせいだろう。


「こんにちは、私の名前はユーフィリア。初めまして、『私の英雄』」


 出会って初っ端にそう言われたときには面食らった。正直、関わってはいけない類いのものだと思って、少しだけ言葉を交わしてその場を切り抜けようとしたほどだ。

 しかし彼女、ユーフィリアはどうやら僕の先輩にあたる人のようで、とりあえず一回でも狩猟依頼を一緒にこなそうと言われると断りづらかった。そのまま流されるように依頼に同行し、今は帰りの馬車に揺られている最中だ。


「未来の英雄を視る眼、か。本当だったら凄いよね」

「だから本当なんだってば! たぶん君が思ってるほど凄くはないけど……」


 荷台の中で各々座って話し合う。数日行動を共にしたことで、僅かながら気心が知れてきた。なんだかしてやられた気分だ。

 ここまで強引に事を押し進められたのは、彼女曰くちょっとズルをしたとのことらしいが。


「あくまで私が視たのは『私の英雄』だもん。『みんなの英雄』になりたいなら応援するし、私もすごく頑張るけど、『みんなの英雄』になるのは大変だよ」

「へえ、そのふたつは違うんだ」


 どうやら英雄というものの在り方について、彼女は明確な線引きをしているようだ。

 『みんなの英雄』はたぶん街や国の大人物になることを指してるんだろう。確かにそれは大変そうだし、自分がそうなる姿もなかなか想像できない。

 であれば、『私の英雄』は本当に彼女だけが対象になるのか。でも、同じくらい想像は難しかった。何せ、具体的な話を何も聞いていない。


「『君の英雄』になるために僕は何をしないといけないんだ?」

「私とペアを組んでほしいな。今回みたいに」

「それだけ?」

「それだけ。あとは私が頑張るよ!」


 意外にも現実的な答えが返ってきた。狩猟者同士でペアやパーティを組むのはよくあることで、今回はそのペアの誘いに僕が乗ってくれれば目的達成とのこと。


「前置きがやたら壮大だったから、何をやらされるんだって身構えてたよ……」

「あはは、それはごめんね」


 回答次第では断るしかないと思っていたけど、話の続きを聞いてみよう。彼女は僕と組んで何がやりたいのだろうか。

 それを尋ねると、彼女はぱっと目を輝かせた。瞳の奥の光が楽しそうに揺れる。


「私は、青春がしたい! 英雄譚の真似でもいい、そういう演出をしたいんだ!」

「……なるほど。君ってものすごく英雄譚好きでしょ」

「もちろん!」


 清々しく彼女は答えた。

 ただただ英雄譚に憧れて、それに青春を見出し、追いかけようとしている。それがユーフィリアという少女なのか。


「青春のためとか言っていきなり強い竜に挑むとか、無謀な挑戦はしない?」

「そ、それは勘違いしてないよ。だから君と相談しながらかな。無謀なことはしないけど、ちゃんと強くなっていきたいとは思っているから」


 前もって釘を刺すと、若干目を逸らされつつもまともな反応が返ってきた。これは以前無茶をしたことがあるなと察する。

 何事も命あっての物種だ。それを鑑みてくれるのであれば、あとは彼女の思惑を受け入れられるかどうかという話になってくる。


「でも、君がどこかの段階で落ち着きたいって言ったらそこまでかな。そうならないように頑張るけど、そこは君の意思を優先するよ」

「あ、また言った」

「うん?」

「その『私が頑張る』っていうのはどういうこと? さっきから気になってたんだ」


 流石に見過ごせない。英雄についての話もそうだったけど、彼女のその物言いからは度を越した何かを感じるのだ。あえてその言葉を使い、強調しているかのような何かを。


「ふふふ、それに気付くとはなかなかやるね」


 彼女はにやりと笑って、それから何かを諳んずるように目を閉じて人差し指を立てた。


「『英雄とは、その者が自ら成るものではない。周囲の環境が創り出すものである』」

「……」

「私が大好きな英雄譚に書いてあったんだ。その言葉は、私にちゃんと刻まれてる……。『私の英雄』を見つけたいなら、待っているだけじゃダメなんだ。私がものすごく頑張って、掴み取るものなんだ」


 目を開いた彼女の瞳は爛々としていて、思わず背筋が寒くなった。

 変わったひとだとは思っていたけど、その異常性──そう言ってしまっても仕方がないほどに──の一端を垣間見ている気がした。


「君が『私の英雄』になるんじゃない。私が君を『私の英雄』にする。『英雄を創り出す周囲の環境』になるために、私は頑張る。君に私の理想の道を選んでもらうための努力なら、何だって惜しむつもりはないよ」


