コントラクトゥス・ヒストリア
息を吸う。
『目標サイクロプス、500……いや、450ヤード、N方向、山の森の中から麓に向かって進行中』
息を吐き、照準を目標に合わせる。
『こちらも向こうも周辺人影なし、目標もそろそろ森から出てくるね』
息を吸い、止める。
『偏差は大丈夫だけど風が若干、銃口ほんの少し左に修正して……
OK、今っ!』
タァンッ!
『……目標の目に命中、木をなぎ倒しながら倒れたね、とりあえず大丈夫そうかな、お疲れ様』
その報告を聞き、俺は息を吐きながら座り込んだ。
「サイクロプスとはいえ、人の目だと豆粒サイズの敵を目標にするのはどうなの?」
『あら、実力試しがしたいと言ったのはどなただったかしら』
俺は降参とばかりに片手を挙げつつ、もう片方の手で銀色のスナイパーの見た目をした武器を置く。
するとそれは一瞬強い光を放ち、その光が消える頃には1人の獣人がそこに立っていた。そして置かれた武器は消失している。
――それはまるで、武器が人に変わったかのように。
──────────
その後、2人はサイクロプスの死体から価値のあるものを回収し、森に燃え移らないよう注意しつつ、火の魔法で死体を燃やしていた。
「それにしても、やはり君の世界の武器はすごいね」
燃やし終わるまで暇だったのか、相棒――スフィルが体を動かしながら話しかけてくる。
初めて契約を結んだときに記憶は共有されているため、昔の世界のことも世間話かのように気軽に聞いてくるのは、彼女の気さくさが所以だろう。
俺の記憶を初めて覗かれた時の彼女の反応はすごい傷ついたなぁ……
などと少し感傷に浸りつつ、俺は装備を外しながら対応していく。
「……まぁこっちの世界より明らかに技術発展してるしな」
「確かズセルス大陸くらい発展してるんだっけ?」
「俺はリネフィア大陸から出たことがないから、他の大陸のことはあまり詳しくないんだけど」
この世界には5つの大陸があり、それぞれに2種族ずつ住んでいる。
その中でもズセルス大陸は、相当な技術発展を成し遂げている――と書物で知っている――、他の大陸とは違う、言うならば差をつけている場所だ。
小人種と機械種が住んでおり、実際にズセルス大陸に行った者からは「城のような建物がそこら中に転がっていた」「まるで異世界のようだった」など、様々な噂が流れている。
まぁ、噂には尾ひれがつくものなので、どこまで当てになるかわからないが……
「この前一緒に仕事をした、ウェルトーラちゃんって覚えてる?」
「あぁ、背丈くらいある大剣を扱ってた、色んな大陸で依頼受けてる鬼人種の女性か」
背がかなり小さかったので、凄く印象に残っている。
――まぁ本人に言ったら十中八九怒られるだろうから絶対に言わないが。
「そうそう。あの子この大陸を拠点にしてるみたいで、時々酒場で会うから、他の大陸での話とか聞いてるのよ」
「それ言い出したら、リネフィア大陸にいるお前もだいぶ異質だけどな……」
「まぁ私は……ね?アレだし」
スフィルは体を動かすのをやめ、目を背けるようにして逆立ちをし、そのまま体を上下させ始める。
契約による記憶共有により、彼女の境遇を知っている俺は、彼女が誤魔化したことを咎めはしなかった。
――まぁスフィルもこっちが触れて欲しくない事情は避けてもらってるし、お互い様だよな。
「それで話を聞く限りでは、海産物とかを数日保存できるとか、動物や私達、つまり契約者を必要としない乗り物や連絡手段があるとか、それこそさっき私がなってた……スナイパーライフルだっけ?みたいな遠距離武器があるとか聞いてるよ」
「……それ下手すると、地球と同じくらいの発展具合だな」
どうやら想像以上にズセルス大陸は発展しているようである。
話を聞く限り、電話があるため、1900年頃までの発展はしているようだ。
医療の発展を聞いていないためこれ以上年代を特定することは出来ないが、ズセルス大陸では自分の特性は活かせないだろう。
「それでもそっちの世界には劣るんだね……やっぱりセロンドのいた世界はすごいや」
「……一応まだ仕事中だから真名で呼ぶのはやめてくれ」
「ごめんごめん、うっかりしてた」
そう言いながら、彼女は自らを支える指を減らしていく。恐らくそのままトレーニングを始めるのだろう。
――俺も負けてられないな。
火を見てるだけっていうのも暇だし、スフィルにいつまでも身体能力で負けるのも癪なので、俺も立ち上がってトレーニングを始めることにした。
すると立ち上がる音に反応したのか、スフィルが3本指での逆立ちをやめて、こっちに近づいてきた。
「ん、珍しく剣の練習でもする気になった?」
「いーや、火から目を離すのはまずいし、筋トレでもしようかなと」
俺は柔軟をしながらスフィルと話していく。
「ちぇー。折角ひさびさに銃以外の武器になれると思ったのに」
「というよりアドバイスという名の扱きを加えたいだけでしょ」
「えへへー、バレたか」
スフィルは可愛らしくもわざとらしく舌を出す。
彼女は努力家なのは良いのだが、戦闘狂の面があるらしく、時折こうやって無理矢理扱こうとしてくるあたりが玉に瑕である。
俺は柔軟を終え、腹筋をしながら会話を続ける。
「というか、今日はまだこの後も仕事あるでしょうに」
時刻は、太陽の位置的にルコズスの4時――元の世界で言う14時頃――。まだ日は高いし、他の仕事の予定も入っている。トレーニングと言う名の扱きを強行されると、依頼者に大変な迷惑がかかってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。
「そっか、それもそうだね」
どうやらスフィルも分かってくれたようだ。
「つまり、仕事が全部終わった後だったらトレーニングしてくれるんだね!」
訂正、全然分かっていなかった。
「……まぁ、仕事終わった後ならいいけどさ」
「やった、久々に剣になれる!」
彼女は無邪気に飛び跳ねて喜んだ。
トレーニングが終わった後の疲れ方を想像すると若干の後悔を感じるものの、彼女がこんなに喜んでくれるならいいかなとも思ったりもする。
そんな彼女を眺めながら、ふと思いついた質問を彼女に投げかけることにした。
「毎回思うけどさ、なんでそんなに剣になりたがるの?変化してる時に壊されたら死んじゃうんだぞ?」
「えー、だってカッコいいじゃん」
「そんな軽いノリで命を危険に晒す武器にならないでくれ……」
「あら、なら銃ならこんなノリでいいの?」
「ダメだけどさ……」
そんな戯れをしているうちに、サイクロプスの遺体の始末も終わり、帰路につくことが出来るようになった。
スフィルはいつも通り車になり、俺はその上に荷物を積んでいった。
「ほら、荷物積み終わったら車に乗って、仮眠取っておいて。夜寝てないでしょ?」
「……流石にバレてるか」
「獣人相手に夜の外出がバレないわけないでしょ。ほら、早く」
そうして急かされながら、俺は車に乗り、目を閉じる。
揺れないように運転してくれている彼女の気遣いに感謝しつつ、眠りに落ちるまで俺は物思いに耽ることにした。
気がついたら転生していたこの世界、フィーリナ。
魔法も契約もある上、人の見た目なども地球にいた頃とは全く違う環境。
そんな中でも、元の世界と同じように普通の人間、ただの平民に生まれた自分は、それこそ元の世界と全く同じような人生を歩むと思っていた。
あの日が来るまでは。
全ては、一つの犯罪から始まった。




