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大いなる母は矮小なる人間を許容する

「ちゃんと五体満足で帰って来れたか?」


「見れば分かるだろ、見れば」


 会話すら面倒くさいので、投げやりに答える。


「今日もエビみたいなやつらだけだ」


「エビ?キノコじゃなくて?」


「どっちでもいいだろ」


 確かに奴らは、キノコっぽい部位もいくつかあったが、キノコに見えるは流石に無理がある……と思う。

 本当にどうでもいいけど。


「食料の追加はなしかァ、辛いねェ…。

 まあ、無事なだけいいか。

 お疲れさん、ってことで一緒に飲もうぜ?」


 酒を飲みながら、こちらに酒を投げ渡してくる。落として割れないように慌てて受け取る。

 正直、早く休みたい。それに、飲みたい気分でもないのに、貴重な酒を空けるのは何か勿体ない気がする。

 なので、飲み続けてるオッサンの隣に酒を置いて話を続ける。


「飲みたい気分じゃないからいらない。それより他の奴らは?」


「あら、振られちゃったかぁ…悲しいねェ」


 そう言うと、オッサンは悲しそうに肩を落として、杯に酒を注いだ。

 オッサンは、本当に少しの間悲しそうにしていたが、少しすると杯の酒をちびちびと飲み始みながら、饒舌に話し始めた。


「ジェラルドは食料とかの物資を探しに行った。まあ、収穫なしだろうな。こんなご時世だ、物資なんてそうそうないだろうさ。」


 諦めてたのか、本当にどうでもいいような口調でそう言って、また酒を飲む。


「クラウスはまだ戻ってきてねぇな。周囲の見回りにしては帰りが遅すぎるし、もうぽっくり逝っちまってるかもな?まあ、帰って来れないのは運が悪かったと思うしかない。

 だが、運良く帰ってこれた奴も居るんだ。今日も生きて帰って来れた幸運を祝い、これからも幸運であり続けられることを祈るとしようぜ?」


 そう言って、2人で酒を飲むための準備を始めたオッサンに、何故か無性に腹が立つ。俺の幸運を祝うのも、これからの幸運を祈るのも、酒を飲みたいのも、本心なのだろうが、気に触る。


「オッサン、仲間が1人が戻ってきてないんだ。それなのに酒宴は酷くないか?」


 苛立ちの感情を抑えずにぶつける。それ程、仲間の命を軽く扱うオッサンに腹がたった。


「ここであーだこーだ言っても、クラウスの生死は変わらねぇ、考えるだけ無駄だ。酒でも飲んで気を紛らわすしかないだろ?」


 酒を飲みながら、当たり前のことを、平然と、言った。

 だが、酔っ払いがそんな当たり前のことを言ったことに、俺は怒りを我慢できなかった。


「巫山戯るのもいい加減にしてくれ!」

「オッサン、あんた今の状況が理解出来てんのか?」


 怒りに任せて、乱暴な口調で苛立ちをぶつける。


「わかってるさそんなもん。」


 平然と答えると、さっきからずっと飲み続けていた酒を置いて、言葉を続ける。


「周囲には超常的な生物(異形の化物)がそこら中にいて、残り人数も殆どいない人類は四面楚歌ならぬ十六面楚歌レベルに詰んでるんだろ?」


 酔っ払っているはずなのに、酒なと飲んでいないかのように真面目に答える。その答えは、抜けてるところがあるとはいえ、現状を正確に言い表していた。


「そうさ、5人しか"人間"の生き残りは居ない。

 飲食料も残り僅かで生きるのもギリギリ。

 数少ない"人間"の生き残りが1人減って喜び、安堵できる程度にはギリギリだ。

 あんたも言った通り建物の周囲にはには昔には居なかった意味不明な超常的な生物(異形の化物)がわんさかいる。

 食料がない、水も無い、補充するあてもなければ、節約する余裕もない。周囲は超常的な生物(異形の化物)だらけ、どんどん減っていく。」


 オッサンの言ったことを修正しながら、現状を説明するように繰り返す。


「それなのにあんたはなんでそんななんだよ!」


 現状を理解しているのに、多分誰よりも自分たちの限界を知っているのに、それなのに、毎日酒ばかり飲んでいるオッサンへの怒りが爆発してした。


「あんたあんたってなぁオッサンにだってちゃんと母さんがくれたゲオルクって名前があるんだよねぇ…」


 俺の怒りなんて、どうでもいいのだろう。名前で読んで欲しいから、自分の名前を説明しだす程度には。


「なんでこんななのかだって?そりゃあ、こんなんじゃなきゃ生きてけないからよ?

