魔法人形メリーの人間転生 ~私、メリー。今、人生謳歌してるわ~
「【貴方の後にいるわ】」
――淡々と言い放たれた少女の必殺の一言が決戦に終止符を打った。
アスラド歴三四五年アソンの月。
岩肌に挟まれた荒野での決戦の末、魔王<竜人ガルトルム>は討たれた。
魔王軍が突如と人類の領土へと侵略を始めてから二年目の出来事であった。
この終結を早期解決と言うべきかは分からないが、ここで倒さねばガルトルムによって組まれた大規模魔法で人類は壊滅的な一撃を受けていただろう。
決戦に挑んだのは人類の軍でも勇者でもなく、ガルトルムが自ら作り処分したはずのマジックドール<メリー>だった。
人類側も連合を組み魔王軍の侵略に対して徹底抗戦を行い、ガルトルムを討つことができる勇者を送り出していたが……。
まさかガルトルムの目論見を打破し討伐を成し遂げるのがマジックドールなどとは、人類も、作り出したガルトルムさえ想像できなかっただろう。
今日に至るまでの旅で成長を続けてきたメリーはガルトルムと一進一退の戦いを繰り広げた。
どちらが倒れてもおかしくはない戦い。
勝敗を分けたのは、消耗した先で確実に殺れる奥の手を持っていたかどうかだけだった。
勇者が荒野に辿り着いたときには、唯一真実を知るメリーの姿はなく、残っていたのはガルトルムの亡骸と使役していたであろう無数のマジックドールの残骸、敷かれた大規模な魔法陣のみであった。
――――――――――
――魔王<竜人ガルトルム>の巨躯が地響きを立て大地へと倒れこんだ。
「やっと、終わったわ」
メリーは血にまみれ転がる魔王<竜人ガルトルム>の首に目をやり、倒れた三メートルにもなる巨躯に目線を流した。
巨躯から溢れ出る大量の血液は、荒れ地に広がり大きな血溜まりとなっていく。その光景を感情のない瞳で眺め続け、起き上がらぬガルトルムの様子にメリーは終わったのだと確信する。
「一応、私の創造主なのだけど……何も感じないわ」
メリーにとってガルトルムとは創造主ではあるが、性能試験で会うだけの関係だった。
ガルトルムが望んだ通りの性能を持っていれば右腕として重宝されただろうが……足りなかったようだ。
早々に処分が決まった時メリーはショックを受けた。
処分される恐怖から工房を抜け出し追手から逃亡する中では悲しみも恨みもした。
だが、数年ぶりに再会した先程も屍となった今もメリーは何も感じない。
「貴方たちは何か感じるのかしら」
メリーは辺りにいくつも転がるマジックドールの残骸を見渡し、返ってくることのない問いを呟いた。
ガルトルムは魔王でありながら魔族や同族の竜人族でさえ信用せず、そばには自ら作ったマジックドールの私兵しか置かなかった。
彼女たちはメリー相手に果敢に挑み敗れていった。
そんな忠誠心を感じた彼女たちならガルトルムの死に何を感じだのだろうかと思ったのだ。
「まあ、いいわ。終わったのだから早く友達の所に帰らなくちゃ」
――友達。
追手を撃退しながらの逃亡で、魔力切れを起こしふらふらと森の中をさまようメリーを拾ったのがアニーだった。
どうやらメリーは魔族領を抜け人間領を幾分か進んだ先の山里まで進んでいたようだ。
アニーはマジックドールであるメリーを怖がらず、魔力が回復するまで面倒を見続け、回復してからも『友達だから』と行く当てのないメリーを家に置いた。
初めはアニーと過ごす穏やかな日々に戸惑っていたメリーだったが、次第に大切で幸せな時間となっていったのだ。
メリーがガルトルムを討つと決意したのも、アニーと平穏な日々を守るためだった。
唐突にメリーの足元から金物が落ちて跳ねるような音が響いた。
視線を落とすとそこには右手に握っているはずの万能包丁【キレイ♡ジュン】が転がっていた。
次に手元へと視線を移したメリーは全てを悟った。
「限界が来たのね」
万能包丁【キレイ♡ジュン】を持っていた手がなくなり腕も先の方から砂のように崩れ始めていた。
ガルトルムとの激戦で受けたダメージは自己修復できないほど深かったようだ。
右腕同様左腕も崩れ始めている。
「キレイには悪いけど拾えそうにないわ」
旅に出て間もない頃、道端に佇んでいた口裂け族の<キレイ>に絡まれたのが出会いだった。
近寄ってきたかと思うと唐突に『私、綺麗?』と尋ねられ、メリーは率直に『綺麗よ』と返したのだが、『これでもかぁ!』とさらに詰め寄られたので、意図が分からず困惑。
とりあえずこれでもかというぐらい綺麗だと伝えると、キレイは顔を赤らめて『お姉さまぁ~』と大人しくなってしまった。
