ロード・アルケミスト~流れ着いた世界を最強チートでのんびり生き抜く~
「働け、永遠に。お前に自由はない」
少年は絶望していた。
彼は魔法技術で創られた命、いわゆるホムンクルス。
魔法を効率的に使うためだけの生きた『道具』だ。
少年に名前はなかった。
KA135、という製造番号だけが彼のアイデンティティー。
少年が生まれたのはステータスやレベルの存在する世界、アルタイルだ。
そしてアルタイルでは生まれた時のクラスで、できることが決まる。
生まれついたのが『ウォーリアー』なら戦闘のプロに、『ヒーラー』なら治療の専門家という風にだ。
少年のクラスは『アルケミスト』という非常に希少なものだった。
100万体以上いる少年の兄弟姉妹に、『アルケミスト』は1人もいない。
いや、歴史上でも数人しかいないほど『アルケミスト』はレアなクラスだった。
あらゆる無生物や生物に干渉できる生産特化のクラスだが、文明世界への影響は極めて大きい。
それが少年の不幸だった。
「家畜や植物の改良をしろ」
「エリクサーの新製法を考えろ」
「新しい生物をつくれ」
そのほかにも山となるほどの命令を与えられた。
そんな無茶に、少年は生まれてから創造主たる人間達によく仕えた。
朝早くから深夜まで休みなどなく、理不尽な命令をこなし続けた。
もちろん、報酬もなければ自由も逃げ場もない。
狭い独房のような部屋から出ることを禁じられていた。
まさに何の見返りもなく少年は必死に働き続けた。
少年のおかげでアルタイルの文明はこれまでにないほど発展した。
人間の寿命は長くなり、建物は天にも届くほどになった。
人間達はまもなく少年を不老の存在にした。
もっとも、年を取らないようにする薬も少年が開発したものだったが。
少年の有用性は明らかだったし、ほかに『アルケミスト』は生まれなかったからだ。
ひたすらに少年は新しいものを生み出していく。
自動車が走り、コンピューターができ、世界の隅々まで人間は勢力を広げていった。
たった1人の『アルケミスト』がまたたく間に世界を革新したのだった。
だが、少年は研究所に幽閉されていた。
何十年もの間、少年の日々は変わらなかった。
「……こんな日々が永遠に続くのか」
疲れ切った少年は、ぼんやりとこの地獄が終ることを望んだ。
しかし一切の反抗を禁じられ、服従を強制された少年には何もできない。
自殺することもできないのだ。
鉄格子のはめられた窓から見える小鳥が、羨ましかった。
いつからか芽生えた自我で、少年は望んでいた。
ゆったりと自分の意志で生きたい、と。
好きな時に眠っておいしいものを腹いっぱい食べたい。
そんなささやかな夢。
だがそれは叶わないと、少年は知っていた。
ゆえに少年は心の底から絶望していた。
それでもどうにもできず――少年は今日も夜遅くに眠りについた。
♦
「ここは……? 俺、寝てたはずなのに」
少年が目を開けると森の中だった。
全く見覚えがない光景だ。
そもそも、少年は研究所の外を全くと言っていいほど知らない。
だけれど妙に安らぐ雰囲気の中に少年はいた。
見上げるほどの大樹が、少年の前にそびえ立っている。
ただ、大樹は枯れかけていた。
『目が覚めましたか、異世界からの来訪者様。ご機嫌はいかがですか?』
少年の頭の中にどこからか声が響く。
ゆったりとした優しい少女の声だった。
「……とってもいい気分です! 状況は掴めないけれども」
少年は素直に答える。
異世界の来訪者ってどういう意味? と内心疑問に思いながら。
普通なら逃げるような状況かもしれない。
だが少年には、見えない声の主が脅威とは思えなかった。
むしろ少年の人生の中で、これほど穏やかな声は聞いたことがなかった。
さらには良くも悪くも少年には警戒心がない。
少年にとって、他人との関係はこれまで仕事を命じる人間達しかない。
狭い限られた付き合いしかしてこなかったのだ。
『私も推測しかできませんが、よろしいですか?』