 周辺には超常の化け物達、仲間はわずか5人…いや4人か。食料もねェ、飲み物もねェ、当たり前だが酒もねェ。それなのに他の"人間"と連絡もつかねぇし生きてる俺ら以外の"人間"の痕跡だって見つかったことはない。

 なのにやつらの数ははどんどん増えてる。知ってると思うが、最近、武装をしてる奴も増えてる。」


 オッサン……いや、ゲオルクは淡々と現状を説明していく。その説明には感情がなかった。

 本のあらすじを紹介するように淡々と、世界の外から眺めてる神の視点のように、自分には関係ないと言外に表現するかのように。


「正直言って"人間"が生きてるのが奇跡なんだよ。しかも、それが5人だぜ?奇跡の域をを通り越してる。

 俺はそれで満足なんだよ。『生きてる』っていう奇跡の祝福を受けられてるだけでさ。

 それなのに、生きてるという奇跡を『まだ足りない』って投げ捨てて、必死に次世代(つぎ)に繋げようともがいてる奴がいる。

 そいつらは、どれだけ絶望に染まっても、自分に手が残っていないとしても、「まだ」、「それでも」って諦めずにもがいて、足掻いて、生き残って、次世代(つぎ)に繋げる。

 例え、それに意味が無くて、次世代(つぎ)に繋がらなかったとしても、生きていれば、いつか不可能を超えられるかもしれない。そんな『希望』を死ぬまで……いや、死んでも尚、抱き続ける。

 例えその『希望』が自分にはどうあっても不可能だとしても、諦めず次の誰かに託す。そうすることで僅かに灯った『希望』を絶やさないために。

 そんな、実に人間らしい生き方をしてる奴らがいる。」


 夢見るように、憧れの英雄を称えるように、楽しそうにゲオルクは語っていた。

 きっと、それが彼の憧れた生き方なのだろう。どんな状況になっても諦めず、生き(戦い)続ける。そんな、誰もが憧れる英雄のような生き方が。


「いやー、眩しい眩しい。どんな状況からでも諦めないなんて憧れるねェ。まさに英雄だよ、物語の英雄(主人公)さ。

 でもな坊主、残念なことにそんなカッコイイ奴ばっかじゃないんだ、人間ってのは。

 オッサンみたいに絶望して、未来なんて考えたくない奴もいる。

 そいつらは、幸せだった過去に縋ることでしか生きられない。昔の楽しかった記憶で、記録で、どうにか絶望から目を背けて生きてる。そんな奴なんだよ、オッサンはな。

 だからまあ、なんというかすまんな。」


 いつになく真剣に話していた彼は、話終えると、申し訳なさそうに項垂れる。

 そうして、これで話は終わりだと、言外に表すように飲んでいた酒を再び飲み始める。


「いやー、辛気臭い辛気臭い、こんなつまらん話なんてしてないで、楽しい楽しい宴会とと行こうぜ?なあ?」

 つい先程まで真面目に話をしていたとは思えないテンションで再び飲みに誘ってくる。

 ここまで話をして貰って、そのままスルーするのも申し訳なく感じて、席に座る。


「やっと、飲む気になってくれたか。いやーオッサンは嬉しいよ。

 おーい!バルトルト起きてるか?

 宴会だ!宴の始まりだ!酒とか料理とかの宴会に必要なもの持ってきてくれ。お前も混ざっていいぜ?」


 俺が飲むことが嬉しかったのか、さっきよりテンションの上がったオッサンが集会所の奥に呼びかける。


 少しすると、寝ていたのか髪をボサボサにしたバルトルトが出てきた。


「ご機嫌なとこ悪いが、オッサン、そいつは無理だ。」


 その一言はオッサンの顔を凍りつけた。


「そんな『何故』みたいな顔されたってなぁ……。

 食材は増えてないんだろ?野菜果実類だけじゃなく、そこら辺で狩りすれば増えそうな肉類すらなしだろ?。残念だが、こんな状況で今の僕らに宴会を開ける余裕はない

 今、ゲオルクさんが飲んでるやつで酒は最後だ。

 あと残ってるのは、度数が高くてとても飲めるようなもんじゃない。せいぜい武器に使えたらいい、ぐらいのもんだけだ。諦めてくれ。それとも、こんな、いつ襲われてもおかしくない状況でそんなヤバい酒を飲むか?喉が焼けても知らんぞ。」


 絶対に嫌だ。喉が焼けるような酒が原因で死ぬなんてまっぴらだ。

 だが、オッサンはそれで諦めるのか?見る度必ず酒を飲んでいるような酒豪が、ただ度数が高いだけで飲むのを止めるか?


「マジか……オッサンの唯一の愉しみが……」


 意外にもオッサンはあっさりと諦めた。いつも酒飲んで居るような人でも度数が高すぎると諦めるのか。


「こればっかりは仕方がない。宴会をするのであれば最低限、中身をまるまる残して捨てられてる倉庫でも見つけないと、宴会に回せる余裕を作ることは無理だ。」


 オッサンの要望をバッサリ切り捨てる。聞いていて少し可哀想になったが酒を飲むより、生きていく事のが大切だから仕方ない。


「そんなぁ………そんなのねぇよ……あ゛あ゛ぁ゛……」


 オッサンの絶望の嗚咽が集会所に響き渡る。

 ついでに、笑いを堪えて、堪えきれてないバルトルトの笑い声も。


 この頃の俺は無知だったが、きっとそれは幸せな事だったんだろう。

 何故なら、この世界には矮小な人間には絶対に勝てない絶対的な絶望の体現者(支配者)が居たのだから。

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