 それは、言わば僕の思考を操作するということだ。その覚悟を背負っている。頑張るという言葉の重みが異質なのも頷ける話だった。

 彼女の雰囲気に気圧されてしまった僕は、口を開くのに少しだけ苦労した。


「……もし、僕が君の思い描く道に進まなかったら?」

「うーん……。すごく悔しいだろうけど、私の負けかな。だって、この考え方だと理想を成し遂げられなかった理由が私になるもん。君に何かしたりはしないよ」


 凄い。徹底的に自己完結している。

 あくまで僕の選択を縛ったりするつもりはないらしい。信じてもいいのかは分からないけど、それが彼女の矜持ならば、違えることはそうないんじゃないか。


「つまり、僕は君の英雄になるために君を追いかけ続けて、いつか追いつくことが目標になるのかな」

「そ、そんなことはないよ! むしろ追いかけるのは私の方! 君はずっとずっと先にいて、追いつけるのか不安なくらいだよ」


 彼女は慌てるように手を振って僕の言葉を否定する。

 僕はまだ駆け出しの狩猟者で、彼女とは明らかな実力差がある。しかし彼女は僕とは真逆の捉え方をしているらしい。


「狩猟者として私は君より実力者なのかもだけど、それ以外の部分は全然未熟なんだ……。青春の行先も、幸福のルールも、まだ見つけられてない。できればいつか、君と同じ世界に立てたらいいなって思ってるよ」

「僕ってそんなに大層な人に見える? ぜんぜん自覚ないんだけど」

「少なくとも、私の目にはそう映ってるよ!」


 少なくとも私の目には、か。彼女の独特の解釈を散々聞いてきたせいか、それで納得しかけている自分がいた。

 お互いに追いかける立場という意識があるから、結果的にこうして対等なやりとりが行えているのかもしれない。


「私の言いたいことは終わり。あとは君の選択次第だよ」

「そうだなあ、どうしようか……」


 彼女の思惑は大体知れた。それ故に迷いが生じる。きっとこんなペアのお誘いなんて誰も経験したことがないだろう。

 思い悩んでいると、おもむろに彼女が呟いた。


「──それ、それだよ。その逡巡、葛藤。それだけは、誰からの束縛も受けない」


 とても尊いものを見たとでもいう風に、微笑みを浮かべて胸に両手を当てる。


「きっとその戸惑いは、世界でいちばん綺麗で、価値のあるものだから──」


 その視線の先が僕であるということに、色々な意味でどきりとさせられる。未知に対するものと少女に対するもの。もし彼女の思惑に乗ったなら、それらと向き合うことになるのは必然だ。


 ……非日常への誘い。それに興味を持ってしまうのが、青春というものなのかもしれない。


「分かった。君の誘いを受けるよ。君の英雄になれるかは分からないけど、君と一緒にいると楽しそうだ」

「…………ほんと? ほんとに? うわぁ……! ありがとう! その選択をしてくれて、本当によかった……!!」


 僕はこれから、自らの人生の一端を彼女に委ねる。

 その決断に対して、彼女は胸に当てていた両手をぎゅっと握りしめて、目に涙すら浮かべて笑った。まるで、今まで生きていていちばん嬉しいとでもいう風に。


 そして馬車の御者に向かって「すいません、ここで降ります!」などと宣う。止める間もなかった。

 降り立ったのは山の麓の草原だ。なだらかな傾斜がずっと続いていて、その先に小さく街の砦が見える。


「街までそれなりに離れてるんだけど」

「ふふふっ、こんな出会いの日には、この見晴らしのいい草原がきっとお似合いだよ!」


 そう言って彼女は歩き出した。馬車はもう遠くへ行ってしまって、僕も仕方なく彼女の隣に立って歩く。


「すること成すことが突拍子なさすぎない?」

「それはそうかも。私、人の姿してるけど人じゃないからね。生まれて日も浅いから考え方が極端なんだと思うよ!」

「……今なんかさらっと凄いこと言ったよね。その話、詳しく」

「ひとつかふたつくらいは謎があるのがヒロインってものだよ!」


 二人で言葉を交わしながら街へと続く道を歩いていく。

 本当に楽しそうに笑うのに、それでも幸福や青春には程遠いのか。彼女の思い描く『私の英雄』も含めて、その在り方が全く見えてこない。


 頭の防具を脱ぎ取ったユーフィリアの、黒みがかった銀髪が風にたなびいていた。

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