「親切な方ですね。なんだかわからないこの状況で、他にありませんし。よろしくお願いします……ところで声は聞こえますが、あなたの姿が見えないのです。どこにいるのでしょう?」
『ふふっ、来訪者様の目の前に』
「目の前、ですか? もしかして、この樹ですか……?」
少年は枯れかけた大樹に歩み寄る。
次の声は、近づいた分だけ近くに聞こえた。
『その通りです。私はこの世界の守護者を長年務めている、結界樹のステラと申します。実を言うとこの世界、べステリアは時空が乱れやすい世界なのです。そのため、たまに異世界から様々な品物が流れ着きます』
少年は幽閉されてた研究所を思い出していた。
そこでは時空の研究もされていたのだ。
アルタイルではすでに異世界の存在は常識になっていた。
ただし、気軽に観測したり移動できるものではない。
まだ異世界間の転移は実験段階のはずだった。
少なくても、生きている人間やホムンクルスが行き来した実例はないはずだ。
「ええと、俺は……流れ着いたひとつってことですか?」
『そういうことになります。それにしても、来訪者様は落ち着いてますね。普通はもっと動揺するかと思うのですが』
「俺のいた世界では、異世界が存在することになっていました。生きて異世界に転移したのは多分、俺が初めてですけれど」
『なるほど……話が早くて助かります。しかし、自分で言ってはなんですが樹が喋っているのは気にならないのですか?』
ふと少年は考えた。
少年が生み出した物のなかには、意識のある植物も含まれている。
ステラほどの高度な知性はなかったけれど、簡単な会話程度なら可能だった。
そういえばと、少年は自分が生み出した意識のある植物のことを少し思う。
一番最初の意識のある植物に、少年はステラと名付けていた。
口に出したことはなくて心の中で呼ぶだけではあったが。
奇妙な偶然もあるものだが、異世界のどこかでは同じ名前もあるかもしれない。
少年は軽く考えて終わりにした。
「それも俺のいた世界では、驚くことじゃありません。ステラさんのようには喋れませんでしたが……」
少年は言って、大樹にそっと触れた。
その瞬間、少年は首を傾げる。なぜだか懐かしい気持ちを感じたからだ。
苦労しながらも手塩にかけた創造物と再会したような、そんな不思議な感覚だった。
「ん……? あれ?」
『あっ……?』
ステラも少年と同じように言葉を漏らした。
『そんなことが……いえ、この感覚は……』
「ステラさんも何か感じたの?」
少しの間、大樹からは答えがなかった。
なんだか考え込んでいるようだ。
数十秒して、大樹からまた声が響いた。
『ええ、たしかに感じました。ぶしつけですが、来訪者様は元の世界ではこう呼ばれていたのではないでしょうか? KA135、と』
「……どうして、俺の名前を?」
『ああ、やはり……! 私です、あなたの手で生み出された苗木のステラです!』
「はいっ? え……!?」
少年は呆気に取られたが、ステラは早口で喋り始めた。
『間違いありません、この魔力の波長! アルタイルの研究室で生まれてから私の自我が芽生えるまで、ずっとお世話してくださったではありませんか。ああ、今でも主様の手から引き離された日を思い出すと、胸が張り裂けそうです。その後、私が時空転移実験に使われたことはご存知でしたか?』
「い、いや……そうなの? 本当にステラなの? あの小さかった、苗だったステラ?」
『ええ、そうです。信じられないのも無理はありませんが……。私がこの世界に流れ着いてから、長い年月が経ちましたから』
ステラが言い終わると、少年の背後から物音がした。
振り返るとそこには、少年の背丈よりも大きい白銀の狼。
「君は……」
『覚えておられますでしょう? 主様が創造されたフェンリスという品種の狼です』
少年は静かに頷く。
白銀の狼は見間違えるはずもなく、少年の生み出した生物だった。
『ベステリアには、主様の創造された生き物がたくさんおります。つまり、こういうことでしょう。単に場所だけでなく、遥か未来の異世界に主様はたどり着いたのです』