以後、何故かメリーの旅路に付いてくるようになり、勇猛果敢な戦士として助けてくれた。
途中、キレイの故郷に立ち寄った際に幼馴染の青年<ジュン>にプロポーズされ『お姉さま。ごめんなさい』と電撃婚。
彼女とは別れることになった。
その際、引き出物兼餞別の品として渡されたのが、【キレイ♡ジュン】と柄に刻まれた技物の万能包丁だった。
包丁の回収を諦め歩き出すメリーだったが、踏み出した右足が崩れ地面へと転がってしまう。
脚部保護効果のあったパンプスヒール【MACH】がすり減り破れ脱げ落ちてしまっていた。
効果を失ったことで、辛うじて耐えていた足が限界を迎えたのだろう。
「チトセは私を覚えているかしら」
<チトセ>は俊足族の老婆だった。
街道の向かいから馬より速く駆けてきたチトセに孫と勘違いされたのが出会いだった。
チトセは物忘れが激しく、散歩に出たきり家が分からなくなり各地を駆け回って探していた。
そんな中、見かけたメリーを孫だと思い込み寄ってきたようだ。
徘徊中のチトセを一人放っておくわけにもいかず、近くの街まで引き連れていくこととなった。
街に着いてからは割と早く捜索していた息子と引き合わせることができ、徘徊事件は無事解決。
最後まで孫だと思い込むチトセから『いい子に育ったねぇ』と俊足族特製のパンプスヒール【MACH】を手渡された。
ちなみに本当の孫は男の子でメリーとは似ても似つかないそうだ。
残された左足も這い進もうと力を込めると崩れ、残されたのは頭部と胴体のみとなってしまった。
その胴体も裂けたゴスロリドレスの隙間を覗く限り長くはないだろう。
「タエに織ってもらったドレス、気に入ってたのに」
身にまとっているゴスロリドレス【メリーを私で包みたい】は、女性人形に憑いた付喪神<タエ>が伸びる髪で織ってくれた特製品。
タエが守り神として祭られている村に偶然メリーが立ち寄ったのがきっかけ。
人形友達が欲しかったらしくとても興奮している様子でタエから話しかけてきたのだ。
成り立ちは違えど同じ人形ということで意気投合し一晩中語り合っい友達となった。
翌日、タエが一昼夜で織り上げ、友情の証として贈ってくれたお気に入りのゴスロリドレス。
ついに胴体も崩れ去ってしまった。
薄れていく意識の中で最後にアニーの姿を思い浮かべる。
「ま、た……ア、ニー……と、おはな――」
途切れるメリーの言葉。
最後まで残った頭部も崩れ去り、風に吹かれて散っていく。
ボロキレと化したドレスとパンプスも続いて吹いた一際強い風にさらわれる。
最後まで残ったのはたった一本の包丁のみだった。
――その後、戦場に転がる一本の包丁に目を向ける者は誰もいなかった。
――――――――――
主導者を失った魔王軍の勢いは衰えつつも続いたが、次第に統制が取れなくなった魔族たちは次々と内部分裂を起こし、魔王軍から離散していった。
離別することなく残った魔王派の魔族が最後の足掻きと、魔王軍をかき集め人類へと最終決戦を挑むが……。
ガルトルムの死に湧き士気の上がっている連合軍の圧勝に終わった。
その後、散り散りになった残党も勇者一向によって各個討伐されていき、魔族と人類の戦争は一応の終結を迎えることとなった。
魔王軍の侵攻が始まってから四年目にして人類は平穏を取り戻した。
戦争が終結した今もガルトルムを討った者の正体は不明のまま。
ゴスロリ姿の少女型マジックドールが討ち獲ったのだと各地で噂されているが、信じる者は少なかった。
――そんな噂を信じる数少ない者の一人が辺境の山里に存在した。
「わー綺麗! こんなに多くの星降りを見るのは四年ぶりね」
お腹を大きく膨らませ、まもなく母親になろうかという娘は揺り椅子に座り窓辺から夜空を眺めていた。
満点の星空には幾筋の軌跡を引きながら星々が瞬く間に流れていく。
「メリーもこの空を見ているかしら」
四年前、星降りを一緒に眺め、翌朝村を旅立っていった友達のメリーの姿を思い浮かべる。
瞳を輝かせて星降りを眺めるメリーの横顔を思い出しアニーは温かい気持ちになった。
「あらあら、元気な子ね。もしかして貴方にも見えてるのかしら? って、そんな訳ないか」
膨らんだお腹を撫でながら胎児が元気に育ってくれていることの幸せを噛み締める。
平穏を取り戻すために旅立って行ったメリーには感謝しても感謝しきれない。
「あの噂を誰も信じてくれないけど……。私は信じるわ。メリーなら成し遂げるって信じてるから――」
アニーはお腹を見守る眼差しを再び星空に移し流れる星々に願う。
(どうかメリーが無事に帰ってきますように)




